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第01話 まだギリギリ間に合うはず!!

 ――後悔していた。

 悔やんでも悔やみきれないまま数十年を生きてきた。

 もう80歳を越えて自らの死期を悟るようになってからは、より一層その思いは強くなっていった。


「なんで私はあの時……」


 寒空の下テラスで揺り椅子に揺られながら、口から出てくるのは何度となく繰り返した嘆きの言葉。

 思い返すのはいつも、学園で同じ時を過ごしたあの子のこと。


 ――初めて会った時から気に食わないと思っていた。

 小生意気な態度が気に食わなかった。

 その元気な笑顔が気に食わなかった。

 美しいブロンドの髪も気に食わなかった。

 勝気な蒼い瞳が気に食わなかった。

 長いまつげも、艶やかな唇も、甘く耳に残る声も、とにかく何もかもが気に食わなかった。

 気が付けば目で追っていて、そのたびに胸がざわついた。とにかくイライラしてしょうがなかった。


 ――そして私は彼女に意地悪をするようになった。とにかく彼女が目障りだったから。

 貴族としての爵位は私の方が遥かに上だったし、取り巻きもいっぱいいたから意地悪をするのは実に簡単だった。


 彼女もただやられているだけではなかったが、やり返してくるたびに更に意地になって彼女をいじめて、ついには決定的に嫌われてしまった。


 ――そうこうしているうちに学園生活は終わりを迎え、卒業した私と彼女は会うことも無くなった。

 その後私は親から何度縁談を持ちかけられても、どうしても結婚をする気になれずに結局家督は放棄してしまった。なんかもうそんなものどうでも良くなっていたのだ。


 卒業して以来ずっと心に穴が開いたような、大事なものを失ったような正体の分からない虚無感に付きまとわれていたが――

 その気持ちの正体に気づいたのは彼女が、彼女を慰めていた子爵家の跡取りと結婚したと風の便りに聞いた時だった。


 ――私はなんと愚かだったのか。


 心が激しい嫉妬で一杯になった。それも彼女にではない――彼女の結婚相手に対してだった。

 そしてその時初めて彼女に抱いていた、本当の想いに気が付いた。気付いてしまった。気付かなければよかったのに。



 ――私は彼女が好きだったのだ。それも狂おしいほどに。


 子供のころ、男の子が好きな女の子の気を引きたくていじめたりするところをみて、男の子ってバカねぇと笑っていたが……バカは私だったのだ。


 こんな大切な気持ちに手遅れになってから気が付くなんて。度し難いほどの大馬鹿者だ。救いようがない。

 何度やり直したいと思っただろう。何度時が戻ればいいのにと願っただろう。

 だがそんな奇跡なんて訪れるわけもなくこうして年を重ねてしまった。


 卒業以来彼女には一度も会っていない。あれだけのことをしたのだから、会えるはずもない。聞いたところでは幸せな一生を送ったらしい。よかった――

 できれば私が彼女を幸せにしたかったが、私にそんな資格はあるわけない。私は最期まで彼女に徹底的に嫌われていただろうから――



 ――風が冷たくなって来た。

 子供の頃からずっと私に仕えてきてくれたメイドのソラリスが迎えに来る。


「クリス様、夜風が冷えます。もうお休みになりませんと」

「そうね……」


 また寝たら後悔に苦しむ明日が来る。死ぬまでこれが続くのだろう。

 これが愚かな私に与えられた罰だ。


 ああでも神様。もう一度だけやり直すチャンスをください……愚かだった私に、どうか、どうか……

 毎夜寝る前の虚しい祈りをささげ、涙が頬を伝うのを感じながら私はゆっくりと眠りに落ちていった……



 ◇◇◇◇◇



「――様っ!! クリス様!! 起きてください!!」


 ソラリスの声で私は眠りの世界から引き戻される。


「なに……今日はやけに元気ね……いつもはもっと優しく起こしてくれるでしょ……」

「遅刻します!! 優しく起こしてる場合じゃないんです!!」

「遅刻……? こんな寂しい老人に遅れるような予定なんてないわよ……もうちょっと寝かせて……」

「何寝ぼけてるんですか!! 今日から最上級生なんですよ!! おーーきーーーてーーーー!!」


 80過ぎの老婆とはとても思えないほどの力強さでベッドから引きずり出される。なにこの力? それにこの私の腕を掴むこの手、どうみても老婆のものではない。


「ほら、早く、脱いでください! 早く着替えないと!」


 そう元気にまくしたてる彼女は――


「ソラ……リス……?」


 彼女はソラリスであってソラリスではなかった。

 ――若すぎる。ああそうか、彼女の孫か誰かか、それにしてもよく似ているが……


「そうですよ? まだ寝ぼけてます? クリス様」


 この腰に両手を当てて軽く胸を逸す仕草。そこから見える首筋のほくろ。確かにソラリスだ。

 そうか、まだ夢を見ているのか。私はもぞもぞとベッドに潜り込み――


「ふっ!!」


 引きずり出された。やっぱり凄い力だ。


「ああもう! 脱がせますよ!? いいですね!?」


 ポンポンと脱がされ、下着だけの格好にされる。

 ……なんだこの華やかで可愛いパンツは。80の老婆がこんなものをはいていたらいい笑いものだ。

 だが目の焦点があってくるにつれ、目の前の瑞々しい肌にはその可憐なパンツがぴったりと似合っているのがわかる。とても私好みのパンツだ。

 そして胸に目を落とすと、これまた可憐なブラに包まれた、張りのある美しい形をした胸が慎ましやかに主張している。これも私の好みのブラだ。


 やっぱり夢ね――

 再びベッドに潜り込もうとして再び足を掴んで引きずり出される。


「もう何なのよ! 力強すぎ!! 夢なんだから寝かせてちょうだい!!」

「夢はさっきまで見てました! 今は朝! ほら! 早く着替えてください!!」


 ずいと突き出された服、それは、


「学園の……制服……? なんで……」

「いいから早く着替えろぉぉ!!」


 ついにキレたソラリスに強引に着替えさせられ、鏡台に連れていかれるとそこには――


「じゃあ髪をとかしますね」

「………………若い」


 ――若い時の私がそこにいた。

 は~、若い時の私って可愛いわねぇと昔を懐かしむような気持ちで、この楽しい夢を味わうことにした。

 透き通る(みどり)がかった瞳はそのままだけど、顔とか手とか肌のハリがまるで違う。

 すっかり白髪交じりになっていたはずの髪は、黄金を溶かしたような艶めく色合いをしていて、サラサラとソラリスの手の中で踊り――


「痛っ」

「あっ! ごめんなさい! お嬢様!」


 (くし)を引っかけられた。

 ソラリスはとてもよくできたメイドなのだが、若いころはまだまだそそっかしいとこがあり、よく櫛を引っかけられたなぁとクスリと笑ったが……


「……なんで?」

「え、ですからごめんなさいって言ってるじゃないですか」


 そういうことじゃない。

 夢なのになんで痛いの? それに頭は冴えていくばかりなのに夢から覚める気配はまるでない。

 それどころかまるで現実であるかのように周りの景色は鮮やかな色を帯びていく。


「もしかして……夢じゃないの?」

「さっきからそう言ってるんですけど? 夢の続きは今夜見てもらえますか?」


 私は呆然としながら席から立ちあがると――――――――


「やったあぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~!!!!」


 喜びを――爆発させた。

 遂に願いが叶ったのだ! 数十年願い続けてついに人生の終わりに、ようやっと……!!


「お、お嬢様……!?」

「やったわ!! 遂に私はやったのよ!!」


 嬉しさのあまりソラリスの背骨をへし折らんばかりの力で抱きしめる。


「お、お嬢様……!! 苦し……!! 死ぬ……!! 死んじゃいます……!!」

「あ、ああごめんなさい! つい嬉しくって……」

「ま、まぁいいですけど……もうっ……」


 ゲホゲホと咳き込みながら、顔を真っ赤にしているソラリス。

 よっぽどきつく抱きしめてしまったようだ。悪いことをした。


 でも仕方ない。後悔の人生をやり直せる奇跡を得たのだ。どれほど言葉を尽くしてもこの喜びは伝えきれない。


 ああ、今度こそ彼女とは友達に……そしてできれば恋人になりたい。

 過ぎた望みではあるがせっかくの奇跡なのだ、最高の結果を望まないでどうするのだ。


 まずは初対面の印象が大事よね――席は隣になるはずだから、まずは気さくに話しかけよう。

 彼女の趣味は全部知っている。性格もわかっている。

 好きな料理も、嫌いな料理も、得意科目も苦手科目も、全部知っているのはとんでもないアドバンテージだ……まぁ意地悪のために集めた情報だっていうのがアレではあるけど……


 なんて素晴らしいんだろう! 彼女と一から学生生活をやり直せるなんて……!!





 ……ちょっと待った。何か凄い嫌な予感がする。

 さっきソラリスは何て言った……?


 最上級生……最上級生……!?


 背筋を冷汗が伝うのがわかる。

 噓でしょ……そんなの信じたくない……嘘だと言ってよ……


「……ねぇソラリス……今年は何年だったかしら」

「えぇ? まだ寝ぼけているんで――」

「いいから早く!!」


 強い口調にビクリとした後、彼女は私に残酷な事実を告げる。


「――王国暦352年ですよ」



 ――なんてこと。


「あと1年しかない……」

「そうですね、あと1年でお嬢様もご卒業ですね」


 ――私は過去に戻ることは出来たが、それでも神様はすべての願いを叶えてくれたわけではなかった……

 むしろ最悪に近い形で叶えてくれた。


 そう、彼女に2年間も散々意地悪をした後での過去へと戻ってしまったのだ。私のような女にはそれがお似合いということなのだろう。

 私は再び絶望の底に堕ちていきそうになり――


 ――違うっ!!


 なんとか踏みとどまった。

 現状は最悪に近いが最悪じゃない!!

 まだギリギリ間に合うはず!! 彼女との仲が完全に修復不可能なほど、決定的に壊れたのは3年でのあの事が原因だ。


 奇跡は起きた――神様の意地悪な奇跡が。

 でも私は神に感謝しよう。再び彼女と合わせてくれた、それだけで十分だ。


 好感度は最低、時間も残り1年しか無い。それでもいい――あとは私の手で奇跡を起こしてやる。

 ありがとう神様! 見ていろ神様!! 私は無様にでもあがいてやる!!


 ほんの僅かでも可能性があるのなら諦めない……! 私は必ず彼女を落として見せる!!

新連載になります!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 設定が面白いですね!好感度最低状態からのやり直しは胸熱!!!! 80歳を過ぎても好きな女の子を想い続けていた主人公ちゃんは一途で素敵!!! [気になる点] 同じクラスメイトだったソラリスの…
[良い点] 新連載開始おめでとうございます! シチュエーションが大好物だったので、百合民として先が気になりますぅ!!
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