9 野次馬醸造
「ああ。失礼。驚かせてしまったかな」
私は慌てて謝った。
「ああ。済みません」
「いや。後ろから話しかけた僕が悪い。ご覧の通りの田舎ですので、暮らしていると作法がどんどんズボラになっていけない」
ドイルさんは紳士的な青年だった。
なのに私は震えて受け答え出来なかった。彼が威圧的なのではまったくない。全ては髑髏の中の悪い記憶のせいだ。私は無意識のうちに頭を押さえていた。
私が緊張していると思ったのだろう。ドイルさんは打ち解けた態度を示そうと努力してくれた。
「この騒ぎも都会にはないものでしょう? この村ときたら、庭に関しては共有地、何処の家だろうと出入り自由といった方法で遣って来たものですから。何処の家に客人があると、こうして総出のお祭り騒ぎになるわけです。村中親戚みたいなものですからね」
気持ちは有り難かったが、私の方は呼吸さえ苦しくなり始めていた。あんまり汗を掻いているものだから、不審に思ったのだろう。ドイルさんは会話を中断して、心配そうな顔になった。
「どうしました。もしかして体調が――」
その時、庭園に響めきと、悲鳴が広がった。使用人さんたちが右往左往しはじめる。
馬の嘶きが上がる。
お祭り騒ぎの真っ只中に、どこかから馬が乱入したのだった。馬の方でも混乱しているようだった。後ろ足で立ち上がったり、地面を掘り返したり、村人の頭を囓ったりした。
「誰だ馬を放したのは」
「捕まえろ、捕まえろ」
「痛い痛い痛い」
「髪は勘弁して下さい」
「何て有様だ。失礼」
事態を収拾しようと、ドイルさんが駆けだした。
ところで馬を放った犯人はフランソワに違いない。
騒ぎのちょっと前から姿を消していたし、馬が暴れているのに一人だけ面白そうにしていたから、間違いない。
とはいえ、この時には、私も何が起こったのか分かっていなかった。笑っているフランソワに気づいて御転婆な女の子だな、と思った程度だった。
付け加えるなら、ドイルさんの前で気絶寸前だった私にとっては、救いの主でもあった。
まさか彼女が悪徳令嬢だとは、この時点では想像もしない。
それとあと一人、この騒ぎに爆笑している人がいた。ビッツィーである。酩酊と混乱を好む野次馬、ビッツィー。