5 葡萄の葛折
「飴ちゃんいる?」
ビッツィーは胸元から、折り畳んだ紙を取り出した。四次元ポケットみたいだ、と私は思う。
彼女の器用な指に合わせて、折った紙片がパタパタと開いてゆく。チューインガム一枚ほどの薄っぺらい紙片から、プチトマトほどもある飴玉が現れた。
手品のようだとその時は思った。これが魔術式という、この世界特有の技術だと知ったのは後になってからである。特殊な紙と、特殊な折り方によって、空間を操作したのだ。
飴は花の匂いがして、甘酸っぱかった。
ビッツィーは鼻と舌で味わうことを愛する。通りすがりの生き物を、道端の花から飼い犬にいたるまで、その都度、鼻を寄せたり、事によっては噛んで確かめたりするのだった。
カルベリィは起伏に富んでいる。
村中に坂があって、坂の上には葡萄畑があった。葡萄畑から更に上がると民家に到着する。葡萄の段々畑と、それを見下ろす家のセットが幾つも組み合わさって、葡萄作りの村を形成していた。
畑の果物が私の知っている葡萄なのかは、実際の所よく分からなかった。葡萄に似ており、皆もそれを葡萄と呼んでいるから、それは葡萄で良いのだろう。果実が水晶のように透き通っているのだが。
村人たちの服装も見慣れないものだった。ヨーロッパあたりの、それも少し昔の時代の衣装に似ていた。顔つきも日本人とは何となく違う。そして赤毛や、もっと変わった色の髪をした人もいた。
この辺りで、流石に私も認めざるを得なくなっていた。
此所は私の居た日本ではない。
不思議だが抵抗感は無かった。頭を割られた所為かも知れない。ビッツィーに任せ切っているからかも知れない。何より私はこう思ったのだった。
これで、もう家に帰らなくていい。
「ところで私達はお酒と酵母の研究者で、此所には調査で来たって事にするから」
村を歩きながら、ビッツィーは前触れもなくそう云った。
「え、え?」
「これから村役場を騙くらかしに行くんだけど、上手いこと話を合わせてね。任せた」