23 カルベリィの秘密
翌日フランソワは訪ねて来なかった。夕食の場でも無言を通した。
部屋に戻ると、制服が返却されていた。畳んだ服の上に手紙が添えてあった。フランソワからに違いない。
内容は短く一行。
『今夜、私の部屋へ。村の秘密を教えます』
手紙の通りにした。するべきではなかったと後悔した。
ドアの隙間から洋燈の明かりと、含み笑いが漏れて来る。
ベッドの上で、一組の男女が絡み合って居る。
フランソワ本人と、そして此方に背を向けてはいるが、相手は明らかにドイルさんだった。
「フランソワ、やはりこんな事は――」
「貴方が始めた事でしょう?」
「しかしこんな事、何時かは……」
「貴方が、始めた。恐ろしい怪物みたいに私を」
「フランソワ――」
フランソワが覆い被さって兄の言葉を塞いだ。彼女はずっと声を立てて笑っていた。
私は汗をかいていた。足が竦んでいた。
息づかい。皮膚の擦れ合う音は、蚕が紙を食むのに似ていた。
行為を続けながら、フランソワははっきりと私を見た。唇が声もなく動いて、
『これが、カルベリィ』
私はその場から逃げ出した。
フランソワはシーツ一枚の姿で庭まで追って来た。一体どういう感情でそう為るのか分からない。彼女は私を捕まえてこう云うのだった。
「野蛮でしょう。でも、この村では珍しくない事なのよ。誰の家にも当たり前で出入りするんだから。この村は」
そう云って冷笑するが、裸足でなり振り構わず追ってきた姿とはアンバランスで、それが異様だった。彼女は掴んだまま離そうとしなかった。
「離して……頭が痛いから……」
「血が混じっているのよ。この村は皆。お父様とお母様だって遠縁の従兄弟同士でしかないって云うけど、本当は如何だか分かったもんじゃないわ。そういう文化なのよ」
「……文化。どうしてそんな事……」
「知りやしないわ。お兄様から聞かなかった? 大元は葡萄畑の権利関係の為に如何の斯うのって云っていたけれど。でも知った事じゃないわ。因習は因習だから続けられるのよ」
「何故、私に見せたの……」
「何故? これが真実だし、私が平気だからよ。ちょっと気持ちが悪いだけ。そうでしょう? わたし全然平気だわ」
彼女の手に必死の力が籠もっていた。
「これがこの村の人間関係だし、誰も問題にもしていないわ。馬のお産を手伝うのと一緒。害虫を握り潰すのと一緒。私平気で潰すわ。気持ち悪いけれど必要な事だもの。只のお笑い種だわ、こんな事。お笑い種」
「お願い離して……頭が痛い……」
頭が濡れていた。それは汗だったのだが、その体液の生ぬるさが、私を掻き乱した。
フランソワはなおも続ける。彼女の髪も濡れていた。顔は血の気が引いて真っ白だった。
「こんな事、外の人間は穢らわしいと云うでしょうけれど、ノリコ、分かるでしょう? こんなの何て事ない。平気よ」
「頭が……」
「似たような事は何処にでも有る筈よ。街にだってあるわ。気づいていないだけ。暢気な人達! この村に生まれていれば、誰だって貴女だって同じ事をしたと云うのに」
「私が? 私が?」
溢れる、と私は感じた。髑髏が裂けて私が流れ出てしまう。
「来て。私と同じになれば分かってくれるはず――」
「触らないで!」
気づくと突き飛ばしていた。
フランソワは地べたに倒れた。暫く何が起こったのか分からない様だったが、やがて彼女は声を震わせて呟いた。
「……拒んだ。私を」
乱れた髪の間から、憎悪に燃える瞳が覗いていた。
弁解する余裕は無かった。
私は葡萄畑まで逃げつくと、頭を掻き毟って嘔吐し始めた。




