再会
あっという間の1ヶ月。今を受け止め、寂しさを抱かなくなったと言えば嘘になる。それでも「困った」「わからない」と言える場所は、私にとって家族との時間のようだった。
「大変お世話になりました。突然の訪問に関わらず、温かく迎えてくださりありがとうございます」
また庭で散歩をしようと夫人と約束していると、公爵は苦い顔になり、くれぐれも殿下の許可を得てからにして欲しいと言う。レオカディオと何かあったのか知りたくもない。
白い髭が立派で少し怖そうな雰囲気の公爵は、愛妻家であり懐の深い人だ。夫人は穏やかで優しいが決して甘やかすことはせず、出来るまでは終わらせない、出来るまで見守ってくれる人。帰ることが叶わない今を公爵家で過ごすことができれば、それは、それで幸せだと思う。でも、待っている人がいるなら帰るまでだ。
馬車は真っ直ぐ王城へと向かう。
城門が開き、奥へと進む。客間から見えていた景色はどんどん遠ざかり、高い木々が減ると、いくつもの噴水が芝生の中央を一直線に並んでいる。一体どこに連れて行かれるのだろう。
やっと馬車が停まり、扉が開かれると目が合う。レオカディオだ。
「おかえり」
レオカディオは勢いよく馬車に乗り込んでくると頬に触れる。
「っ殿下、何をなさっておられるのですか」
「マーナ。会いたかった、1ヶ月ぶりだ」
「マーナ?」
「ああ。俺のマーナ」
「あの、お降りになられませんか」
「なぜ?降りたら公務に戻らないといけないだろ」
「今すぐお戻りになられてください」
頬に触れられた手を取り降りようと立ち上がると、今度はレオカディオが座ってしまう。
「俺が公務に戻っても構わないのか。いや、待て。言葉がおかしい」
「当然です。それより私のことは結構ですので、お仕事にお戻りになられてください」
以前と同じではない。何の為に公爵家へ行ったのか。マーナと呼ばれていることに驚いたが、出迎えの為にレオカディオが仕事をサボっているなんて許されることではない。
「その言葉遣いはやめて欲しい」
「私がいることで殿下のご公務に差し支えがおありでしたら、やはり私は公爵家に」
「そろそろ戻ろう。ただし、マーナの言葉が元に戻るまではここにいる」
何もおかしくないのに、どうもお気に召さないらしい。これは長引く気がする。公務に支障が出てしまう。
「わかりました」
「本当に?」
「ええ、だから馬車を降りましょう」
やっと馬車を降りると、レオカディオはそのまま戻っていく。何だったんだろう。カルリーニでは17歳で成人だという。レオカディオは今年で20歳になったと聞いたが、俄かに信じがたい。そっと溜め息を吐き、ふかふかの赤い絨毯を歩く。
突き当たりから三つ手前の扉でリタが止まる。クリーム色の扉には鈴蘭の彫刻がされている。細かく彫られたそれは、まるで一枚の絵画のようで思わず見惚れる。
「本日よりこちらがマリナ様のお部屋です」
恭しく開けられた扉の先は、以前泊まっていた部屋の倍はある。あの客間だって十分な広さだったのに。
「妙に広くない?それに豪華過ぎだと思う」
「恐れながら、お立場は殿下の婚約者になられる方ですから」
「そうか、そうなると、こうなるのね」
公爵家での生活で、使用人に敬語を使うのは一般的でないと改めて知った。使用人たちは敬語を使わない方が働きやすそうだった。ある使用人に聞いてみたところ「私見ですが、支える方に畏まられると恐縮してしまいます。それ以上畏まることも出来なくなりますし」と答えられた。支えてもらう身ではないが、リタとエレノアには悪いことをしてしまったかも知れない。戻ってきた途端、敬語をやめている姿をどう捉えられるか不安だったが、リタとエレノアは変わらず接してくれるのが救いだ。問題なのは、
「公示は簡単に覆りませんから」
「それ何とかならないかな」
ガチャリと扉が開かれる。
「そうだ。早く正式に婚約しよう」
「殿下、どうしてここに?」
「時間が空いたから戻ってきた」
戻る場所はここじゃないと口にしなかったことを褒めてもらいたい。
「この部屋は気に入らないか?」
「気に入らないとかじゃなくて、立派過ぎます」
「許して欲しい。防犯を考えたらここがいい」
それは文句が言えない。
「俺の部屋は隣だ。マーナは俺がいなくても自由に出入りして構わない。むしろずっといていい」
「やはり部屋を変えていただけませんか?」
「どうして。マーナに付けている護衛だけじゃない。俺も、俺の護衛もマーナを守れる」
「ありがたいんですが」
「それだけマーナは大切なんだ。さて、俺も確認しておかなければ。一緒に部屋を見よう」
リタとエレノア、護衛騎士数人がついてきてくれる。そういえば、護衛とは違う姿の人が一人。終始呆れた顔を隠しもしない。誰も気に留めないなら、心配しなくていいのかな。
「ここが洗面所とお風呂。クローゼットはリタが管理してくれる。あとは」
確認と言っていたはずなのに、既に詳しい。隣の部屋だと言っていたし、同じ間取りなのかも知れない。大きな窓はバルコニーへと続いている。
「ここから見える庭は王族専用だ。出入りするものはそういない」
王族専用の庭。三つの噴水を挟んで均等に並ぶ花壇は華やかで小鳥まで遊びにきている。とんでもない部屋を借りてしまっている。正しく国宝級の庭が恐ろしく、思わずバルコニーに視線を戻す。テーブルセットに座っているのは
「どうして……」
どうしてノアが椅子に座っているのだろう。誰も知らないはずなのに。サイズも等身大くらい。ゆっくりと近づき手を伸ばす。ふんわりとした柔らかさが懐かしい。
「これ」
「マーナは一人で来たわけではない」
望んで来たわけではない。すぐにでも帰りたい。これまでの人生全てが終わってしまったようで、みんなと会えなくて、寂しくて。ここで生きていかなければならなくて。だって帰りたい。みんなに会いたい。心配かけたくない。………泣かないと決めたのに、止まらなくて焦っていると、レオカディオがハンカチを差し出してくれる。
「ありがとうございます」
問い詰めたいことは山ほど。それでも今はお礼しか言えない。レオカディオは大好きなノアを連れてきてくれた。