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後見人の家

 3日後。後見人はサイラス・フォルデーニ公爵に決まった。フォルデーニ公爵家は王家に連なり、忠誠心に厚く、現公爵は国交大臣として周辺諸国との外交や転移の記録管理を任されている為、これ以上の人選はないという。


 翌日、馬車で王都にある公爵家に向かった。期待していたわけではないけれど、レオカディオは見送りに来なかった。意外に感じていると、執務を抜け出さないよう、王も出席する会議を宰相が前倒しにしたのだとリタが教えてくれた。なんというか怖い。


 公爵家はオレンジに近いレンガ造りの邸で、奥に大きな庭があった。エントランスでは使用人が並んでいて、公爵と夫人が出迎えてくれた。この為に家にいたという公爵は、夫人と一緒にお茶の席に着いた。公爵夫妻は、娘が出来て嬉しいと言ってくれた。


 滞在中お世話になる部屋は、急ごしらえとは思えないほど整っていた。テーブルの上には花が飾られ、心遣いが嬉しかった。


 翌日からは家庭教師による勉強が始まった。カルリーニの歴史や語学、マナーを重点的に学ぶことになっている。ここで暮らすことになるとはいえ、いきなり現れた私に対して、万全の体制を敷いてくれることは有り難く、申し訳なさより気概が溢れてきた。


 教師はカルリーニの国民として私に接してくれた。真っ白な知識の中に、一つずつ色をつけられていく。小さな子どもの「どうして」「なんで」に似た質問も馬鹿にすることなく、丁寧に答えてくれるので、週5日の授業は楽しかった。


 2週間が過ぎ、公爵家での生活リズムに慣れてくると気づいたことがある。夫人の立ち居振る舞いは、教師から聞くカルリーニの淑女そのものだ。お手本となる人が私の仮のお母さん。フォルデーニ公爵を後見人とする身に、お母さんに恥じないように励もうと心に決めた。


 授業が終わり、教師が帰った後。ノートを眺めながら考える。これは留学だ。住み慣れた土地を離れ、新しい文化に触れる。ホームシックになったっておかしくない。ただ。一つ違うのは、黙って来てしまったこと。




 今朝は何を食べたのか、何色のドレスを着ているのか、授業で困ったことはないか、暑くないか、寒くないか。側近であるルークに、日に何度呟くのかと問われた。王城で学ばせたほうがよかったかも知れないと言われたときには、早速連れ戻そうとしてルークに止められた。マリナに提案したのは俺なのに。後悔してしまう。マリナにとっては最適だと理解しているが、気持ちはついていかない。フォルデーニ公爵は公務の為、毎日王城に上がる。遠慮するつもりだったが、毎日出迎えてしまっている俺は悪くないと思う。


 マリナが公爵家へ行って5日目。公爵の登城より先に、報告書が届くようになった。紙一枚に綴られるマリナの日常。まとめて製本したほうがいいかも知れない。原本は私室で厳重に保管しておこう。万一を考え、複製も必要だ。

 

 三枚目の報告書で、マリナがマリーという愛称で呼ばれていることを知った。公爵家で大切にされている様子に安堵したが、全く面白くない。俺はまだ愛称で呼んでいないというのに。マリーという愛称は、あどけなさが残る笑顔と可憐な姿が際立ち、なかなかいいと思う。しかし。俺は自分だけの愛称でマリナを呼びたい。机から羊皮紙を取り出すと、思いつくままペンを走らせる。愛称の候補を五つに絞ったが、やはりマーナ以外考えられない。故郷から離れてしまったマリナだ。少しでも響きを残したい。


 十二枚目の報告書。公爵夫人から淑女教育を受け始めたと知った。一気に詰め込まなくてもいい。そのままでいい。そう言えないことは誰よりもわかっている。マーナを望むのならば、未来の国母になってもらわなければならない。マーナが元の世界に戻るとき、ついて行くと言った気持ちに嘘はない。だがそれは不可能に限りなく近い。




 報告書は十八枚。報告だけで満足できるわけがない。何とか都合をつけ、先触れももどかしく公爵家を訪れる。マーナは一人で部屋にいると案内されると、椅子に座る姿が見える。最低限の調度品だが、どれもマーナを歓迎しているのはわかる品で、フォルデーニ公爵家でよかったと改めて思う。窓からの日差しを受け、マーナの髪に光が差す。抱き締めたい。ぐっと堪え、声を掛けるが、マーナの背は僅かに規則正しく上下するだけだ。


 そっと覗き込むと、マーナは眉根を寄せ眠っている。閉じた瞼の端にうっすら涙の跡。テーブルの上には、冷めてしまった紅茶と広げたままのノート。学んだことが丁寧にまとめられている、のだと思う。転移者はこの世界とは違う言語を持つらしい。転移した途端、会話が出来き、文字も読める力は未だ解明されていない。殆どの者は、いきなり文字を書くことは出来ないという。本来頭にない言葉を、見知らぬ形に落とし込むのは困難なことだろう。


 見慣れない文字もマーナが書いたと思えば愛おしい。額に入れて飾ろうかと考えていると、余白に描かれた絵に気づく。丸い顔、丸い瞳、丸い体。どこもかしこも丸い。耳は長いが、ウサギだろうか。全く複雑な形をしていないそれは、柔らかく動きが鈍そうだ。実在していれば野生で生きていけそうにない。マーナの世界にはいるのだろう。少しでも記憶にい続けて欲しいと、初めて見たそれに願う。




 日が傾き、窓が柔らかなオレンジに染まっている。眠ってしまっていた。この時間になると、少し肌寒いはずなのに、背中が暖かい。感じた重さに手をやると、毛布が掛かっている。きっと様子を見に来た侍女が掛けてくれたのだろう。広げたままでいたノートを畳むと、机の引き出しにしまう。今日はカルリーニ国の地形について学んだ。海にも山にも恵まれた地は、他国より食材が豊富だという。もしかしたら、同じ食文化に触れることが出来るかも知れない。楽しみを一つ見つけた気がする。

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