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初めての朝

 寝てしまっていたらしい。目の前には天蓋。天蓋って実在するんだ。手を横に伸ばしても、ベッドの縁には届くことはない。何というか、これぞお城のベッドサイズ。


「はぁー。夢オチだったらよかったのに。帰りたい。みんな心配してるよね。私はここにいるんだけどな。せめてどうにかして知らせることが出来ないかな。帰った人がいないって言うけど、帰れないとは限らないはず」


 シーツ一面に施された刺繍をなぞり、これからどうしようかと考えていると、ノックの後に一人の女性が入って来る。


「マリナ様、お目覚めでしょうか」

「あ、はい」

「本日よりマリナ様のお世話を担当させていただきます。リタと申します」

「お世話。…私、不審者ですよ」

「不審者だなんて誰も思っておりません。お風呂の支度が出来ておりますので、まずはゆっくり温まってください」


 いつの間に用意したのか、バスタブには湯気が上がっている。申し訳なさより、汗を流したくて服を脱ごうとし、見覚えのない服を着ていることに気づく。


「えっこれ、」

「恐れながら、寝間着に着替えさせていただきました。お召しになっていたものは今洗っておりますので、乾きましたらクローゼットに入れておきます」

「それは、すみません。ありがとうございます」


 寝間着の方が高そうな気がする。肌触りがツルツル。どうしてこんな待遇を受けているのかわからないが、カルリーニ国の基準がそうなのだろうか。カルリーニって日本からどれくらい離れているんだろう。


「っ、う、う。ふぇ、っ……う。いや、いや、泣いたら駄目だ。私はちゃんとここにいる。元気でいれば大丈夫。帰れるときまで頑張ろう。きっと、マシだ」


 マシって何が基準なのだろう。認めたくない転移をした先が、劣悪な環境ではないことに感謝するべきなのか…瑞々しい花の香りのお湯は、全然馴染みがない。浸かっているだけで、どんどん寂しさの沼に嵌ってしまいそう。素早く体を洗い、さっさと出る。


 洗面所に置かれていたワンピースを着て部屋へ戻ると、リタの横にもう一人女性が立っている。私と同じ年くらいかな。


「彼女はエレノアと申します。お支度などは彼女にお任せください」

「え、そんなわざわざ。私、一人で大丈夫ですよ」

「エレノアと申します。まずは髪の毛を乾かしますね」


 鏡の前に促される。必要以上に世話を焼かれるのは落ち着かない。エレノアは丁寧に髪を梳かしタオルで水気を拭き取っていく。思った以上に心地よく、目を瞑ってしまう。


「マリナ様の髪は艶やかですね。深い黒色がとても綺麗です」


 ありふれた黒髪を褒められれしまう。そういえば、黒髪の人を見ていない。


「髪の毛が黒いって珍しいですか?」

「マリナ様のように透き通った黒髪の方は、なかなかいらっしゃいません」

「私はリタさんの柔らかい色も、エレノアさんのような鮮やかな色も素敵だと思います」

「まあ。ありがとうございます」


 ドレスを整えていたリタが、気不味そうにこちらを見る。どうやら、さん付けが気になったようだ。呼び捨てなど出来ないと答えたが、懇願され、敬語も必要ないと言われた。よそ者の私が、会ったばかりの人の名を呼び捨て、敬語を使わないなど有り得ない。ましてや世話までしてくれているのに。そう説明したが納得してもらえず、穏やかな攻防戦の上、さん付けをやめることのみで双方折れた。


「本日は謁見がございます」

「謁見?」

「陛下にご挨拶をするとお考えください。それ程長い時間にはならないと思います。朝食の後にお着替えいたしましょう」


 朝食が部屋に運ばれる。客間と言われていたけれど、かなり広いと思う。ベッドとサイドテーブルの他にソファー、チェスト。テーブルは二人掛けだが、ゆとりのあるサイズだ。

 椅子に座ると、リタが紅茶を淹れてくれる。どんな食事か内心ドキドキしたが、サラダとスープ、スクランブルエッグにベーコンという馴染みのある食事でほっとした。パンは少し硬めだったが、ちぎるとフワッと湯気が上がった。


 朝食を終えると謁見に向け支度をする。エレノアは私に必要な人だった。ドレスがこんなに複雑で困難なものだとは知らなかった。そして苦しい。初めてのコルセットだと告げると交換されたコルセットに助けられたが、コルセットなしという選択肢が欲しかった。


 外で待っていた騎士に先導され、謁見の間に向かう。リタがついてきてくれたが、中には入れないと扉の前で言われた。心細くなり、外で待っていてくれるようお願いすると快諾してくれほっとした。


 私にとって王という存在は遠い。架空の人物と同じ。国で一番偉い人だという認識くらい。国で一番偉い人。失礼はあったらいけない。カルリーニ国の作法は何一つ知らない。だから深くお辞儀をすることにする。


 許可され頭を上げると、豪奢な椅子に座っているのは、昨日見た王といった出で立ちの男性で、横にはレオカディオと名乗った男性。



「マリナと言ったな」

「はい」

「貴女の訪れは皆が歓迎している」

「ありがとうございます」

「まさか愚息がここまでとは思わなかった。公示が先になってしまったことを悪く思わないでくれ」

「はい?」


 王の話はこれ以上ないらしく、これからもよろしくというような言葉で締め括られる。


 愚息と言われるのは陛下の横、レオカディオのことで間違いなさそうだ。王族だったんだ。視線を向けると、レオカディオはどこを見ているのか全くわからない。なのに凝視されている気がする。考えてみれば、この部屋に入ったときから感じる視線は、レオカディオの方向からだ。転移してきた人間が不思議でたまらないのかな。転移なんてとんでもないけど、帰れる可能性がゼロでないなら、その日までしっかり暮らしていくしかないのだと、決意に似た気持ちが湧いてきた。

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