ゾンビ理容室
腕はいいらしい。
店名が店名だが、外から見た感じでは普通の理容室だ。くるくる回っている螺旋の看板もある。赤が血管で青がリンパ腺という話を聞いたことがあるが、まあそんなことを思い出したのは店の事情が大きく左右している。
この理容室、どんな事情があるかというと……。
『冬でも霊安室のように冷房をきかせています』
という張り紙の通り、店長がゾンビらしい。
店員はほかにはいないらしいので、実質理容師はゾンビのみ。
ゾンビ理容室だ。
あ。
入口にもう一つ張り紙がある。
『未成年の入店はお断り』
ええと……心臓に悪いとか?
「未成年に酒ににおいを嗅がせるわけにはいかねぇからさ」
入店して聞いてみると、鏡台に映るオウムがそういった。
なんでオウムだ?
「ゾンビは、しゃべらないからねぇ」
うろんな視線を鏡越しに投げると、私の座るイスの後方にいるそのオウムは答えた。どうやら実務は私の真後ろにいるゾンビが、しゃべりはそのさらに後ろの止まり木に居座るオウムが担当しているようで。
「それでお客さん、ずいぶん伸びてるようだけどどこまで切りますかね」
おしゃべりなオウムがゾンビの代わりに聞いてくる。
耳にかからない程度にそのまま短くしてと伝えると鏡面に映るゾンビが頷いた。ちゃきちゃき、と手にしたハサミ。このあたりの所作は確かにゾンビというより理容師そのもの。腕は間違いなさそうだ。……問題があるとすれば、やや酒臭いことか。
すん、と鼻をすすったことでオウムが口を開いた。
「酒臭いけど飲んでるわけじゃないからね。ほら、ゾンビだからどうしても腐乱現象が必要でさ。気合いで腐乱を発酵に置き換えて人様に不快感を与えないようにしてるのさ」
どうだろう、このツッコミどころ満載の言いようは。
「つまり、ゾンビだからいくら冷房をきかせようと腐乱している状態は変わらない。しかし、体を動かさないと仕事はできない。体を動かすということは腐乱が進むということ」
まあ、体を動かせばある程度の熱量は発生するので仕方がない。ここはいい。
「でも普通に腐乱してるとにおいを気にして客は来ない」
ここもわかる。
「そこで、体質改善によって酒粕体質にして香りを良くしたって寸法さ」
ここだ!
ここがわからない。
というか、いかがなものか。
「それならヨーグルトでもチーズでも納豆でもよかったのでは?」
あまりのご都合主義に思わず突っ込んでしまった。
ちちち、と首を振るオウム。
「お客さん。世の中、嫌われつつも実際に外を出歩いている人は酒臭い人。あくまで現実的なラインさね。そこんとこをはき違えちゃいけないねえぇ」
確かに納豆臭い人が外を出歩いているところを見たことがない。
「それにここは理容室。酒臭いのを気にする程度の男性客はゾンビの理容師なんざ選びませんぜ」
ごもっとも。
ごもっともだがなんか違う。
とはいえいまは手も足も出せない状況。おとなしくこの店に身を任せるしかない。
そんなこんなするうち、ゾンビの理容師は両開きの鏡を手にして私の襟足などを映した。
もう終わったようだ。
「ところでお客さん。どうしてこの店へ?」
オウムがいまさらながら聞いてくる。
「腕がいいと聞きまして」
実際に満足した。
「ありがとうございました~。またのお越しを」
会計を済ませて辞す私にオウムが羽を広げ、ゾンビは丁寧な一礼で送ってくれた。
とても満足したが……店がつぶれずにいるということは少なからず客がいるということ。
世に変わり者は多いのだとしみじみ思う。
もう、来ることあるまい。
私はそこまで変わり者ではないのでね。
翌日、私の通う大学にて。
「あれ? 印象が変わった?」
普段はあまり話さないゼミの女子から話しかけられた。
「いや、散髪しただけ」
いつもの髪型だと説明しても首をひねる。
「よ、彼女でもできた?」
男子からもそんな話が。
「そんなわけないだろ」
その場ではそういったが、数日後に彼女ができた。年上の先輩だ。
「お前といると気分がよくてな」
付き合い始めてからしばらくして聞くと、彼女は流し目でこちらを見ながら微笑した。
「それにカッコいいような気がする……風が吹いて髪がなびいたりすると、な」
すこし頬が上気している。
彼女が無類の酒好きだと知ったのはさらにしばらくしてから。
まんざらでもないので、私もあのゾンビ理容室には定期的に行くようになった。
相変わらず、少ないながら客がいる。
おしまい
うんまあいつもな感じのお話です♭