二人の探索者
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空は一面の白、だが 雲ではない。一切の切れ目も無く真っ白であり、空の高さは明らかに低かった。その下で光る球体が地面を照らしている。大人の腰程の深さで子供なら流されてしまいそうな流れの速さの川。所々に草が生い茂る小島が点在し、真横に並んだ大人が手を広げて渡れる程の橋が架けられていた。
川の中を泳ぐのは普通の生き物ではない。一見しただけならばカエルに見えただろう。だが、その体は小型犬程で、犬の頭と体毛を持っている。他にも鋭い爪が生えた鳥の足が生えた魚や尻尾で跳ねて橋の上を移動する大きいザリガニ。どうやら縄張り争い食物連鎖の関係ではないのか互いに警戒する素振りすら見せず、まるで群れの仲間にさえ感じる。
モンスター、塔内部で生まれ落ちる異形の存在だ。普通の生物でないが故に互いに争う事は基本的に無い。だが、川の中から突き出した岩に乗って休んでいた犬のようなカエルが何かに気が付いて体を起こす。他のモンスターも同様。先程まで微塵も感じさせていなかった捕食者のギラギラとした瞳が一斉に一方向を向く。
「おっ。トードドックにクローフィッシュ、それと……何だっけか?」
「ジャンピングロブよ、ジャンピングロブ。珍しいモンスターだけれど習ったでしょ!」
犬のうなり声を上げながら川から飛び出したカエルの群れ。魚は水球に包まれた状態で宙を泳ぎ、ザリガニは遠巻きに獲物と見定めた二人を見て直ぐに川に飛び込んだ。
次々に川から飛び出すモンスターに対し、二人は呑気ささえ感じられる会話を交わす。軽装に身を包んだ赤髪の少年とフード付きのローブの少女。少女の手には蒼く光る炎を内包するランタンが下げられ、相棒の少年の言葉に呆れた様子。
「まあ、逃げたんだから別に良いだろ」
「良くないわよ。今回は良かったけど、危険な相手を忘れちゃってたら駄目だって言ってるの。ったく、英雄になるんでしょ? ほら、来たわよ、アッシュ!」
「了解だ、ミント! 来い!」
故郷を失ってから九年。成長したアッシュが手を翳して呼べばその手には白刃の剣が現れた。犬歯を涎で濡らし、獲物を捕獲しようと長く伸びる舌を一斉にアッシュへと向け、剣の一振りで斬り飛ばされる。橋の上に落ちた舌の先と飛び散った青い血。だが、それは一瞬で光の粒子になって消え失せる。
舌を斬り飛ばされ激痛を感じているのだろう。トードドック達は空中で体勢を崩してのた打ち回り、慌てた様子で川へと逃走を図る。橋の手摺りに飛び移り、川に飛び込もうとした。
「遅い!」
だが、後ろ足が手摺りから離れた瞬間、真後ろに迫っていたアッシュよって切り裂かれ、一瞬だけ内蔵をぶち撒いて光の粒になって空中を漂う。そのアッシュの無防備に見える背中に向かい、爪を突き出したクローフィッシュが襲い掛かった。爪の先は体を包む水球から飛び出しているが、爪先が触れる前にミントの持つカンテラから赤い火球が放たれて間に割り込む。
ファイヤーボール、基本的な魔法の一つだ。直径おおよそ二十センチ程の火の玉を放ち、射程距離は平均五メートル。だが、今放たれた火球は三十センチ程。
「……あっ」
そしてミントの手元から二メートル強程進んだ所で霧散して消え失せた。しまった、とでも言いたそうな表情のミントだがクローフィッシュを怯ますには十分だったのか上に逃げた一匹を除いて振り返り様の一撃で纏めて切り裂かれ、身を包んでいた水球は橋を濡らす。アッシュは上へと逃げたクローフィッシュを少し悔しそうに睨んだ後で責める視線をミントに向ける。
「ポンコツ……」
「う、うっさいわね! 威力は高いのよ、威力は!」
魔法、それは才能持つ者のみが扱える特殊技術。魔力と呼ばれる体内エネルギーを骨組みにし、詠唱によって組み上げた術式を張って完成させる張り子のような物。術式の組みが甘ければ発動すらせず、魔力のコントロールが甘ければ途中で消え失せる。
今の失敗はそういう事だ。威力自体は高いのだが、肉体よりも魔法関連の修行を優先させる魔法使いタイプにとって射程が短いのは致命的だろう。故にアッシュの口にするポンコツは間違った評価ではないだろう。幼少期にも同じ事を言っていたので昔から改善されていないらしい。
「遠くからじゃ当たらないなら、近くで当てるだけよ!」
カンテラを構え、ミントはアッシュへと駆け出す。既に剣を指輪に戻したアッシュは指を組んだ状態で腕を伸ばし、ミントが踏んで飛び上がるタイミングで振り上げた。その動きに迷いは無く、合図が無くとも二人の動きにズレは無い。上空に逃げ、一旦は無事だと安堵したのかクローフィッシュは空中で止まっており、二人の様子を伺っていた。だから目の前に迫るミントに咄嗟に反応出来ない。何とか爪を動かそうとした時、すでにミントの準備は終わっている。
「ファイヤーボール!」
至近距離から放たれる炎。一瞬で体を包む水球諸共クローフィッシュを蒸発させ、トードドック同様に光の粒になって空中を漂った。ミントはそのまま空中で身を翻し、かなりの高度にも関わらず橋の上に着地。得意気に鼻を鳴らす姿は、どうだ、とでも言いたそうだ。
「じゃあ、次に行きましょうか。その前に……回収!」
ミントがカンテラを掲げると周囲を漂い、少しずつ地面へと向かっていた光の粒が引き寄せられている。
「なんか毎回思うんだが、火に誘われて飛び込んで焼け死ぬ羽虫みたいだよな、それって」
「いや、虫嫌いなんだから言わないでよ。前から自分でも思ってたけれど目を逸らしてたのに、今度からそうとしか見えないじゃないの。ったく、デリカシーが無い奴ね。はい、完了。じゃあ、次に行きましょうか」
「だな。さっさと進入可能階層を増やしたいし、今日はギリギリまで残ろうぜ」
アッシュが腰から下げた懐中時計に目をやれば文字盤は普通の物とは違っていた。針は長針だけで、十二時の部分に赤い点が有って数字は書かれていない。変わりに今は明かりを灯していない緑の豆電球のような物が五つ付いている。
「今の俺達じゃ進める範囲が狭いんだよな。楽に倒せる雑魚が殆どだしよ」
「分かってると思うけれど、今度許可されていないエリアに入ったら暫く活動停止食らうわよ? 数年早く強くなる事よりも、数十年強くあり続ける方を望むってのがギルドの方針なんだから」
「……へいへい。じゃあ、時間が勿体ないから急ごうぜ。まあ、お客さんが向こうから大勢お出ましだぜ」
聞こえて来たのは水中から無数のモンスターが飛び出す音が聞こえ、トードドックやクローフィッシュが現れる。いや、それだけではない。一層大きな水音と共に川から飛び出したのは大型犬程の大きさのマリモ。綺麗な丸い形で緑色が綺麗だ。それだけなら大きいだけのマリモだが、前面に入った横の切れ込みが上下に開いてギョロギョロと動く眼が現れた。その周囲にはバスケットボール大の眼のあるマリモの群れが跳ね回っている。
「げげっ! メガマリモス!」
「マリモスもあんなに……。生息エリアって別の筈なのに。何処の馬鹿が追い込んだんだか……」
巨大なマリモが飛び跳ねる度に橋が揺れる。それに同調して仲間のマリモも飛び跳ね、他のモンスターまで興奮が加速して行く。
「……逃げるわよ。流石に今の私達じゃあの数は……アッシュ!? ああ、もう! 矢っ張り!」
「大丈夫だ。何とかなる!」
アッシュの襟首を掴もうとしたミントの手は空を切り、モンスターの群れに向かって行くアッシュの背中を見てミントは地団駄を踏んで後に続く。
「今夜のご飯はアンタの奢りだからね、馬鹿アッシュゥウウウウウウ!」
全身がボロボロの上にクタクタ。俺とミントは背中合わせに座り込んで休んでいた。周囲は戦いの跡がクッキリと残ってるし、防具だって凸凹だらけだ。
「ほら、何とかなっただろ?」
「……帰ったら四時間説教ね。あと、絶対に殴る」
ミントがマジの声で告げた時、懐中時計から鐘の音が鳴る。キーンコーンカーンコーンってな。この懐中時計はギルドの貸し出し品。探索団のランクによって入れる塔も活動時間も変わって来る。確か名前はリターンチャイム。設定された時間が過ぎれば……。
「さっさとシャワーが浴びたいわ」
「俺は肉が食いたい……」
「じゃあ、焼き肉ね。当然アンタの奢りで。勿論ルノア姉さんも行くわよ」
いや、ルノア姉ちゃんが来たら酒代だけで何人分になると思って……。
「え? 何か文句有るの?」
「……無い」
今日は少し無茶したが生き残った。だが財布は死亡が決まった時点で塔の中から消える。……さて、明日からも頑張って稼がないとな。
「英雄への道は遠いな……はぁ」
現在ナインテイルフォックスのランクはGのまま。リゼリクなんてSS級ランクの探索団に入ったし、ロザリーなんて活躍が新聞に乗ってたんだぜ。落ち込んで溜め息混じりに呟いた所でギルドの前に到着した。
「ほら、換金しに行くわよ。元気出しなさいって。秘宝だって幾つか発見したじゃない。……どうせガラクタだろうけど」
「励ましてからの追い打ちかよ」
ミントがバッグから出したのはオルゴールサイズの小さな宝箱。さて、開けられるのはギルドだけだから何が入ってるのかは分からないんだが……どうなるかね。
「あ~あ。凄い秘宝を発見してぇよな。それこそ世界を救える程のよ」
「馬鹿ね、そんなの無いわよ」
俺も本当に存在するだなんて思っちゃいないが、思わず呟いてしまう程には行き詰まりを感じていた。……そう、この時は。
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こっちも
羊飼いな私が変わった武器を手に勇者として世界を救う物語 ~助けてくれる賢者様も実は勇者だったらしいです~
少女が成長しつつ自由な使い魔に振り回されイチャイチャ夫婦にツッコミを入れる、そんなファンタジー
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