不思議な夢
寝ている時に見る夢には意味がある……と半分居眠りをしながら受けた授業で聞いた気がする。何かを察知したり、大いなる存在の警告だったり、全く無意味な夢は存在しないとか何とか。俺は全く夢に意味を感じた事は無いけどな。まあ、今後もそうだろうって思ってたんだ。
「皆、大変だったわね。じゃあ、お姉ちゃんの職場まで行こうか。連絡を受けて店を出る時、店長が何か作っておくって言ってくれたの」
ニーナ姉ちゃんはルノア姉ちゃんからリゼリクを受け取って背負うと俺達を住働いてる食堂まで連れて行った。表通りにあるけれど、未だそんなに遅い時間でもないのに店は閉まっている。えっと、確か定休日でもなかったよな? あれ? 看板が吊り下げられてる。
「……本日閉店?」
「うん。皆が疲れてるだろうけど、裏には落ち着いて食事出来るスペースが無いからってお客さんには帰って貰ったの。まあ、今日は常連の団体客が予約を入れてたから貸し切りだったし、探索団の人達だから訳を話せば納得して帰ってくれたわ。じゃあ、狭くて汚い店だけれど遠慮無く入って」
「……狭い上に汚くて悪かったな」
「わあっ!?」
扉を開けて直ぐに目に飛び込んで来た顔にミントが思わず声を上げる。うん、俺も思わず上げる所だった。銀灰色のオールバックの上にドレッドヘアー。どう見ても堅気の人間じゃないって人相の店長はニーナ姉ちゃんの言葉に少し呆れた様子を見せながら鍋をかき混ぜる。
「その汚くて小さい店で働いてる奴が何を言っている。ほら、熱いから気を付けて食べろ」
差し出された皿には肉や野菜がゴロゴロ入った美味そうなシチューが注がれ、柔らかそうな白パンやサラダが添えられている。シチューの香りが鼻をくすぐった時、俺達の腹が一斉に鳴った。そういえば昼ご飯も食べてなかったな。
「う、ううん……。此処は……?」
シチューの香りに誘われてか、俺達の腹の音が耳に届いたのかニーナ姉ちゃんに背負われて眠っていたリゼリクも目を覚ます。寝ぼけているのか自分が居る所が何処なのか把握していない様子でキョロキョロしている。てか、起きたならニーナ姉ちゃんから降りろよ。
「……起きたか。相変わらず体力が無い奴だな、お前は」
仕方が無い奴だって言いたそうな表情の店長の声を聞き、リゼリクが店長の方を向く。途端に顔が引きつった。
「ひぃっ!? ……って、あれ? 此処って叔父さんの店?」
「……ああ、そうだ。お前の実の叔父さんのリュウ・リミットの店だ。流石に甥っ子に怯えられると堪えるな……」
「ご、ごめんなさい! 寝起きで急に見たものだから思わず……」
そう、この店の店長はリゼリクの父方の叔父さんの店だ。元々ギルドの食堂で働いていたけど結婚を機に奥さんの家がやってる店を継いだんだ。にしてもリゼリクの奴、フォローになってないだろ。ほら、明らかに落ち込んでるし……。
「いただきます」
「……本当にお前はマイペースだよな」
「だって温かい方が美味しい」
「まあ、そうだけどよ」
そんな微妙な空気が漂う中、ロザリーは平然と食事を始めた。パンをちぎってシチューに着けて、サラダは苦手なトマトを俺の皿に移して来たから食べてやる。
「今回だけだぞ。ったく……」
「うん、分かった。今日はトマトだけ」
此奴絶対分かってないだろ。俺もトマトを食べたら余計に空腹を感じて慌ててシチューを口に運ぶ。程良い温め方をされているから慌てても口の中が火傷しそうにはならないのに冷えた体は温まって、満腹になると急に疲れがやって来た。
「……しかし相変わらず無表情な娘だな。全く感情が読めん」
「そうか? 俺やミントやロザリーは分かるけど? 三年前の頃は俺達も会ったばかりだから少ししか分からなかったけどな。今じゃその辺の人より分かるな。でも、そういや村の皆は……悪い」
ロザリーの表情の変化を分かっていなかった、そう言おうとして言葉を止める。そうだよ。その村の皆はもう居ないんだ。塔の誕生に巻き込まれて……。
「おい、ニーナ。四人を早く休ませてやれ。どうせルノアは聴取で暫く忙しいだろうし、その間は側に居てやれ。店は大丈夫だ。……それと、寝る前の歯磨きは忘れるな」
本当にリュウさんは接客以外で口数が少ないのと見た目で損をしていると思う。顔見知りは中身を知っているけど、初対面の相手には悪人の疑いを持たれる人相だもんな。知り合いにも普段の時と仕事中のギャップが凄いって言われる程だしよ。
……ニーナ姉ちゃんの家にお泊まりか。街まで遊びに来た時に上がらせて貰った事が有ったけど部屋の中は見た事が無いんだよな。経緯からして不謹慎な気もするけど少し楽しみだ。
「はい。歯も磨いたし早く寝ようか。私は姉さんが泊まる時のベッドを整えて使うから、ミント達は私のベッドを使ってね」
ニーナ姉ちゃんと一緒じゃないのが少し残念だけど、俺は少し嬉しかった。初めて入った初恋の相手の部屋で、その人が普段使ってるベッドで眠るんだからな。
「十分広くて良かった。じゃあ、明日はゆっくり休んで。明後日にはお祭りの予定だから遊びに行こうね。じゃあ、お休み」
「姉さん、お休み」
「ニーナ姉ちゃん、お休みなさい」
「また明日……」
大人用のベッドだから横向きに寝転がれば十分広いし、今日は一人で寝るのが少し怖かった。枕側からリゼリク、ミント、俺、ロザリーの順に並んで毛布を被れば直ぐに眠気がやって来る。リゼリクなんて寝転がった途端に寝息を立て始めていた。
「……どうした?」
灯りが消され、俺も眠ろうと目を閉じた時、不意にロザリーが手を握って来る。少し驚いて横を見ればカーテンの隙間から差し込む月明かりに照らされてロザリーの不安そうな顔がハッキリと見えた。
「……今日だけ手を握って寝たら駄目?」
ロザリーの奴がこんな顔を見せるのは本当時久しぶりだ。三年前に母親の故郷だったとかで村に移住して来た当初は見せたけど、此処数年は見てなかったからな。俺より二歳上なのに俺の手を握る手は小さくて、どんなに強くても女の子だと思ってしまう。これで断ったら男失格だよな。
「いや、別に握りたかったら何時でも握れよ。遠慮する仲じゃないだろ?」
「……うん。矢っ張りアッシュは優しい。だから……すぅ」
直ぐに不安そうな表情は穏やかな寝顔に変わる。ったく、現金な奴だぜ。そんな風に思いながらも実は俺も安堵感を覚えていて、直ぐに意識は睡魔に飲み込まれる。
『……よ。……の……ならば……とは……れない』
……何だ? この日、俺は不思議な夢を見た。眩しいくらいに金色に輝く空間に浮かんだ俺の目の前には父さんが使っていた時の剣が有る。手に取ろうとしても体は何故か動かなくて、途切れ途切れの声だけが頭の中に響く。
「皆ー! 朝ご飯が出来たから顔を洗って来てー!」
次の日の朝、俺はニーナ姉ちゃんの声で目を覚ます。何故かロザリーは俺に抱き付くようにして眠っていて、リゼリクは寝相が悪くて足を突き出した格好のミントに蹴り落とされたらしくベッドの下で目を覚ましていた。
そして俺は夢の内容を全く覚えていない。この夢について俺達二人がハッキリと思い出し、意味を知るのはずっと先の話だ……。