ライバル視
「ふぅ。漸く到着やな。ロザリー……とアッシュは大丈夫として、ミントとリゼリクはちゃんとした所で休ませてやらんといかんし、早くニーナの所行かんと。ギルドへの報告も有るし、三日は禁酒かぁ……辛い」
流すだけの涙を流し、悲しむだけ悲しんで決意を新たにした俺達は故郷の村から一番近い街のトルロゴが見える急な丘の上まで辿り着いた。近いって言っても馬車で半日程の距離、ルノア姉ちゃんには俺達に合わせて貰ったから、出発から六時間は過ぎたんじゃないのかな? 周囲はすっかり暗くなり、街は人工的な灯りで照らされる。……そして、街の奥には塔があった。
「前までは憧れの場所だったのに俺も現金な奴だぜ。……塔で栄える街だなんて、今は信じられねぇ」
「まあ、奪われた側に回って初めて分かる事も有るってこっちゃ。ほな、二人を休ませたいし行くで」
ルノア姉ちゃんの背中には疲れが限界で歩けない状態のリゼリクとミントの姿がある。村の最後を見てから走り通しだったし、無理も無いんだけどな。
「うん、急ごう。アッシュも大丈夫?」
来る度に目を輝かせていた場所が今じゃ拳を握り締めて睨む対象だ。あれが誕生する時にどれだけの物が奪われたのかと思うと怒りが込み上げて来るんだが、ルノア姉ちゃんが言う通りに今大切なのは二人だ。元々リゼリクはアルビノ? とかで白髪に白い肌、ついでに赤い瞳で体がそんなに丈夫じゃない。ミントだって普通の大人よりは動けるけれど、俺達に比べたらな。
「お前が平気なんだ。俺だって平気だよ」
どういう理由かは習った気もするが居眠りしながらだったからか忘れたんだけれど、探索者の子供ってのは普通の人よりもずっと動ける。それこそ下手な大人よりもな。まあ、探索者の子供同士の差は個人差が少し有る程度だけどよ。……だからロザリーが平気な顔をしてるんだから俺がクタクタだってのは気のせいだ。森を抜けた時に引っ掛けて外れたのか髪留めが無くなって母さん譲りの赤毛が汗で湿って張り付いてるのは汗っかきだからに決まってる。
「?」
「分かったれや、ロザリー。男の子にはくっだらん意地が有るもんなんや」
男が女に負けてられるかってんだ。だって父さんが言ってたんだ。男なら女を守ってやれって。それに男女は関係無しにロザリーは俺のライバルなんだし、負けてたまるかよ。
「ほな、安全な道を選びながら先行するさかい、二人は後から付いて来や」
ルノア姉ちゃんは二人を背負ったまま急斜面を一気に駆け抜ける。その後にロザリーが涼しい顔で続き、俺は最後だ。殿って奴だな。別に追われてはないけどよ。
「わっと!?」
「大丈夫?」
途中、転びそうになった俺を心配してか先に進んでいたロザリーが戻って来る。俺と違って夜の悪路を昼間の平らな道みたいに易々とだ。しかも言葉だけじゃなくて手まで差し出して来た。
「手、繋ぐ?」
「必要無い!」
「だからロザリー……言うても無駄やな」
差し出された手を無視して俺は駆け出す。女の、それもライバルの手を借りて進んでどうするってんだよ。俺は意地でも一人で進む為、必死で目を凝らしてルノア姉ちゃんが進む道や走り方を真似する。此処でジャンプして、此処では前傾姿勢になって、ってな感じだ。よし! 何とか慣れて来た。丘の麓まで後少し。このまま俺はロザリーよりも先に……。
「……本当に大丈夫そう。安心した」
先にゴールしようとした俺の横を本当に微かに安堵の笑みを浮かべたロザリーが通り過ぎる。俺よりもずっと洗練された足運びで俺を抜き去って行った。
「次は負けないからな!」
「何の事?」
その熱くなって指先を向けて来る理由が分からないって表情を止めろ! 俺だけ一方的にライバル視してるみたいじゃないかよ!
「ほら、夫婦喧嘩はその辺にしてさっさとトルロゴに入るで。……の前にアッシュ。親の形見やから気は進まんけど指輪を一旦渡して貰えへんか? ナインテイルフォックスの正規メンバーでない子供に持たせてるとかギルドにバレたら面倒やねん」
「……分かった」
本当は嫌だけれど父さんの形見である剣に姿を変える指輪”秘宝・魔剣の指輪”を外すとルノア姉ちゃんに手渡す。
「……なあ、あの塔でも似たのが手に入るのかな?」
「どうやろな。正直言ってGランクの塔で手に入る秘宝なんてショッボイ物が殆どやで。まあ、凄い宝が出ないからこそ塔の近くに人が集まれてトルロゴが大きくなったんやけどな。……ホンマ面倒な存在や。人に悪夢と恩恵の両方を与えるんやさかいにな」
何時もみたいに飄々とした掴み所のない態度で心底面倒そうにするルノア姉ちゃん。この二年間で取るようになったそれを俺は嫌いだった。でも、今はそんな真剣身の感じられない態度が何故か安心出来た。あれだけの急斜面を駆け下りたってのに背中の二人も安心した様子で眠っているし、矢っ張り凄いよな。
とても義足とは思えない動きをこなす姿に俺が尊敬の気持ちを蘇らせる中、トルロゴの入り口には白い制服を来た連中が真剣そうな表情で警備に加わっている。あの制服は確か……。
「探索ギルド。探索団の管理やら塔の危険度を査定する連中が何やってるんだろ?」
「ん~。まあ、見ての通りの警備のお手伝いや。流石に仕事が早いなあ。とっくに塔の誕生を察知して近くのトルロゴに変な連中が正規の探索団の振りして来てないか警戒しとるんやろ。……よ~う覚えとけ。伊達に武装集団の管理はしとらん。取締りやら揉め事の仲介も行う連中を只の役人みたいなのとは思わんこっちゃ」
「……うん。あの人達、強い」
ロザリーの言う通り、ギルドの職員の動きは戦いを生業にする人達の足運びであり、警戒に隙が見当たらない。父さんがトルロゴ支部に連れて行ってくれた時は背筋をピンって伸ばして丁寧な態度の事務職って感じだったのにまるで別人だ。
「さてと、早速声を掛けんとな。支部内も慌ただしいやろうし、直行出来る方が楽やしな。おーい! ご苦労さん。仕事頑張っとるなあ」
「ヘルダさん? 矢張りご無事でしたか。では、早速支部の方に……」
「おいおい、相変わらず堅い奴やな。別に名字でなくても構わんやろ。まあ、それは良いんやけれど、ほれ」
「……成る程。では妹さんの所に連絡を入れましょう。他に救援を待っている状態の方は?」
「おらへん。四人とも怪我はしとらんし、今は休ませるのが先決や。ウチと一緒に居ったんやし、見ての通り子共やから聴取は全部ウチにしてや」
「……善処しましょう。仮にも元Aランクの貴女の言葉ですからね」
ルノア姉ちゃんの声に真っ先に反応したのは如何にも真面目そうな眼鏡の兄ちゃん。勉強が得意なエリートですって見た目をしているけれど、この兄ちゃんの動きも隙が無い。かと思ったら俺達の存在に気が付くなり警戒を緩める為か支部の建物で目にした動きに戻るし、仕事もテキパキしてる。こりゃルノア姉ちゃんの言った通りだ。ギルド職員、侮れねぇ……。
「……ついでに労いの為に晩酌の用意なんかは可能やろうか?」
「却下です。可能かと本気で思ったのですか?」
こ、このタイミングでそんな提案するとかルノア姉ちゃんの胆力も、それを速攻で却下する兄ちゃんも絶対に侮れねぇ。
「姉さ~ん! ミント~! 皆~!」
ルノア姉ちゃん達がそんな提案をしていた時、慌てた様子の声と足取りで駆けて来る人が居た。姉妹であるルノア姉ちゃんとミントとは違うサラサラの金髪を肩まで伸ばした穏やかそうな顔付き。色気皆無のルノア姉ちゃんと真面目なようでがさつな感じがするミントとは似ても似つかない優しくて色気の有る美人のお姉さん。
ヘルダ家三姉妹の次女、ルーナ姉ちゃんことルーナ・ヘルダが大きな胸を揺らしながら息を切らしてやって来た。胸が大きい割に背が低いから胸の辺りが強調された服装で、走る度にブルンブルン激しく揺れて動くのが大変そうだ。
「ニーナ姉ちゃん!」
何を隠そう二ーナ姉ちゃんは俺の初恋の相手。口には出した事が無いけれど、英雄になると同時に二ーナ姉ちゃんをお嫁さんにするのも俺の夢だ。って、ギルド職員は平然としていて流石だが、他の警備の人達は胸に視線を奪われてる。実は俺も見ていた。
「……変態おっぱいマニアめ」
「……うわぁ」
「起きたんだな、ミント。……リゼリクは流石に未だか」
そんな男共を見る女子二人の目は冷たい。ミントの奴、何時の間にかルノア姉ちゃんから降りてロザリーの隣に並んでいた。俺がニーナ姉ちゃんの胸を見ていた間だろうか。まあ、連中はジロジロ見過ぎだ。例え胸元のボタンがキツくって谷間が見えてたとしても正面から見ちゃ駄目だ。顔を見ている風に見せ掛けて見るんだ。
「いや、お前もやからな、エロ餓鬼?」
俺の肩にルノア姉ちゃんの手が置かれ囁かれる。ロザリーとミントの冷たい視線が俺にも向けられている気がしたが、気のせいだと思いたい。
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羊飼いな私が変わった武器を手に勇者として世界を救う物語 ~助けてくれる賢者様も実は勇者だったらしいです~
少女が成長しつつ自由な使い魔に振り回されイチャイチャ夫婦にツッコミを入れる、そんなファンタジー
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