終わりが始まる前
もう片方と一緒に頑張ります!
この日、俺は運命を大きく変える出会いをした。
「聞こえなかったのか? お前の望みを叶えてやると言ったのだ。ああ、それとも……見た目通りに貴様の頭は空か」
既に立っているのも辛く、倒れまいと剣を杖にして床に膝を付く俺の前には傲岸不遜な態度の少女が立っている。太陽と月を思わせる金の髪と銀の瞳は吸い込まれるように美しく、恥じる様子すら見せずに晒された一糸纏わぬ裸体は芸術品とさえ感じた程だ。
「お、俺の望み……」
「ああ、そうだ。先程の戦いは……いや、お遊びの一部始終はずっと見ていたぞ。いやぁ、あれが喜劇という奴か。笑わせて貰ったぞ。あの程度で英雄になるとほざくのだからなぁ」
少女は俺の顎に人差し指を当てて軽く持ち上げる。そのまま息が掛かる程の近距離で見詰める瞳は吸い込まれそうで、侮辱への怒りが湧いて来ない。何時もの俺なら仲間との口喧嘩で直ぐに熱くなるのにだ。
「もう一度だけ言ってやる。私に手を貸せ。そうすれば貴様は世界を救う英雄にしてやると約束しようじゃないか」
突然現れ、上から目線で訳が分からない事を言って来る少女に対し、俺は突き放し拒絶の言葉を向ける事が何故か出来ない。つい先日の光景が俺の頭の中で再生していたからだ。
「抜いたぞ! あの子が世界を救う英雄だ!」
「聖剣の所有者が遂に現れたんだ!」
響き渡る拍手喝采。大勢が歓喜に叫び、感動で泣き出す人まで居た。そんな熱狂的な空気の中、俺だけは冷や水を頭から被せられた気分だ。視線の先には戸惑いながらも誇らしげにする少女の顔。小さい頃から見知った奴で、大切な友達だ。でも、俺は皆と一緒に歓声を上げる事が出来ず、一目散にその場から走り去る。
「なんで、なんで俺じゃないんだ……」
喜びじゃなく悔しさから流す涙が頬を伝う。俺はそんな自分が惨めで悲しかった。本当だったら俺が駆ける方向は逆で剣を手にした彼奴の所なのに、どうして俺は逆方向に走っているんだ。
「……父さん。俺は最低な奴だ」
立ち止まり、人混みの方に視線を向ける。俺と違い、彼奴に駆け寄って喜びを分かち合う二人の姿が見えた。今からでも戻る? ……そうすべきなんだろうな。分かっているんだ、その位。
でも、俺は更に逆方向へと駆け、両手で耳を塞ぐ。歓声も拍手も今は俺の夢が壊れる音にしか聞こえなかった。
「……」
回想を終えた俺は黙り込む。英雄になる、それは俺の小さい頃からの夢だ。その夢を掴む為の手段は潰えてしまった。でも、未だ方法が残っているのなら……。
「さて、どうする? 貴様が断るならば余は再び眠り、次の出会いを待つだけだ。貴様の夢の為には余が必要だが、余には貴様である必要は無いのだからな」
「俺は……」
これは伝説の剣を手にして世界を救う英雄になる道を一度閉ざされた俺の物語。そして、別の方法で世界を救い英雄となるべく塔に登る俺と仲間達の物語だ。
歴史書曰く、その存在が確認されたのは千年以上も前らしい。やがて人は世界中に存在するその建築物に名を付けた。塔と。やがて塔に挑む者達を探索者、その集まりを探索団と呼ぶようになった。
その高さは山をも越え、その広さは小さな街以上。そして一度中に入れば広がっているのは多くの宝と危険を内包した未知の世界だ。一体誰が何の目的で造ったのか、そもそも人の手で建築可能な物なのか。多くの学者が研究するも答えは出ない。中には神様が建てたって言う奴や滅びた古代文明の名残だって説を唱える奴だって居る。
只一つ分かる事は人にとって塔は悪夢であり、同時に夢を追い求める場所だという事だ。……俺もあの場所に夢を求めた。幼い頃からの憧れ。何時の日か父さんみたいに強くなって、絶対に英雄になってみせる!
「行くぞ、リゼリク! 今日こそ頂上まで登ってやるんだ!」
「ま、待ってよ、アッシュ君。ルノアさんに二度と登るなって怒られたばっかりじゃ……」
都会から遠く離れた森の中、近くの村に住む幼い少年二人は古びた塔を思わせる建築物の前で騒いでいた。強気そうな少年であるアッシュは建築物の頂上を指差し、気弱そうなリゼリクは止めようとはしているが押し切られている様子だ。建物は細長く、中はがらんどう。門すら崩れて殆ど穴になっている入り口から内部に入れば子供が少し走り回るには十分な程度の広さで床は地面が剥き出しで雑草が茂る。雨風に晒されて崩れた外壁の穴からは日が射し込み、六階建ての建物程度の天井まで吹き抜けになっていた。
余程古い建物なのか苔むしており、ツタが幾重にも絡んでいる。アッシュは迷い無くツタを掴むとリゼリクがおどおどしながらも止めるのも聞かずに登り始めた。
「それに絶対危ないし……」
「何言ってるんだよ。この程度登れなくって立派な探索者になれるかってんだ。それにルノア姉ちゃんなんて昔は凄かったのに、今じゃ飲んだくれて、ニーナ姉ちゃんを困らせてばっかじゃんか。あんな奴の言う事なんて聞く必要なんて無いぜ」
ルノアという人物の事を語る途中で活発そうな少年、アッシュは何処か拗ねた表情になった。殆ど垂直の壁をツタを頼りにスラスラと登り続ける姿からして随分と運動神経が良いのだろう。少し遅れて迷いながらも登り始めたリゼリクが一階の天井相当まで来た時、少し時間に差があったとしても三階の半分辺りまで登った時であった。森の中を軽快に駆け抜ける足音が近付いて来たのは。
「こぉのぉ! あほんだらぁああああああああああ!!」
正しく爆走と呼ぶべき荒々しく凄まじい速度を出して向かって来る彼女に気が付いた時、アッシュは悪戯が発覚した時の悪ガキのような顔になり、リゼリクはサッと顔を青ざめる。突き出した枝を気にせずへし折り、伸びた草を踏み荒らしながら現れたのは若い女だ。
「危ないから此処に登るなって、何度言うたら分かるんじゃクソ餓鬼がぁあああああああっ!」
栗色のボサボサ髪に鋭い目つき、昼前だというのに顔が赤く八重歯が覗く口からは酒臭さが漂う。下は袴で上は羽織とサラシだけだというのに全くもって色気を感じさせない彼女の胸部は二人が登っている塔の傾斜と殆ど変わらない膨らみだ。何よりも特徴的なのは左足だろう。時折鳴るギシギシと軋む音。そう、彼女の左足は膝から下が金属製の義足であった。
「やべっ! どうしてバレたっ!?」
「えっと、多分……」
彼女が姿を見せたのが意外だったのか慌てるアッシュ。どうやら誤魔化す作戦が上手く行っていると思っていたらしいが、リゼリクの方は何やら察したのか茂みの方に視線を送る。現在接近中の彼女が踏み荒らした道を少し遅れて向かって来る同年代の少女二人の姿が見えたのだ。
片方は息が上がっている栗毛をボブカットにした少女。もう片方は平然としており、全く表情を浮かべていない青髪ポニーテールの少女だ。
「ミントにロザリーっ!? お前達、裏切ったのかっ! 黙ってろって言っただろ!」
「何言ってるのよ、馬鹿アッシュ! 私は止めたわよ!」
「……ミント。その呼び方だとアッシュと馬鹿が別々みたい。後、私も了承はしていない」
表情が乏しく感情が読み辛い少女は、声も冗談なのか本気なのか込められた感情を察するのが難しい。それほど大きい声でもなかったが、アッシュの耳にはしっかりと届いていた。
「おい、ロザリーッ!」
その言い方では自分の名前が馬鹿を意味するみたいだとアッシュが文句を言おうとした瞬間、目の前に義足の女の姿が現れる。意識を外したのは一瞬の事。その一瞬が有れば彼女が片方が義足の足を使って今のアッシュの居る場所まで跳躍するには十分だった。
「ル、ルノア姉……ちゃん」
「そうやで。皆が大好きなルノアさんや。ほな、悪餓鬼にはお仕置きな」
ルノアはアッシュの服を掴むとツタから引き剥がし、そのままほぼ垂直の外壁を駆け下りる。その速度たるや自由落下の際の速度の十倍。この時、アッシュの顔は強制的に地面に向けられていた。時間にして数秒。だが、幼い彼には随分と長い時間に感じた事だろう。
「なんや。お説教したろうと思ったら気絶しとる。………起きるまで酒でも呑んどくか。っと、手が滑ってもうたわ」
白目を剥いて意識を失っているアッシュを横たわらせたルノアは腰から下げた徳利を傾け、途中で中身をアッシュのズボンにこぼす。この時、降りる最中だったリゼリクは見えていた。酒で濡れる前からアッシュの股間が濡れていたのを。
「……」
視線が重なったルノアが軽く笑いながら人差し指を口元に当てる。だからリゼリクも何も気が付かなかった事にした。
「ほら、リゼリクも注意して早く降りぃ。お前も正座で説教やからな」
これが少年少女達の日常。塔に関わる脅威や武勇伝が世界に広まる中、探索者に憧れる子供が無茶な特訓を行って年長者に怒られるのはありふれた光景であり、ささやかで平和な日常だ。
只、アッシュ達は知らない。これから待ち受ける運命を。当たり前が崩れる瞬間を……。
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