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08 オタクの階段上るでござる



「まあ結構、いいやつだよ。ちょっと調子乗りだけどさ」


 ギルドを出たザンマは、またアーガンとふたりで歩いている。

 夜もいよいよ更けてきて、いい加減明かりも少なく、代わりに月の明かりはいっそう濃くなって、人ともそれほどすれ違わなくなってきていた。


「『ブラックパレード』と角突き合わせてるのも、この街の十大企業の中でも『イストワール商会』が唯一だし」

「十大企業?」

「そのまま、規模がでかい会社を上から十個。ほとんどが『ブラックパレード』に吸収合併されたりなんだりで、今は系列の企業なんだよ。独立してるのは『イストワール商会』だけ。って、こんなこといきなり言われてもわかんないか」


 いや、とザンマは首を振り、


「シェロ殿から、かいつまんでは聞いてござる。なんでも『ブラックパレード』がこの街を牛耳っているが、黒い噂が絶えぬとか……」

「そうそう。さっきは結局、カイトのやつ話しそびれてたけど実はな……、っと、ここはちょうどいいな」


 見てくれ、とアーガンは立ち止まると、並び立つ建物のひとつを指差した。

 あたりが眠りつつある中で、その建物だけは、中の明かりが煌々と洩れだしている。


「あれ、『漆黒☆セキュリティガーヅ』の拠点」

「ほう」

「あそこも、夜間パトロールやってるんだよ。『漆黒』ってこの街で最大規模の人数を抱えててさ、はっきり言って、オレたちの方がおまけ。あっちは全域完全カバーで、警察からもがっちり補助金流されてんの」

「警察の外部委託組織みたいなものでござるか?」

「そんなとこ」


 ふたりがそんな話をしている間に、その建物の扉が開く。

 中から数人の黒衣の男が出てくると、そのまま夜に紛れて、どこかへ消えていった。


 でもな、とアーガンは言う。


「あんまり信用されてないんだ」

「む……。そんなことがありうるのでござるか?」


 ザンマは思わず問いかけた。


 領主の組織する治安機構が信用されていないならわかる。統治者と被統治者では、お互いの利益不利益が一致しないことがしばしばあるからだ。


 しかしこの街のように住人が自ら行政を運営している場合に、そうしたことが起こるとは考えにくい。


「それがあるんだよ。なんていうか、ここじゃ『ブラックパレード』が一種の領主になろうとしてるんだ」

「それほどでござるか」

「十大企業のうち九つが系列企業だろ? そこから仕事を流してもらってる中小も大量にあるし……」


 支配と言えば支配なんだよ、とアーガンは言った。


 なるほど、とザンマは頷く。

 それではたとえ『ブラックパレード』に不信感を抱いた住人がいたとしても、生活のためにはだんまりを決め込まざるを得ない。そうしない人間はいずれ干上がってしまうか、この街を出ていくしかなくなるだろう。


「だから、カイトの実家の『イストワール商会』っていうのは、そういう意味では抑止力とか、緊急避難所みたいな役割もあるわけ。イストワール家は昔ここの領主をやってて、商才のある代が自分たちで主導してここを自由都市に切り替えたらしいんだけど……。詳しいことはカイトに聞いてくれ。あいつ、自分の家の話するの好きだから」


 しかも気分がよくなって飯を奢ってくれることもある、と付け加えた。


 ふうむ、とザンマは今の話を整理する。

『ブラックパレード』は悪玉で、『イストワール商会』は善玉。そして悪玉の方が勢力の強い街、と。大雑把だが、そういう風に認識をして。


 ふと気付いた。


「ところで、具体的には『ブラックパレード』のどのあたりがキナ臭いんでござるか?」


 怪しい怪しいとだけ聞かされて、肝心のどこがどう怪しいのかという部分の情報が乏しい。

 せっかくならそれも訊いておこうと、そう思って、


「…………」

「アーガン殿?」

「あ、いや。結構たくさんあってさ。そうだな、代表的なところだと……『ルナ☆サバ』ってわかるか?」

「『ブラックパレード』が運営しているというアイドルグループでござるな」

「あそこの金のないオタクを捕まえて、臓器を売らせてるって噂がある」

「な――」


 とんでもない極悪人ではないか。

 驚愕の表情を浮かべて、ザンマはアーガンを見る。


 アーガンは真剣な顔をしていた。

 が。


「なーんて、な!」

「は」

「噂だよ。あくまで噂。金のないオタクって、すぐに内臓とか売って金にしようとするからな」

「……なんと。アーガン殿も、実は」


 その身体の中身はスカスカだったりするのでござるか、と見つめると、アーガンは腹のあたりをぽん、と叩いて、


「いやいや。あくまで気持ちの話。実際に売ったりするオタクはいないって。オレなんかむしろ、人より多いくらい」

「それはそれでよくわからぬが……」

「よくあるジョークなんだけどな。握手券積む金がないから臓器売るか!みたいなさ。ま、それは冗談として、現実的に有名なのはこのへんかな。『ブラックパレード』が夜な夜なひっそり悪事を働いてるんだけど、『漆黒』はそれを見逃してるって――」


 言葉が途切れたのは。


 きゃあ、という悲鳴が響いてきたから。


 ザンマとアーガンの視線が一瞬交錯して、


「拙者が行こう。アーガン殿は応援を」

「オーケー! 回復役も連れてくるぜ!」


 自分で言うだけあって、アーガンの足は速かった。

 ブーツの底で思い切り石畳を叩いて、つい先ほど後にした、ギルドの方まで走っていく。


 ザンマも負けていない。

 腰の刀に手をかけて軽く持ち上げると、そのまま走り出した。





「ちょっと! しっかりして! 意識落としちゃダメ!」


 現場に急行したザンマが見たのは、もう二度とその顔を忘れることはないだろうという人物だった。


「――シア殿!?」

「え? わあっ! ザッくん!?」


 街の大通りから外れて裏道。

 そこに、一人の男が血まみれで倒れていた。


 シアはその横に座り込んで、血が付着することも気にせず、男に薬をかけていた。


「何があったのでござるか」

「い、家まで近道しようと思ったら、この人が倒れてたの!」

「その薬は?」

「回復ポーションだよっ! でもこの人、傷が深くて私の普段持ちのじゃ……!」


 ザンマが近づいてみれば、それは確かにこの国に来てから慣れ親しんだ、回復ポーションであることがわかる。


 決して高級なものではないが、低級なものでもない。それを湯水のように使って効果が怪しいとなれば、その傷の深刻なことは軽々と想像できた。


「これならどうでござるか」

「そ、それ……! 私が前にあげた……!」


 あのときから、肌身離さず持っていた。

 懐からザンマが取りだしたのは、この街に来る馬車を下りるとき、シアからお礼に貰った回復ポーションだった。


「い、いける! これ高級品だから! ありがとう、ザッくん!」


 元は貰い物であるから、躊躇いもなければ礼を言われる筋合いもない。

 ザンマがそれを差し出すと、シアは男の傷に的確にそれをかけていった。


 やがて、出血が止まる。


 へなへな、とシアがへたりこんだ。


「よ、よかった……。腰抜けちゃった。しばらく立てないや……」

「お見事にござる。今、アーガン殿がぎるどに応援を呼びに行ってござるから、少しこの場で待つのがいいでござろうよ」

「そっか。アーくんが来るなら安心だ」


 シアに声をかけながら、ザンマは周囲を警戒している。


 男の傷は、並のそれではなかった。

 怪我。それも、凶悪な獣に襲われたように、禍々しい。


(太刀筋はひとつだけではない――。二撃。それも右と左の両側から。よもや、本当の獣の爪痕ではあるまいな)


 あたりの気配を探りつつ、さらにザンマは言う。


「シア殿が来たときには、他に人影はなかったのでござるか?」

「あ、うん。この人が倒れてただけ」

「となると、殺しが目的ではないということか」

「こ、殺しって……」

「物盗りかもしれんな。……といっても、さきほどの傷、ケチな盗人のつけたものには見えんが……」

「こ、怖いこと言わないでよ! 私、夜勤多くてこの時間帯にいつも帰ってるんだから!」

「む、申し訳ない。しかし、危険なら危険と認識せねば、かえってもっと危うくなるが……」

「それはそうだけど……」


 気持ちの問題、とシアは胸を押さえつけるようにして言う。


 そのころになってザンマは、警戒をようやく解いた。

 少なくとも自分が殺気を感知できる範囲に、下手人の姿はもうないらしい。


「なんにせよ、死人が出ずに済んでよかったでござる。シア殿の処置が的確だったおかげでござるな。ひょっとして、医療関係者でござるか?」

「あ、うん。近いかな。私、ジョブが『薬師』だから。今日も薬局の仕事の帰りで……。よかったあ、普段から応急処置薬持ち歩いてて。あ、もちろんザッくんに高級薬貰わなくちゃダメだったけど。って、よく考えたらそれあげたやつなのに返してもらっちゃったよね。そのうち替えの分を渡すよ」

「いや、それには及ばんでござる。元よりシア殿にただで貰ったもの。このような形で使われることこそ物の本望でござろう」


 そっか、とシアは頷いた。

 遠くから、急ぎ足の音が聞こえてくる。ザンマはその靴の音で、アーガンたちがやって来たとわかる。


「応援が来たようでござるな」

「ねえ、ザッくん」

「む?」


 シアは、両手を広げている。


「お、起こして……。本当に立てなくなっちゃった」


 誰かが来る前に、と。恥ずかしいし、と、シアは言う。


 そして、言われたザンマは固まっている。

 そのポーズが、あまりに衝撃的だったから。


 頭の中で巡っている考えは、こんなこと。



(……なぜだ。ただ、人を助けるだけだと言うのに、あまりにも禁忌的な……)



 とりあえず、腕を伸ばして。


 触れる寸前で、引っこめて。


(こ、これは……)


 ようやく、ザンマはわかった。

 よっちゃんとシェロが、あんな風に振舞っていた理由。


「拙者には……できぬ」

「え?」


 ただここで、普通の少女として座り込んでいるシアを見ているはずなのに。

 その奥に、あの日のステージの上の、真っ青な輝きがきらめいて見えて。


「畏れ多くて……拙者には触れられぬ」


 お金を払って、握手券を買わない限り。


「おーい、大丈夫か!?」


 アーガンの声が聞こえてくる。

 心底、ザンマはほっとしていた。


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