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06 スローライフの中に幸せを見出そうとする生き物でござる



「……なにゆえ、よっちゃん殿は机の下に潜り込んでいるのでござるか?」

「そりゃあ……っと。来たぜ」

「ご注文お伺いに参りましたー!」


 晩になるころ、オタク四人衆はのそのそ寝床から這い出してきて、食事を摂りに酒場にやってきていた。

 といっても、その四人衆のうち三人は全財産合わせて銅貨七枚。東国の価値に換算して七十円である。当然と言っていいのかどうかわからないが、アーガンが一旦立て替えて、今日の仕事の報酬からその分を差っ引くことになっていた。


 オーダーは即座に決まったが、問題はそれを決めてからのよっちゃんの動き。

 小動物が肉食獣を前に巣穴に潜り込むような俊敏さで、テーブルの下に隠れた。


 その理由を今、目の前のウエイトレスを見てザンマは悟った。


「『光のはじまり』のメンバーの、ロー殿でござるか?」

「あっ、昨日の石油王さん! そうです、ローちゃんが『光のはじまり』のローちゃんでーす!」


 黄色い髪を高い位置でツインテールにした、若いというより幼いという形容が似合ってしまうような少女。

 その少女も、ザンマが昨日、ステージの上で見たアイドルのひとりだった。


「アーガンくんたち、いつもうちに食べに来てくれてありがとうね! お父さんもお母さんも喜んでるよー! そ、れ、に、」


 ひょい、とローはテーブルの下を覗きこんで、


「よっちゃーん! 出てきなさーい!」

「ひいっ! 勘弁してください! 握手会みたいな正式な場じゃないと心臓破裂して口から出ちゃうんですぅ!」

「出せ出せぇ♪」


 うんうん、とシェロは頷いている。

 ザンマはアーガンに、


「いつもこんな感じなのでござるか?」

「そうだよ。幸せそうだろ、よっちゃん」


 こういう幸せもあるのか、とザンマは人生の奥深さを噛みしめた。


 ひとしきりよっちゃんを弄り倒したローは、全員分の注文をきっかり取って、キッチンの方へ下がっていった。


 テーブルの下から脂汗にまみれたよっちゃんが這い出してきて、ふう、と額を服の袖で拭いた。


「ローちゃんはね、この飲食酒場の店主の娘さんなんです。あんなに小さいのに毎日お手伝いして、すっかり看板娘で、えらくて、かわいくて……。この世の宝ですよ……」


 そうか、とザンマは頷いた。

 いずれ自分もこうなるのかもしれないな、と思いながら。


「どーれ、じゃあ飯が来る前に今日の仕事の説明をするか」


 アーガンが水を飲みながら言う。

 比較的金を持っているアーガンですら、所詮は文無しオタクの上澄みに過ぎない。酒を頼むだけの財力はなく、無料サービスの水を啜りに啜っていた。


「オレたちが引き受けたのは、パトロールの仕事だ」

「ぱとろぅる」

「そ。巡回警備、ってことさ。この街はちょっと官製の治安機能が弱くてさ」


 ふむ、とザンマは納得する。

 ついさっき、シェロに聞いた話と重なった。ライトタウンは自由都市。住民たちによる自治システムが大いに発達しているが、その分上から押さえつける力が働きにくい。


 そのあたりの事情は聞いた、と伝えれば、アーガンも説明の手間が省けた、と飛ばして、


「だから冒険者ギルドって言っても、王都とか辺境とか、そういうところみたいにダンジョン踏破型じゃない、街の機能の助けになるような仕事もあるわけ。パトロールもそのひとつ。公金委託事業」

「なるほど。となるとアーガン殿たちが普段受けているのも、その類のもの、と」

「そうそう。……今更だけど、その手の仕事でよかったか? もしザンマがもっとドキドキワクワクハラハラで一攫千金!みたいな仕事を求めてたら、ちょっと申し訳ないんだけど」


 なにせ石油王だしな、とアーガンが言うと、よっちゃんもシェロもうんうん、と頷く。


 いや、とザンマは首を横に振った。


「むしろ好都合でござる。拙者、以前のぱーてぃから、だんじょん攻略の足手まといと追い出されてきたゆえ」


 え、とアーガンは驚いて、


「マジ? うわー、変なこと訊いちゃってごめんな」

「もしかして、ザッくんって戦闘自体も苦手だったりしますか?」

「見た目の印象だけで勝手に話を進めていたとしたら……私たちの配慮が足りなかった」


(……なんと心優しい者たちだ)


 ザンマは、表情を変えないながら、内心で感動している。


 それなりの覚悟をした上で、自分の来歴を打ち明けた。

 元Aランク冒険者だのなんだのというのは、言い訳にはならない。チームプレイが要求される冒険者パーティを、追い出されてきた男。それだけで信用はガタ落ちになるに決まっている。


 その理由が力不足で、というなら、なおさら。


 それをこんな風に、思いやりに溢れる対応で。


「いや、それもまた心配無用。拙者、剣の腕にはそれなりのものがござる。一対一なら誰にも負けはせぬ。だんじょん攻略であれば悠長に勝負はしていられぬが、街のぱとろぅるではそれほど多くの者を相手にすることもあるまい。戦力として数えてもらって結構でござるよ」


 おお、とアーガンたちは声を上げて、


「頼もしいな。あ、ちなみにオレ、そこまで強くないから」

「ボクはまあ……うん。普通くらい、ですね」

「私は……そこそこ」


 なんて消極的な自己申告だ。


 しかし、ザンマはそれで人を侮ることをしない。

 自己評価というのは、基本的に誰かと自分を比べてするもの。それゆえ、世に強者のはびこること凄まじいのを理解する猛者ほど、自分の力に謙虚になる傾向がある。そういうことを、ちゃんと知っている。


「とは言うものの、警備の仕事を請け負うくらいでござる。腕に自信がなくはないのでござろう?」

「いやいや」


 アーガンは手を胸の前で振って、


「オレたちだけでやるわけじゃないしな。冒険者ネットワークがあるんだよ」

「ねっとわぁく?」

「連絡網っていうのかな。別にどこが上でどこが下ってわけじゃないけど、不審者が出たら、同じ仕事をしてるやつらに連絡を入れるわけ。で、集まって袋叩き」

「不審者を捕獲したら、その捕獲した冒険者にボーナスも出ますからね。その他にも諸々トラブル解決ボーナスがあって……悪い話じゃないんですよ」

「そう……。トラブルを発見するグループと、トラブルを解決するグループに……自然に分かれている」

「オレたちは発見グループ。だから、そこまで腕っぷしがなくても平気ってわけ」


 なかなか面白い機構だ、とザンマは思う。


「なるほど。では拙者らの仕事はただ、街に異変がないか探るだけ、と」

「あ、もちろんザンマが行けそうってときは、自分で解決してもらって大丈夫だぜ」

「ボクたちも迷子の子どもの案内くらいは普通にしますしね」

「この間は……街に入り込んできた野良犬を森に返した」

「あれ証拠不十分でボーナス出ませんでしたけどね」


 ただ働きばっかだな、とアーガンが言うと、よっちゃんもシェロも朗らかに笑った。


 悪くない、とザンマは思う。


「いい仕事でござるな。街と、そこに住む人々を守る……。拙者、この仕事に興味が湧いてきたでござる」


 戦ってばかりの人生だった。

 故郷を出て、王国でヒナトと出会って、ひたすら剣を振るい、血と汗にまみれ続てきた。


『夜明けの誓い』を追い出されたときには、またもこうなるかとショックを受けたが、ひょっとするといい機会だったのかもしれない。


 このあたりで腰を落ち着けるのも、悪くない。

 気のいい彼らの友人となって、あの素晴らしいアイドルを追いかけ、応援し、街に馴染んでいくのも。

 のんびりした生活を始めるのも、悪くない。


「お待たせしましたーっ! ハンバーグセットのお客様ー!」

「あ、はい! オレ、オレ!」


 ウエイトレスのローが、四人分の食事を持ってくる。

 酒場の中はがやがやと騒がしく、食事と酒気と、人々の暖気に溢れている。


 幸せになりたい、とザンマは思った。


 たとえ、二度も叶わなかった夢だとしても。




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