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05 その日暮らしのオタクたちでござる



「働かねば」


 朝起きて、ザンマ=ジンはそう決心した。


「まあ、確かに」

「ザッくん、文無しですもんねえ」

「しかし、その宵越しの金は持たないとばかりにすべてをアイドルに注ぎ込む姿勢……オタクのひとつの終着点。是非はともかくとして、私は……尊敬する」


 なにせ、一文の金も持っていないのである。

 すべて、あの日の握手会で使い果たしてしまったから。

 貯金も何もないから。


 本当を言うと、握手会のあとはそのまま野宿するつもりでいた。

 その前に腹を切ろうとしていたことも頭を掠めたが、あれほど見事ならいゔとやらを見せられて、そんな気も萎えてしまっていた。


 幸い、野ざらしの暮らしには慣れていた。嵐の中だろうが何だろうが腕を枕に眠ることもできるし、砂漠の真ん中というわけでもないのだ。天の恵みとも言うべき雨水でもせこせこ飲んでいれば、しばらくは渇いて死ぬこともあるまい。


 しばらくはそうして暮らそうと思っていたところに、


「マジ? ほんっとーに一銭もないわけ?」

「だったらうち来ます? どうせオタク三人のだらけた家ですし、ひとりくらい増えたってどうってことないでしょう」


 アーガンとよっちゃんが、誘ってくれた。

 泊めてくれた。家に。部屋まで与えてくれた。


 アーガンとよっちゃん以外のもうひとりの住人、シェロ青年も、よかろう、と言って認めてくれた。


「私も……あの日、石油王の施しで握手会に参加できたオタクのひとり。この感謝……一生忘れない」


 灰色の前髪が目の下まで伸びて、口元はマフラーで覆っている、そんなほとんど人相がわからない人物ではあったが、オタクである。

 アイドルグループ『光のはじまり』の所属アイドル三人、シア・ロー・ゼンタのうちのゼンタを推している、立派なオタクである。


 アーガンもよっちゃんもシェロも、みんな人が好さそうだ、とザンマは思っている。

 なにせこんな初対面の、浪人の風体の自分に、これだけ親切にしてくれるのだから。


 うむ、とザンマは頷いて、


「ゆえにこれから拙者、冒険者ギルドに行ってくるでござる」


 ザンマは、自分を誇れるものといえばその剣腕くらいしかない。

 起き抜けにはあれこれ色々なことを考えた。これを機に安定した月給制の職に就くのはどうか、と。

 しかしもう齢十九。高等な教育を受けた覚えもなく、大して技術があるわけでもない。そうなれば、選択肢などあってないようなものだった。


「あ、じゃあオレも行くよ。飯食ったら一緒に行こうぜ」

「ボクもそろそろ行かないと。もう財布に銅貨二枚しか入ってないんですよね」

「よっちゃん……さすがにもう少し計画的に生きるべき。私は……銅貨五枚は入っている」


 わはは、と三人は笑った。

 呆気に取られているのは、ザンマ。


「貴殿らも、冒険者なのでござるか?」

「そうですよ。見えないってよく言われますけどね」

「オレはあんまり言われないけどな」

「アーくんは髪色が強そうですからね。赤いし」

「そういう問題か?」

「私も……あまり言われない。前見えてるか……とは言われるが」

「見えてるんですか?」

「ふふ……。実は……あまり見えていない」


 わっはは、と三人はまた笑った。

 ザンマはその和やかな空気に毒気を抜かれて、


「そ、そうなんでござるな。正直に申すと、拙者も貴殿らが冒険者とは思わなかったでござる。その、みな穏やかで、優しげで、戦いとは無縁に見えるゆえ……」

「おっ。うれしいこと言ってくれるな、ザンマ」

「穏やかで優しい。こんなにもらってうれしい褒め言葉もありませんよね」

「戦いと無縁……素晴らしい」


 でもな、とアーガンはザンマの肩に手を置き、


「オレたち、全員ちょっと脛に傷があるから、こういう仕事じゃないと稼げないんだ!」





「む」


 ライトタウンの冒険者ギルドの入口をくぐって、しまった、とザンマは思っている。


 東国の侍衣装に刀を提げた姿を見るや、がやがやとギルドの中が騒がしくなったからだ。


 まさか、こんなに噂が早く広まっているとは思わなかった。

 昨日の今日で、自分が王都のA級冒険者グループ『夜明けの誓い』を抜けてしまったことが知られてしまったらしい。


「なんかザンマ、注目されてないか?」

「ひょっとして有名人ですか?」

「……まあ、そんなところでござるな」


 顔を隠してくるべきだったか。

 しかし働かねば今日の日銭も稼げない。ザンマはその視線を気にしないようにと受付に向かい、


「あら、昨日の石油王さん」

「む?」


 受付嬢に、声をかけられた。

 深い紫色の髪をした、ひょっとするとザンマよりもやや年上だろうか、という女性だった。


 まじまじと、ザンマはその顔を見る。

 何もその美貌に釣られたわけではない。今、誰より何より熱を上げているシアを相手にした初対面でだって、隣に座っておいて見惚れたりはしなかったのだ。何らのドラマティックもないような状況で人の顔にだけ惹かれることは、ザンマにはない。


 ただ、どこかで見たことがある顔だった。


「ゼンタちゃん、オタク四丁!」

「増えたの?」

「増えましたー。てってらてれりりりー」


 隣でアーガンが、勢いよく言ったので気が付いた。


「ひょっとしてシェロ殿の推しの、『光のはじまり』のゼンタ殿か!」

「そう。ちゃんと認識してもらえてたみたいでうれしいわ」

「いや、それはもちろん!」


 あの日のライブ、シアばかりに見惚れていたわけではない。

『光のはじまり』のメンバー、シア・ロー・ゼンタはそれぞれがそれぞれに素晴らしかった。そのうえで、シアがいちばん好きになったという、それだけの話である。


「なぜここに?」

「アルバイト。アイドルだけじゃ食べていけないからね。それに、活動資金も私たち、自腹だから」

「ははあ……」


 なんとも世知辛い話、と頷くと、ふ、とゼンタは悪戯っぽく笑って、


「もっとも、昨日の石油王さんのお金がそのまま入ってくれば、しばらくはここの仕事もしなくて済んだんだけど」


 え、と声を上げたのはアーガン。


「あの金『光のはじまり』に入らなかったのか?」

「そ。あれ、フェスの運営の方に回収されちゃったわ。『ブラックパレード』ね」

「うわ、やっぱりですか。じゃあやっぱり『漆黒☆セキュリティガーヅ』もズブズブなんですね。やってることが完全にマフィアですなあ……」


 なんのことやら。

 アーガンとよっちゃんが話し込み始めてしまったので、シェロにでも説明してもらおうと、ザンマは一歩退く。


 すると、シェロがいないことに気が付いた。

 代わりに、周囲の視線が突き刺さる。


「あ、ザンマ。もし居心地悪かったら、オレとよっちゃんで話進めておくから、外出ててもらってもいいぜ」

「む、しかし」

「いいって。どうせ合同でやろうって話だったろ。オレたちだってこの仕事長いしだいじょーぶ。任せとけって」


 にっ、と笑うアーガンに、悪気は何もなさそうだったから。


「……では、お言葉に甘えさせてもらうでござる」


 ザンマは視線をかいくぐって、ギルドの外に出ることにした。





「む……。ザンマくん……出てきたのか」

「うむ。少々居心地が悪くござってな」


 ギルドのすぐ前に、シェロは立って待っていた。

 ザンマはその横に並び立って、不思議に思っていたことを訊く。


「いいんでござるか、中に入らなくて。シェロ殿の推しの、ゼンタ殿が受付にいたでござるよ」

「いや……。なおさら……入れない」

「なにゆえ」

「推しに会うときは……ちゃんと対価を払いたい。他の人はどうかわからないが……私はそう思うから」


 ふうむ、とザンマは首を傾げる。

 よくわからない理屈だ。しかし、自分はオタクとして新米も新米。いずれその深みを理解するときも来るだろうと思って、一旦その話は置いておく。


「ところで、さっきアーガン殿たちが話していたのでござるが、『ブラックパレード』とはなんでござるか?」


 シェロはびくり、と肩を震わせて、


「『ブラックパレード』は……このライトタウンを牛耳る大企業」

「ほう」

「昨日のフェスも……『ブラックパレード』の主催。どうして……その名前が?」


 いやなんでもこうこうこういうことらしく、とザンマがさっきあったやり取りをかいつまんで説明すると、シェロは頷いて、


「『ブラックパレード』には……黒い噂がある。ブラックだけに……なんつって」

「ほう」

「…………笑って」

「ん? ははは」

「……まあいい。『ブラックパレード』は……このライトタウンでいちばん人気の『ルナ☆サバ』の運営会社でもある。けれどそのやり方がド汚くて……確たる証拠はないけれど、アイドル業界に悪影響と言われていた。今回の『漆黒☆セキュリティーガーヅ』の介入も……やはり、『ブラックパレード』の嫌がらせだったらしい」


 ふうむ、とザンマは頷く。

 華やかな街だと思ったが、その陰には暗いものがあるらしい。


「この街を治める領主は何も言わんのでござるか?」

「ライトタウンは自由都市だから……領主はいない。選挙によって行政の執行者は選ばれているが……ほかの街のように大きな強制力はない。自由闊達だけれど……その自由を阻むだけの力はない」

「良し悪しでござるなあ」


 王都にいたころは、当然王の膝元だ。

 冒険者ギルドを中心に多少の荒くれ者はいたが、やりすぎてしまえば王国最強の騎士団が飛んでくる。だから治安も良好に保たれていた。


 しかし話を聞く限り、この王国第二の都市、ライトタウンは仕組みが大きく違う。

 これは案外、思わぬ陰謀が渦巻いているかもしれない。


 そこまで考えて、ザンマは首を振って、思考を断ち切った。

 考えても仕方がない。もうこの手の話には首を突っ込まないと、故国を出たときに決めたではないか。


「でも……いい街だ」


 シェロが言う。


「自由ばかりが溢れて危うげもあるけれど……自由がないのと比べれば、私はこっちの方が好きだ。この街では……様々な人間が支え合って生きている。それは美しいことだと……私は思う」


 うむ、とザンマは同意して、


「拙者も、同じ意見でござる。この街は、華やかだ」


 ふ、とシェロはマフラーの奥で、笑ったように見えた。


 からんからん、とギルドの扉が内側から開く。


「おっけ。仕事取ってきたぜ」

「いつものパトロールですけどね」


 アーガンとよっちゃんが、中から出てくる。

 ぱとろぅる?とザンマが首を傾げる一方で、シェロは慣れたものなのだろう、


「時間は……いつから?」

「夜」

「やっぱりそっちの方が割いいですからね」

「寝不足に……なりそう」

「帰って今の内に寝ておきましょうか」

「そだな。おっと、ザンマにもちゃんと説明するぜ。まあまだ時間は早いし、寝て起きて、飯食べに行ってからかな」


 また寝るのか、とザンマは思わないでもなかったが、なにせ長旅慣れした冒険者。寝ようと思えばいつでもどこでもどれだけでも眠れる。


 あいわかった、と頷いて、また家に帰る道を戻っていく。


 その途中で、


「あ」

「む」


 行き会った。


「あー! 昨日の意地悪クソオタク!!」


 よっちゃんが指さす先に、ドン=ベルスが立っていた。

 つるりと毛のないごっつい禿頭に、真っ黒なTシャツを押し上げる筋骨隆々の肉体。


 昨日のフェスで、入場料をせびってきた『漆黒☆セキュリティーガーヅ』のチンピラ構成員だ。


「チッ、昨日の『光のはじまり』のオタクどもか……。なんだ、真昼間から大の大人が四人も揃って仲良しこよしで。仕事がねえのか?」

「こっちの台詞ですけど!」

「お前も無職か?」


 よっちゃんとアーガンは律儀に言い返すが、シェロの反応は違った。

 つい、と顔を逸らして、マフラーを鼻まで引き上げると、ドン=ベルスを避けるように、早足で立ち去ろうとする。


「あ、おい」

「待ってくださいよ、シェロっち」


 アーガンとよっちゃんも彼を追いかける。


 ザンマもその後に続こうとして、しかしはた、と足を止めた。


「……んだよ、石油王」


『漆黒☆セキュリティガーヅ』。

『ルナ☆サバ』。

『ブラックパレード』。

 そのすべてに、繋がっているだろう男。


「……失敬。なんでもござらん」


 そのどれもが、自分には関係がない。


 ザンマは背を向け、歩き出す。


「おい、ちょっと待て」


 足を止める。振り返る。

 ドン=ベルスはまっすぐに、ザンマの目を見ている。



「『ブラックパレード』に気をつけな。――『鬼人・斬魔』」

「なっ――」



 なぜその名を、と。

 呼びかけようとしたときには、すでにあちらが背を向けている。


「おーい、ザンマ。どうしたんだ?」

「置いてっちゃいますよー?」

「帰り道が……わかってるならいいが」


 先に行ったアーガンたちが、ザンマを呼んでいる。

 そのあいだにドン=ベルスは冒険者ギルドの中に入り込んでしまって、とても問い詰めることはできそうもない。


 なにせあの話は、誰にも。

 この国に来てから、誰にも話したことがないのだから。


「すまぬ、今行くでござる」


 ザンマは声をかけ、アーガンたちの元へと急ぐ。


 こんなことを、思いながら。



(この街――思った以上に、一筋縄ではいかぬかもしれん)




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― 新着の感想 ―
[良い点] 他作から来ました。面白いしテンポも良いですね! [気になる点] 3人の名前は、シアン、イエロー、マゼンタからですかねー!?
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