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04 春の訪れとヒメヒメパニックでござる



「石油王、前行けよ!」

「遠慮すんな、石油王!」

「この恩は一生忘れないぜ、石油王!」


 オタクどもから石油王呼ばわりされていた。


「いやしかし、拙者が並んでいたのはずっと後ろの方でござる。横入りというのはあまり気が進まぬゆえ……」

「まー、まー、まー。さすがにこの状況でそんなこと気にするやついないって。ほら、行ってこいよ」

「そうですよ、ザッくん。むしろここで行かずにいつ行くんですか」

「さあさあ」

「さあさあさあ」


 思いのほかあっさりと、ドン=ベルスはすべてのオタクを握手会場に引き入れた。

 てっきりそのへんのチンピラのやることだからごねてさらに一悶着があると思っていたザンマは、拍子抜けするような気持ちもありながら、他のオタクと一緒になってその会場に足を踏み入れている。


 そして、皆が口を揃えて言うのだ。

 いちばん最初は石油王がどうぞ、と。


 遠慮しても、し切れない。

 さっきからずっと拍手をされているし、唯一頼りになるアーガンも満面の笑みでよっちゃんと一緒になって背中を押してくるし。


 結果ザンマは、シアの握手列にいちばんに乗りこむことになった。


「ああっと、その……」

「わ、あのときの! 来てくれたんだ!」


 何を話せばいいのやら、と躊躇うザンマに、シアの勢いは大変よろしい。

 がしっ、とその手を自らつかみに行って、じっと目を見る。


「もー、あのときは本当に助かったよ。どうだった、フェスは? 正直、お兄さんあんまりアイドルとか興味なさそうかなって不安だったんだけど、楽しんでもらえた?」

「そ、そうでござるな。アーガン殿に諸々教わって……」

「アーくんか! いやあ、あの子はいつも新規さんの案内してくれるなあ。そっかそっか。じゃあ、楽しめたかな? その、別に私のライブじゃなかったとしても、他にも豪華な出演メンツだったし、」

「いや」


 ザンマは、手を握る力を強めて、



「シア殿が、いちばん輝いてござった」



 きっぱりと、そう言った。


 きょとん、とシアは目を丸くした後、一瞬泣きそうな顔になって、


「……よし! それじゃあ今日から、君は私のファンだね!」

「ふぁん、にござるか」

「そう! 君、名前は?」

「ジン。ザンマ=ジンにござる」

「どっちが名字?」

「姓がジン、名がザンマにござる」

「じゃあ、ザッくんだ! これから私のこと、ちゃんと応援してよ~?」


 にっ、とシアは笑って、手に力を込めた。

 可憐だ、とザンマは思った。


 スタッフに促されるままふらふらと空きスペースにザンマは移動する。

 やがて握手を終えたらしいアーガンとよっちゃんがやってきて、隣に立って、こう訊いた。


「どうだった?」

「ザッくんなどと……呼ばれたのは初めてでござる……」

「あれ? さっきのボクが記憶から消されて……」

「やめやめ、よっちゃん。幸せそうなんだから」


 アーガンの言うとおり、ザンマはぽーっとした顔で、宙を眺めていた。

 精悍な顔つきに似合わぬ、春のような空気が彼の周りに漂っている。


 試しに、とばかりにアーガンとよっちゃんは、ザンマの目の前で手を振ってみた。


 面白いくらいに反応はなくて、


「恋に落ちましたね」

「ああ」


 アイドルってすごいからな、とアーガンが言った。





「くぅ~っ! 肩凝った!」

「はは、ヒナト様。随分お疲れのようですな」


 王宮。その外れ。

 やんちゃそうな顔の金髪の少女と、鎧を着込んだオールバックの壮年の男が、人気のない場所で話していた。


「いや、そりゃそうだろ。ドレスなんか着たの五億年ぶりだって」

「それでは困るんですけどね、お姫様」

「いーのいーの。そういうのは適材適所で。あたしは将来内務をやるより、将軍でも遊撃隊長でもやるよ。そっちの方が効率いいだろ。いわば分業制ってやつ」

「おかげで兄君と弟君は息苦しそうですが」

「そうかあ? あのふたりも、なんだかんだ喜んでると思うけどな」


 砕けた口調で話している方が、ヒナト。

 かつて……すでにかつてのことになってしまったが、ザンマ=ジンが所属していた冒険者パーティ『夜明けの誓い』のリーダーを務める少女だ。


「だって、家門の中から一人は市井に武芸修練に出なくちゃいけないんなんてさ、あのふたりだったら絶対嫌がっただろ。ぐちぐち言ってるけど、内心感謝してるって、絶対」


 彼女は、この国の姫でもある。


 古くからの伝統だ。

 この国の王は、かつてこの地に溢れていた『ロードデーモン』を駆逐し、人里を切り拓いたことをもって君臨した。


 ゆえに今でも、王侯貴族には力が求められる。

『ロードデーモン』を退ける力。それを保つために、王家に連なる一族はその家系ごと一世代の中から一人、武芸修練に出さなくてはならない。


 その武芸修練というのは、もちろん現代では、冒険者として名をあげることに他ならない。


「しかし、とうとうヒナト様もAランク冒険者です。もう武芸修練は終わりにしてもよかろうという勢力も、なくはありませんよ」

「終わりにしてどうすんの」

「結婚でしょうね」


 あーやだやだ、とヒナトは顔の横で手を振った。


「本棚じゃないんだからさ、そんなになんでもかんでもどっかに固定しておく必要ないだろ。うちの跡継ぎは、あの女好きの兄上に任せておけば大丈夫だって」

「そこまで簡単なことではありますまいよ。兄君とて、一度は婚約破棄の憂き目に遭っておりますし……」


 ヒナトの破天荒ぶりは、王宮では知られたことである。

 兄と弟のどちらを冒険者にするか、と王が話している間に、自分の足で王宮を出て行ってしまった。


 すぐに追手を出そうとしたものの、その出ていった先がよりにもよって誰も生きて帰ったものはいないという雪の高山。

 誰を冒険者に、なんて話をしている場合ではない。王が知恵熱を出して寝込んでいると、七日七晩経ってから、突然ふらりと帰ってきた。


「七合目までは行ったんだけどな。今度リベンジするよ」


 自分の背丈の二倍はあろうかという、熊の毛皮を着込んで。


「これ途中で取っちゃったんだけど。イリア=パーマルだっけ、そいつのとこに持ってけばくっつくかな」


 自分の足の小指の、真っ黒に壊死した切れ端を、手のひらに握り締めて。


 王は卒倒した。


 その卒倒している間に、勝手に冒険者登録して、勝手に大活躍している。


 とんでもないお姫様だ、とオールバックの男、ノージェスは思っている。


 ノージェスは騎士団長だ。

 もっと昔、このお姫様がもっと小さかった頃は、騎士団第一分隊長。そのころ騎士団の中でいちばん腕が立つということで、ヒナトの武芸師範の役割を当てられた。


 たったそれだけの役割だったはずが、いつの間にやらお目付け役のようなことまでやらされている。


『夜明けの誓い』の成功が新聞で取りざたされるたびに、「いやあ今代の姫は随分元気がよろしくて……」なんて嫌味を言われるたびに、いやあははは、と笑って誤魔化す技術だけが、日に日に上達しつつある。


 そんなノージェスの苦悩をよそに、さっそくヒナトは張り切って屈伸なんかを始めている。


「ま、A級冒険者なんてスタート地点だよ。所詮そんなのさ、誰かがつけた足跡を基準に決められた名前だ。まだ誰の足跡もないところに踏み入ってこその冒険! そう思うだろ?」

「わかりかねますね。公務員ですから」

「さ、帰ったらみんなと相談しなくちゃな。次はどこに行こうかな~! たのしみ、たのしみ」


 にまにま笑い始めるヒナトに、ノージェスは眉間を押さえる。聞いてやしねえ、このお姫様。


「全属性の大魔法が使えるクラヴィスに、常時補助と全体回復が使えるイリアだろ。それにボス級デーモンだろうがなんだろうが一騎打ちなら一撃必殺のザンマに、なんでもできて無敵のあたし! ちゃんと準備して、計画を怠らずに慎重に進めば、どんなところにだって行けるもんな!」

「……ん?」


 その言葉に、ノージェスは引っかかった。


「ヒナト様」

「なんだよ。もうこっちの用件は終わっただろ。止められる理由はねーぞ」

「いえ、その……。ひょっとして、ご存じないので?」

「何がだよ」


 嫌な予感がする、と思いながらノージェスは、眼鏡をくいっ、と上げて、


「先々月の新聞に出てましたよ。『夜明けの誓い、前衛のサムライを大胆解雇!』って」

「は?」


 あんぐり、とヒナトは口を開けて、



「は、はああぁぁあああああああああああああっっ!?!?」



 その大声を、王宮いっぱいに響かせた。




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