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33 始まりでござる



「未発見ダンジョンが五つ、か。それもすべて特A級……」


 深い溜息を吐きながら、カイトが資料を机に置いた。

 頭を抱えて、


「僕の手には負えないぞ、こんなのは……」

「まあ、ちょっとこれはな……。Bランクの手には余るだろ……」


 それに同情するのはヒナト。やや引きつった顔で同じ資料を指の先で抓みながら、ぺらぺらと中身を確認している。『ホワイトランタン』の面々がこの数週間で集めてきた情報。


『イストワール商会』建物内、会議室。

 座っているのは、カイトと、彼のパーティの幹部たち。それにザンマ、アーガン、ヨルフェリア、シェロ、ヒナトの五人。


「特任には流したのか? この情報」

「一応。……ドン=ベルスまで固まってましたよ。あの、姫様。王族側のルートを使ってこの事件、もっと力を入れて捜査してもらえませんか?」

「言われなくてもやってるよ。近いうちに騎士団がこっちに入って調査を始める。……なんせこれ、マジだったら相当ヤバいぞ。国が揺れるっつーか、引っくり返る」


 未発見ダンジョンが臨界した、という時点ですでに危ういものがある。

『ダンジョンデーモン』よりも『ロードデーモン』の方が危険度が高い、というのはわかりやすい話だ。前者より後者の方が力が強いだけでなく、移動の自由が利く。一度解き放たれれば根絶するのは難しく、そのため、あらゆるダンジョンの発見と攻略は国家予算の多くを割く重要な仕事のひとつだ。冒険者のような民間の人間が攻略に当たるほかにも、騎士団派遣のような形で、国が直接舵を取ることだって少なくない。


 見逃して、臨界させて、それだけで失態なのに、それが特A級で、しかも複数。


 今後数百年の国の治安に影響を及ぼす、あまりにも大きな事件だった。


「でもまあ、そんなに悲観することはないじゃないですか」


 口を挟んだのはヨルフェリア。


「その特A級は全部死体で見つかったんですよね? だったら別に、そっちの討伐はいいじゃないですか」

「それはそうなんだけどね、」


 それでも不安が消えない、と言うのはカイト。


「確かに、特A級以外の『ダンジョンデーモン』が流出した形跡も未だに見られない。その点に関しては確かに楽観視するのはそんなに問題じゃないと思うんだけど……」

「問題はこっちだろ?」


 アーガンが、自分の胸を指で叩きながら言う。


「オレみたいに『ダンジョンコア』を埋め込まれた人間が他にもいるかも、ってこった」

「……アーガン、君があのときドン=ベルスに言っていたのは……」


 カイトの問いに、アーガンが頷く。


「そうだよ。……ザンマから確認も取れたしな。あのクド=クルガゼリオよりヤバいんだろ、オレ。そんなのがあと四人もいるってなったら」

「終わりだよ、はっきり言って」


 カイトは溜息を吐いて、


「残りの四人がみんなアーガンみたいなやつだってことを祈るしかない」

「……オレみたいでも、あんまりよくないと思うけどな」

「…………少しいいか」


 手を挙げたのは、シェロ。


「まずひとつ言いたいが……。おそらくアーガンくんの力は特A級を……遥かに上回っている」


 え、とヨルフェリアが声を上げる一方で、ヒナトは頷いて、


「だろーな。普通『ダンジョンコア』っていうのはダンジョンだとか雑魚悪魔だとか、そういうのを作るのにも力を割くから。もしそれがひとつに集中してるってんだったら、特A級よりも潜在的な力は高いと思った方がいい」


 そのとおり、とシェロは頷いて、


「もうひとつ……。それと同時に、他の四人がアーガンくんと同じだけの力を持っているとは……考えにくい」


 これには誰も理解できるものがいなかったらしく、みな口を挟まず、シェロの言葉の続きを待った。


「聞けば、アーガンくんの状態は……私たち『変身者(シェイプ・シフター)』に類似している」

「それは思っていたよ。……失礼になるかもしれないが……」

「いい。私も思っていた。……おそらくその『ダンジョンコア』の埋め込み実験は……『変身者(シェイプ・シフター)』の生態をモデルにしている」


 だからわかる、とシェロは言う。


「『変身者(シェイプ・シフター)』には……変身強度というものがある。どの程度強く能力が発現するか……ということ。おそらく……アーガンくんはそれがかなり高い」

「……なんでそう思うんだ?」


 訊き返すアーガンに、シェロは「思い出してみるといい」と、


「内臓のない死体……。おそらくあれは……『ダンジョンコア』埋め込み実験の失敗によるもの。体内に生成された魔力に耐えきれず……溶け切ったのだと思う。確証はないが……アーガンくんは実験の適合者」


 でもさ、とアーガンは、


「オレ、あのダンジョンにひとりで捨てられてたんだぜ?」

「いや、僕にも話が見えてきたぞ」


 シェロの言葉を引き取ったのはカイトで、


「君の実験も失敗だと思われていたんだ。言っていたな、最初のころは形が保てなかったと。その状態だと『ダンジョンコア』の制御も不安定になっているはず。魔力の暴走を恐れて、『ブラックパレード』は君の命が尽きるのを待っていたんだ」

「……私も、そう思う」

「だけどアーガン。君は自力でその『ダンジョンコア』の力を制御し切った。そしてダンジョンを出て、顔も変わった。『ブラックパレード』は君の行方を追えなくなったってわけだ」


 にわかには信じがたい話だが、とヒナトも言う。


「そういうことなんだろーな。上手いことアーガンはその『ブラックパレード』とかいうやつらを巻いて逃げ出せた、ってわけだ。……すげえじゃん」


 しかしアーガンは困ったように、


「そうかあ? オレ、別にそこまで強くないと思うけど」

「体質の……問題。たとえばクドと私ではクドの方が運動能力は高いが……変身強度は私が上」

「なんにせよ、そんなにみんな強くはないってことですね」


 ヨルフェリアの言葉にシェロは頷く。


「ダンジョンコアとの融合は……離れ業。同じ事をできる人間はそうはいないだろうし……あの連続殺人事件が実験の過程だとしたら、今はもっと融合度を低めて安全性を上げているはず……。もっとも……それでも通常の特A級とどちらが上か、という程度の話だろうが」


 特A級が四人か、とカイトは呟き、


「……君たち、何人抑えられる?」


 深刻な顔で。

 いくらなんでも、とヒナトは言う。


「あたしのとこはフルメンバーじゃねえしな。流石に手に、」

「拙者が一人は抑えられる」

「――ああん!?」

「一対一であれば負けぬよ。……もっとも、市街地での戦闘になれば周辺被害にまでは気を配れぬ。拙者の欠点は、攻撃と防御の範囲の狭さでござるからな」

「……んじゃ、オレも一応。シェロの言うことを信じるんだったら、オレだってひとりくらいはやれんだろ?」

「となると後は二人か……」


 ちらり、とカイトがヒナトを見る。

 ヒナトはバツが悪そうにして、


「期待されても無理だ。クラヴィスとイリアがいれば一体はいけたけど、いねーしな。そっちのシェロとよっちゃん合わせて三人で一人やれるかどうか、ってとこだよ」

「残り一人。……僕がやる、って言えたらよかったんだけどな」


 カイトが隣に座る幹部たちに目線を送る。誰も彼もが諦めたように首を振る。


「うちじゃ手に余るし、『ブラックパレード』だってその四人だけが兵隊なわけもない……。詰んだかな」

「そんなに後ろ向きになんなって」


 ヒナトが元気づけるように、


「もう特任案件ってレベルでもねえよ。今回の報告があれば国も本腰入れるだろうし、むしろここにいる面子だけで三人も抑えられる、って思った方がいいぜ」

「……どう思う? アーガン」

「ん? なんでオレ? ……よっちゃんはどう思う?」

「……なんだか聞いてると、だいぶ危ない気がしてきました」


 全員の視線がヨルフェリアに集まる。

 それに驚いたように身体を縮こませて、控えめに、


「いや、ごめんなさい。さっきまで戦力差があんまり把握できてませんでした」

「まあよっちゃん、この話に食い込んだの最近だしな」

「それで、今までの話の流れを聞くなら、たぶんこっちがだいぶ不利ですよね」

「いや、だからそうでもないと思うんだけど。別に騎士団だって弱くはねーぞ? 団長とかあたしと同じかちょい弱くらいだし。それに集団戦になったらあたしたちより断然上なんだから」


 ヒナトが言えば、そちらに目線を向けて、


「いや……怖いのは情報アドバンテージを取られてることなんですよ」

「…………?」

「つまり、総力戦で片付けないといけないような状況まで、こっちは何も知らないまま持ってこられてるわけじゃないですか。しかもその情報だって、たまたまアーくんがいなきゃ持てなかったわけで……」


 だよなあ、とカイトが言った。


「それもアーガンだって二年前の情報しか持ってないわけだから」

「はい。向こうがもっと情報を隠していてもおかしくはない……と思います」


 おいおい、とヒナトは顔を顰めて、


「これ以上何があるって言うんだよ。もう一個向こうが『ダンジョンコア』を隠し持ってるとかか?」

「あるってよりかはむしろ、」

「先手を打たれていることに気付いていない、とか――」





――――そのとき、警報が鳴り響いた。





 がたり、と全員が腰を上げる。

 実際に鳴ったのは聞いたことがなかったが、知識としては知っていた。


 この音が鳴ったということは――、


「カイトさん!!」


 バン、と扉をへし破る勢いで鎧の男が入ってくる。

『ホワイトランタン』の一員。


 今の時間は、街の巡回に当たっているはずの。




「――――『ロードデーモン』です! 『ロードデーモン』がこの街に襲撃を――しかも『ブラックパレード』が結託しています!!」







 独房の中で、男が眠っている。まだらの金髪。両腕の肘から先が断ち切られ、足枷のみが彼をこの部屋に繋ぎ止めている。


 ぴくり、とその瞼が動いた。

 開いたときには、ついさっきまで寝ていたとは思えないような冴え様で、こう呟く。


「――遅えよ、公爵のぼっちゃん」

「俺としても、もう少し早く来たかったんだがな」


 鉄格子の前には、銀髪の男が立っている。

 見る者が見れば、それが誰だかわかる。


 クラヴィス=デイルヴェスタ。

 デイルヴェスタ公爵家の三男にして、Aランクパーティ『夜明けの誓い』の『大魔道』。


「悪いな。失踪した魔人を探すの手間取った」

「あ、そ。で、そこにいたんだよ、そいつ」

「ライトタウン。……お前が敗北したときにいただろう。赤髪の男だ」

「……へえ、そいつはまあ」

「ザンマ=ジンには手を出すな、と言っただろうに」

「てめえらがタラタラやってっからだよ。前哨戦だ、ありゃ」


 騎士団本部地下七階。

 凶悪犯のための高度セキュリティがかけられた独房の前。


 そこに、何ひとつ騒ぎを起こさないまま、クラヴィスは立っている。


「お前、また誰も殺さずに来たわけ?」

「殺す理由もない」

「よく言うぜ。鍵は?」

「要らないだろう、そんなもの」

「サービスの悪いこって。……もう、本気でやっていいんだな?」


 にこりとも笑わないクラヴィスに、しかし対照的に、対面の男の笑みは深い。


 短く、クラヴィスは答えた。


「好きにしろ」


 獰猛な表情。

 クド=クルガゼリオ。


 唱えた。



「――――〈魔人転化(デモナイズ)〉」




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