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01 東海道中馬車栗毛でござる



 行き先も確かめないまま飛び込んだ馬車に、ザンマ=ジンは揺られている。

 ぼんやりと眺める外の景色は、街道をのんびりと進んでいく。青い空、白い雲。都の華やかさは段々と薄れつつある。


 馬車の中には、ザンマ以外にも何人かの客がいた。

 でっぷりとした太鼓腹を抱えた商人風の男と、その付き人と思しき少年。

 身なりのよい老夫婦。

 妙に麗しい容姿の少女。


 金に糸目は付けずとにかくすぐに出る馬車を、と要求したところ、ずいぶん良い馬車にあたっていたらしい。いずれも裕福そうな人々の中にあって、擦り切れた東洋風の衣装に武骨な大刀を携えたザンマの存在は浮いていた。馬車の外で警備に当たっている用心棒たちに混ざった方が、よほど似合う。


「お兄さんも、ライトタウンに行くんですか?」


 長い旅の中、暇を持て余したのだろう。

 少女がザンマに話しかけてきた。


「そんなところにござる」


 ザンマは素っ気なく答える。

 行き先などどこでもよかった。

 やることは、ひとつしかなかった。


「何しにいくんですか? あ、知ってます? いまライトタウンで人気急上昇のアイドルグループ『光のはじま――」

「腹を切りに行くのでござる」

「……ん!?」


 会話の途中で生まれた思わぬ大事故に、少女の表情がにこやかなまま固まった。


「え、あの。腹を切るって……ああ! なるほど、病気か何か? 確かにライトタウンにはいい病院もあるし――」

「否。この刀で腹をかっさばいてはらわたぶちまけて死ぬだけにござ候」

「な、なんで!?」

「拙者、これと定めた仲間たちに捨てられてのうのうと生きるほどの恥知らずではござらん。潔く腹を切って、この身を雪ぐつもりにござる」

「はあ……」


 わけわかんねえ、という顔で少女はザンマを見た。いつの間にか、他の乗客たちもこの珍妙な男を見つめていた。楽しく安全な旅を提供するスコット商会の一級馬車サービス史上、いちばんよくわからない緊迫感が車内を満たしていた。


 ちら、と少女は助けを期待して、他の乗客を見た。

 全員目を逸らした。


「ええっと……。何があったか知らないけどさ! 恥なんてかいてなんぼだよ! 私だって――きゃっ!」

「――む」


 馬車が急停止した。

 がたん、と客車も大きく揺れて、太鼓腹の商人の腹もどったぷ~んと揺れ、それを付き人の少年が支えた。


「な、何? 何事?」

「――臭うでござるな」


 何言ってんだこいつ、という顔で乗客らはザンマを見た。

 しかしその言葉が真剣なものだったことを、すぐに飛び込んできた御者が教えてくれる。


「お客様方!」


 客商売らしくこざっぱりした中年の御者は、しかしいまばかりはその顔を焦りに染めていた。


「『ロードデーモン』が出ました!」


 その言葉に、乗客の皆が凍り付いた。

 ザンマ以外。


「ろ、『ロードデーモン』って……。大丈夫なんですの?」


 老婦人が訊く。


 人類が最後に残した天敵――、悪魔。

 それは大きく分けて、『ダンジョンデーモン』と『ロードデーモン』のふたつに分けられる。


『ダンジョン』と呼ばれる、魔力が凝縮されて自然形成される奇妙な建造物。そこで生まれるのが『ダンジョンデーモン』。これは通常、ダンジョンの中に渦巻く強力な魔重力に囚われてそこから出てくることはできないから、一般市民に害はない。


 一方で、『ロードデーモン』。これは誰にも攻略されなかった――その核となる『ダンジョンコア』を破壊されることなく長年を経てしまった――ダンジョンが臨界を迎えて破裂したことで、人間の生活圏に解き放たれた元『ダンジョンデーモン』。

 もはやダンジョンという一種の囲いがなくなった以上、一般市民の生活にも影響する。


 しかもそれだけではない。

『ロードデーモン』は『ダンジョンデーモン』より、ずっと強い。


 言ってみれば『生き残ったダンジョンデーモン』なのだ。通常の、生まれたばかりだったり年若かったりする『ダンジョンデーモン』より、『ロードデーモン』の方がずっと強い。


 不安がる乗客たちを安心させるように、御者はめいっぱいのビジネススマイルを作って、


「なあに、ご安心ください! スコット商会の馬車は早くて高くて安心がモットー! うちの腕利きの用心棒たちがすぐにやっつけてみ、」

「む、」


 せますよ、という四文字を言う前に、ずごぉおおん、とものすごい勢いで鎧の男が客車に突っ込んできた。


 きゃあ、という声を上げて乗客たちは身を竦めたが、ちょうど窓際にいたザンマがその鎧の男を片手で受け止めたおかげで、誰にも怪我はなかった。


「ちょ――、大丈夫ですか!?」


 鎧の男を見た少女が、大きく声を上げる。

 額が割れて、顔面が真っ赤に血で染まっていた。


「あわわわわ、薬、薬……」


 少女が自分の鞄の中を漁り始める。

 それに、ごふ、と鎧の男は小さく血を吐くと、声を絞り出して、


「に、逃げろ……。俺たちじゃ、手に、負え、」

「らしいな」


 ずごぉおおんずごぉおおんずごぉおおんと立て続けに三人が追加で突っ込んできたので、その先まで聞かなくとも言いたいことはわかった。鎧の男×3はすべてザンマが受け止めた。


「御者殿。護衛は何人だ」

「ぜ、全部で四人です……」

「全滅でござるか」


 ザンマは冷静に言ったが、どう考えても他の乗客は冷静でいられない。

 老夫婦はこれまでの美しい青春を思い返しながら手を握り合っているし、商人とその付き人はこれまでのド汚い商売を思い出しながら金を数え合っていた。


「これも何かの奇縁にござろう」


 ちゃき、と刀を手にして、ザンマが腰を上げた。

 そうして何の気負いもない足取りで、馬車を降りようとする。


「ちょ、ちょっと!」


 それに、少女が呼び掛ける。


「危ないって!」

「案ずるには及ばんでござる。拙者、役立たずの木偶の坊とはいえ、『サムライ』の端くれにござるからな」

「さ、さむ……? って、こら! 行くなってば!」


 ザンマは意に介さない。

 足の指の間に紐を通した、奇妙に平らな履物で、まるで上下に身体を動かさないまま、すいすいと進んで行ってしまう。


『ロードデーモン』は、四体いた。


「なるほど。『ちぃむわぁく』にござるか」


 硬い毛皮を持つ、熊の悪魔。

 鋭い牙と爪を持つ、狼の悪魔。

 強力な毒液を持つ、蛇の悪魔。

 高速を操る翼を持つ、鷲の悪魔。


 鷲の悪魔が、まっすぐに突っ込んできた。


「あ、あぶな――」


 様子を見ていた少女が声を上げる。

 が、


「――え?」


「『一刀・歩き刃』」


 ひょい、と腕を上げただけのように見えた。

 ただ無造作に歩いていた男が、ただ蜘蛛の巣でも払うように動いただけに見えた。

 それだけで、いつの間にか抜き放たれていたザンマの大刀が、吸い込まれるように鷲の悪魔を両断した。


 見守っていた乗客も御者も、意識のある用心棒たちも、何も言えないでいた。

 茫然と。ザンマが何でもないように歩き進む背中を見つめている。


「キ、キシャアァアアアアア!」


 しかし『ロードデーモン』たちはそうしてはいられない。


 まず蛇が、牽制のための毒液を吐いた。

 それをザンマはただ歩いているだけ、避けたとも思わないような避け方で、潜り抜けた。まるで蛇が、初めから誰もいないところに毒液を吐いたようにすら見えた。


「グォオオオオオオオオ!」

「ガァアアアアアア!」


 熊が前に出た。そして狼が回り込むように横に回った。


「き、気を付けろ! 俺たちはそれに……!」


 まだ声を発する余裕のあった用心棒が、大きくザンマに呼びかけた。


 熟練の『ロードデーモン』が見せた、コンビネーションだった。まず体力防御力の高い熊が相手にぶつかる。その衝撃に固まったところを、狼が横合いから襲い掛かって仕留める。


 が。


「ふっ、」


 一息で、毛皮ごと熊が両断された。


「はっ、」


 二息で、飛び込んできた狼の喉笛が裂かれた。


「とうっ」


 三息で、ひそかに草むらを潜み迫っていた蛇の首が飛んだ。


 刀を抜き放ったザンマは、厳しく『ロードデーモン』たちの亡骸を注視する。それらがもう動き出さないこと、もはや息の根の絶えたことをはっきりと確認すると、ようやく刀を納める。


 そし、こう呟いた。


 ちぃむわぁく。



「――拙者には、なかったものでござるな」



 キン、と寂しく鍔が鳴る。




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