14 内臓がないぞうでござる
「……なんか、ふたりともげっそりしてないかい?」
「いや……さっき食った鍋がさ」
「よっちゃん殿、本当に頭がおかしいのではござらんか? 下味にけぇき三つはタガが外れてござる……」
夜。
冒険者ギルドで待っていたカイトのところにやって来たのは、ふらふらしたふたりのオタクだった。
「大丈夫かい? なんなら、もう少し開始を遅らせてもいいけど」
「や、大丈夫。栄養自体は……うぷ、取ってきたから」
ショートケーキとチョコレートケーキとチーズケーキが入った闇の鍋を食べてきたザンマとアーガンは、甘い匂いを漂わせていた。
それならいいけど、と心配そうにしながらも、カイトはふたりをギルド内の個室に招く。
予約制の、誰でも使える秘密の打ち合わせ室だ。
「一応、うちの魔法士系上級職にチェックはさせてる。盗聴の心配はないし、安心してくれていいよ」
さて、と三人は椅子に座って、
「じゃあ早速、頼みたいことがある」
「通り魔を捕まえろって話だろ? この間の」
「オーケー。話が早くて助かるな。じゃあ、この資料を見てくれ」
言うと、カイトは自分の分と合わせて三部、資料を取り出す。
「簡単なプロファイリング……犯人分析だけどね」
「騎士団資料か?」
「まさか。うちで作ったやつだよ」
ザンマはぺらり、と表紙をめくって、中身を流し見る。
「……随分、被害者が多いでござるな」
「そう見えるかい」
「というと?」
「そこに載ってるのもおそらく一部だ。かなり長いこと、この通り魔は活動してる。……下手すると、アーガンがこの街に来る前からかもね」
ていうと、とアーガンは記憶を掘り返すように天井を見て、
「二年ちょっと前だな。この間『光のはじまり』の二周年アニバーサリーだったし」
「そうそう。覚えやすくていいね。アーガンは『光のはじまり』の活動開始とほとんど同時にうちの街に来たから」
「なんと。アーガン殿、オタクの鑑でござるな」
「へへへ……」
ふにゃっとアーガンが笑い、室内に和やかな雰囲気が流れかける。
それを、おほん、とカイトが咳払いして振り払い、
「『漆黒』のやつらが、身内が起こした悪事をもみ消してるって話は知ってるかい?」
「……それ、デマじゃなかったのか」
さてね、とカイトは言う。
が、真剣な顔のままで、
「はっきり言って、『イストワール商会』の情報収集力は『ブラックパレード』には及ばないよ。だから、本気で隠されたら調査のしようがない。頼みの騎士団だって、うちに派遣されるようなのは基本、出世コースから外れたやつらばっかりだから、『ブラックパレード』と真っ向勝負ってタイプじゃない。買収でもされてたらお手上げさ」
「では、なにゆえその話を?」
「明確な証拠はないが、それらしいって話をしたいのさ。資料を前から順に、日付を追っていってくれ」
ザンマは言われたとおり、その日付を確かめていく。
二ヶ月前の日付から、順に事件の詳細が記載されている。
そして、そこに描かれた事件には、ひとつの共通点があった。
「……これは、以前にアーガン殿が言っていたことではないか?」
『被害者の身体から、内臓が抜き取られていた』
素っ気ないながらも凄惨な一文が、どの事件にも記されていた。
以前にアーガンが言っていた、『オタクを捕まえて臓器を売り払っている』という噂。そのことをザンマは思い出している。
「……金目当てでござるか?」
「いや、違うだろうな」
しかし、カイトは明確にそれを否定した。
「臓器が金になるっていうのは、そこまで一般的な話じゃない。臓器の摘出や移植には、十分に整った環境と専門家の技術が必要になるからね。……まあ、『ブラックパレード』なら少なくとも専門家はいるだろうけど」
「心当たりが?」
「……Dr.スィープモーターか?」
カイトの代わりに、アーガンがその名を口にした。
カイトは驚いたように、
「知ってたのかい、アーガン。君に縁のある人だとは思わなかったな」
「何者なのでござるか? その人物は」
「まあ、専門家なのは間違いないけど……って程度の人だよ。昔、うち――イストワール家が貴族だったころに側付きをやってた医者の家系の、今代当主。年はもう60とか70くらいかな? うちが貴族をやめてからは、民間に放流されて、医院をやってる。で、この街で民間をやってれば自然、『ブラックパレード』と多少なり繋がりがあるって、そういうわけ。『漆黒』の医療スタッフの実質トップもこの人だね」
でも、とカイトはそれを大したこととは思っていないようで、
「それは問題じゃないんだよ。たとえDr.スィープモーターがどれだけ卓越した医師でも、関係ない。道端で襲って内臓抜き取って……ってその時点で不潔もいいとこだろ。それに、内臓移植が必要になる金持ちなんて、そんなにぽんぽん出てくるとは考えにくい」
「伝染病はどうでござるか?」
「ん?」
「たとえば肺病が広がっていて、その代替になる肺の需要が増加しているとか、そういった事情はないでござるか?」
「いや、ここ数十年王国では疫病の類は流行ってない。その線はないけど……」
意外そうに、カイトはザンマを見つめる。
「失礼。意外だった。ザンマくん、頭の回りもいいんだな。楽できそうだ」
「……あまりそちらの方は得意ではござらん。過度には期待しないでほしいでござるな」
「もちろん。適度にね」
カイトは笑って、
「ま、そういうわけだから、臓器の使い道については、正直なところよくわからない。珍味食材として売ってるのかもとか、その手の妄想はできるけど、確証はないからね。重要なのは、それがどう使われてるからじゃなくて、それが一連の事件の目印になってるってこと」
今度はアーガンが言う。
「内臓を抜き取る通り魔なんて、そんなにたくさんいるわけないしな。……いたら嫌だし。手口を見るだけで、同一犯だとわかるってわけか」
「そのとおり。……それでね、つい最近、近隣ダンジョンのある山中で、人の遺体が見つかった」
本題、と言いたげにカイトの声は張り詰める。
「死後一年以上が経っていたんだが……内臓が全部なくなっていてね。腹と背中がくっついていたよ」
しん、と沈黙。
夜の息遣い。
「つまり、」
とザンマが言った。
「この資料にあるのは、ほんの一部に過ぎない可能性があるということでござるな。『イストワール商会』が掴めていない事件があると、そういうことか」
「イエス。そのとおり」
「なるほどな。それで、慌ててオレたちを雇ったってわけか」
その先は、アーガンが受け継いで、
「今まで隠してたのを『イストワール商会』が掴んでるのも、どころか『ホワイトランタン』まで手が伸びてきたのも、もう隠す必要がなくなってきたから……かもってことだな」
「ああ。……もしかしたら、もう手遅れなのかもしれないけど」
なるほど、とザンマは頷く。
獣が姿を見せるのは、獲物を狩る準備ができたときだけだ。
『ブラックパレード』は『イストワール商会』を敵に回して上手くやる自信がある。
その段階に来ているということだろう。
「……思った以上に、状況は切羽詰まっているのやもしれんでござるな」
重い沈黙が降りる。
ぱたり、とカイトは資料を置いて、
「しかも向こうは準備万端なのに、こっちは調査からだ。『ブラックパレード』が前々からこそこそやってたことは掴めた……とは言っても、それだって掴まされたみたいなものだしね。実行犯が誰なのか、単独犯なのか、複数犯なのか、それに何を目的としているのか、さっぱりわかってないし」
さて、とカイトはふたりを見て、
「じゃ、なんとかする知恵を貸してくれ」
「無茶言うなよ……」
アーガンは呆れたが、ザンマは、
「気になるものがござる」
と言って、懐から紙切れを取り出した。
カイトはまさかザンマから何か出てくるとは思っていなかったのか、驚いた顔で、
「それは?」
「ドン=ベルス。知っているでござるか?」
「ドン=ベルス? ああ、『漆黒』の四番手だろ。どうしてその名前が?」
「四番手……となれば、罠にしろ何にしろ、手がかりにはなりそうでござるな」
その紙は、対バンライブ後にドン=ベルスから手渡されたもの。
開くと、こう書いてある。
『三番街、午前一時に』