13 人の年齢なんて言われなきゃ全然わからんでござる
「聞いたよー。ザッくん、アーくんと一緒に『イストワール商会』に就職したんだって?」
なぜそれを、とザンマは驚いたが、考えてみれば何の不思議もない。
今日はアーガンの方が先に握手列に並んだから、そのときにアーガンがシアに伝えたのだ。
だから、たぶんこのこともすでに知っているだろうと思いながらも、それ以外の返答も思いつかなかったので、そのまま口にする。
「就職、というほどのものではないでござるが」
「でも固定給出してもらえるんでしょ?」
結局、そういうことになった。
就職するというほど、『イストワール商会』に自分を委ねることはできなかった。それはザンマもアーガンも、どちらも。
かといって、この街に溢れようとしている危険を見過ごすこともできなかった。これも、ふたりとも。
だからザンマとアーガンは、カイトにこう言ったのだ。
協力しよう。ただし、この間の通り魔を捕まえるだとか、明らかに街全体の利益になるとわかるようなことに限って。
それでもいいさ、とカイトは笑った。
どころか、手間賃も色々かかるだろうと言って、Bランク冒険者を相手にしたって破格だろうという給金まで提示してくれた。
シアはにこにこと笑って、ザンマの手を握っている。
「いいじゃん、いいじゃん。安定した生活。羨ましいよー。私なんてもう27歳なのに万年時給のバイト生活だもん」
「え」
「でも、ザッくんが街の用心棒をやってくれるなら安心だね! ちょー強いし! 期待してるよ! ……無理はしないでね」
ものすごくうれしい言葉をかけられたはずなのに、その前にぶつけられた情報のせいでろくに言葉を返すこともできなかった。
引き剥がし役のバイト冒険者に引っ張られながら、ザンマは握手を終えたアーガンたちのところへ辿り着く。
そして、言った。
「に、27歳なのでござるか?」
「お、知りましたねー」
「ショックの……受けどころ」
アーガンは腕組みをして深く頷いて、
「見えないだろ……。シアちゃん、最年長なんだ。27歳」
「み、見えん……! せいぜい幼な顔の同年代かと……!」
「ゼンタちゃんが最年長に見えるというのは……誰もが通る道。ちなみにゼンタちゃんは……19歳」
「あ、ちなみにローちゃんは見た目通りの13歳です」
驚きやらなにやら、うまく処理できないで震えているザンマを三人は面白く眺めていたが、やがてサムライ男はハッ、と顔を上げて、こう零した。
「ま、ますます可憐に思えてきたでござる……!」
「おおっ、年上好きの目覚め」
年下のアイドルを熱烈に追いかけているよっちゃんが、一番楽しそうにそれを見ていた。
ショックから抜け出したところで、ザンマが言う。
「にしても、対ばんというのは不思議でござったな。同じあいどるのらいゔだというのに、まるで空気が違ったでござる」
そうそう、とアーガンが頷いて、
「やっぱり、アイドルごとにそういうの、特色が出るんだよな。うちはほら、のんびりした感じだけど」
ザンマは思い出す。
今日の『光のはじまり』のMCは、こんな感じだった。
「あ、そうだわ。この間の、三人で買い物に行ったときの話。あれ、してもいい?」
「えっ、ちょ、ちょっと! それ言わないって約束したじゃん!」
「あのねー。私とゼンタちゃんが待ち合わせ場所に行ったら、シアちゃん子犬軍団にめちゃくちゃ追いかけられててー!」
「そうしたら、そこに親犬も現れて……」
「わーっ! わーっ! ストップ! すとーーーっぷ!!」
ほんわか、と思い出しながらザンマの表情が緩む。
ザンマだけではない。たぶん他のオタクたちもそうなのだろう。その場のオタク四人、全員ほんわかしている。
一方で、『ルナ☆サバ』はこんな感じ。
「豚どもーーーっ!! くっさい汗かいてるかぁーーーーっ!!」
「うぉおおおおおおお!!!!!!」
「臭えからかくなーーーーっ!!!」
「ヴぉォオオオオオおおおおおお!!!!!」
うむ、とザンマは頷く。
「世界には、色々なオタクがいるのでござるな」
「楽しみ方は……人それぞれ」
またひとつ、ザンマの心の容積が広がった。
アーガンが口を開く。
「『ルナ☆サバ』は結構双方向型なんだよな。ガンガン客席に話しかけるし、レスもすごいし」
「れす?」
「客席のファンに向かってする特定の動きのことですね。ウインクとか」
「うちは……あまりない」
「意外なんですけど、『光のはじまり』ってステージの動きはかなり芸術肌なんですよね。パフォーマンスの完成度で魅せるから、あんまり客席煽らないですし。MCもときどきはこっちに振りますけど、基本私たち、壁の観葉植物ですからね」
「そういう幸せも……ある」
うんうん、とオタクどもは頷いた。
「それでは皆、このあとはどうするでござるか?」
「ご飯でも行きます? ちょっと早いですけど」
「アーガンくんとザンマくんは……今日はカイトくんのところに?」
「あ、そうそう。そのつもり」
「じゃあもうちょっと遅くにした方がいいですよね。夜仕事でこの時間に食べちゃうと、途中でお腹減っちゃいますもん」
そこでザンマが、あ、と声を上げて、
「それなら家で鍋でもどうでござるか? この間ゴミ捨て場で拾ってきた鍋、上手く直せたでござるよ」
「あー、いいな」
「確かに……。調理器具さえあれば……よっちゃんが火を熾せる」
「なんかザッくんが来てからボクたちの生活のハードル下がってません……? いや、自炊できるようになったからプラスマイナスではトントンなのかな」
握手会もそろそろ閉じる。
すべてを終えていい汗かいたオタクたちは、鍋に何を入れるかをわいわい話しながら、出口へ向かう。
む、とザンマは気付いたが、声には出さなかった。
その道の途中に、ドン=ベルスがいた。
『ルナ☆サバ』オタクの『漆黒☆セキュリティガーヅ』所属の大男。
カイトから聞いた話を考えれば、十分警戒に値する相手だが、
「この国には豆腐がないのでござるな。拙者の国では、鍋といえば豆腐と白菜でござった」
「トーフ? それってどんなの?」
「白くて四角くて、柔らかくて……」
「えっ。ザッくんの国ってお鍋にショートケーキ入れてるんですか」
「健康が……ヤバそうな国」
違う違う、と笑いながらザンマは、ドン=ベルスを無視した。
せっかくのライブ会場なのだ。余韻をいたずらに汚すこともあるまい。
それに、あのときの。
――『ブラックパレード』に気をつけな
――『鬼人・斬魔』
ドン=ベルスがなぜその名を知っているのか。
それについて問い質そうにも、ここには人が多すぎる。
ドン=ベルスもこちらには気付いていないようだった。
だから、ザンマはそのまますれ違おうとして、
「――――」
「? どうしました、ザッくん。やっぱり白菜っていうのも東国の畑に生えてる野生のケーキの一種なんですか?」
「……いや、何でも」
よっちゃん殿は頭がお花畑でござるなあ、とくだらないやり取りをしながら、ザンマたちはライブハウスを出ていく。
四人で話している途中、ザンマは一歩、三人から下がって、手の中のものを確かめた。
ついさっき、ドン=ベルスが顔も見ないままに、誰にも気取られないようにこっそりと手渡してきた、小さな紙切れを。