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12 ご主人様とお呼びっ!でござる



「なんか最近、アーくんとザッくん、仲いいですよねえ」


 昼下がり。

 のそのそ起きてきたよっちゃんは、居間でふたりでファンレターを書いていたザンマとアーガンを見て、そう言った。


「え、そうか?」

「なんかいっつも一緒にいません?」

「まあ……。推しが同じでござるからな」


 ふーん、とよっちゃんはテーブルの上に放置された、いつ買ったんだかもよく覚えていない硬いパンをかじる。


「それよりさ、これ見てくれよ。ザンマ、めっちゃ字上手えの。今ちょっと書き方教えてもらってるんだよね」

「アーガン殿は筋がいい。これならすぐに上達するでござるよ」

「へへ、そうかな」


 きゃっきゃと笑うふたりを見て、よっちゃんはふと、そのへんのペンを取ると、


「字ならボクだって書けますよ。ほら」

「わっ、なんだよ急に」

「いや、何か楽しそうでムカついたんで」

「どういう感情でござるか……?」


 ふたりの間に割り込んで、紙の切れ端にさらさらと『我等友情永久不滅也』みたいな文字を書きつけ始める。


「上手いでござるな、よっちゃん殿」

「……え、そうですか?」

「うむ。拙者、これでも字はそれなりのものと自信があったでござるが、さすがに王国文字では及ばぬでござるな」

「そ、そうですかあ?」


 えへへ、とよっちゃんは笑った。

 アーガンはちょっとすごい顔で、「ちょっろ……」と零している。


「アーくんが着てる自作Tシャツに字入れたの実はボクなんですよね~」

「なるほど、道理で……。字形も整っているし、空間の取り方も美しい。よっちゃん殿、さてはどこかで書を習ったことがあるのではござらんか?」

「……あーっと、そうですね。昔、ちょっとだけ。大したことじゃないんですけど」


 よっちゃんが言葉を濁したのを見てザンマは、しまった、と考えている。


 結局あの夜、あれ以上のことはザンマもアーガンも、話さなかった。


 ただ、それからはっきりと気付けたことがある。


 この家に住む四人のオタクには、それぞれ隠された過去がある。


 アーガンたちがザンマの過去について根掘り葉掘り訊いてこないのは、ただの気遣いからばかりでなく、きっと自分がたちが訊かれたくないからでもあるのだ。


「……まあでも、オレ結構筋いいって言うし? よっちゃんよりすぐに上手くなっちゃったりしてな!」


 茶化すような声で、アーガンが言った。


 それにザンマもよっちゃんもほっとして、笑う。


「生意気な。ボクにTシャツを作ってもらった恩とか感じないんですか?」

「それ言うならオレに毎回飯代立て替えてもらってて恥ずかしくないのか?」

「いや……ちょっと恩と恥って別の感覚じゃないですか」


 よっちゃんが不利になったところで、がちゃり、と扉が開いてぼさぼさ髪のシェロが部屋から出てくる。

 むにゃむにゃと眠そうな素振りながら、はっきりと、


「そろそろ出ないと……間に合わなくなるんじゃないか」

「げ、もうそんな時間か」


 ザンマは以前の癖で時計を探したが、このオタクホームに時計は存在していない。みんななんとなく勘で生きている。

 とりあえず、よっこらせと立ち上がって、


「遅れては申し訳が立たぬ。さっさと行くでござる」

「ですねー」


 なにせ今日は、『光のはじまり』のライブの日なのだから。

 オタクは毎日大忙し。





「でもなあ、ちょっと今日の対バン、不安なんだよな」

「対ばん……とは、なんでござるか?」

「あれ、誰もザッくんに説明してなかったんですか? 今日のこと」


 アーガンもシェロも、忘れてた、という顔をする。

 そのあと、よっちゃんも一緒に同じ顔をした。


 会場になっているライブハウスにはすでに人が詰めかけている。

 がやがやと人ごみは賑やかで、いつもの五倍近くの人がたむろしていた。


「いつもより人が多いとは思ったでござるか……」

「そうそう。今日は『光のはじまり』だけがライブをやるわけじゃないんですよ」

「この間のふぇす、とやらと同じ形式ということでござるか?」


 ザンマは思い出す。

 初めて、ステージの上に立つシアを見たときのこと。


 あのときも、ずっとステージの上に『光のはじまり』がいたわけではなかった。

 入れ替わり立ち替わり、色々なグループが歌って踊っていた。


「大体……そのイメージ」

「言葉の使い分けは、規模かな。フェスの方がでかい」

「なるほど。まだまだ拙者、知らぬことばかりでござるな。かたじけない。……して、その不安というのは、どういうことでござる?」


 訊くと、アーガンは言いづらそうにきょろきょろとあたりを見回す。

 それから、屈んでくれと言いたげなジェスチャーを見せたので、素直にザンマが膝を曲げると、耳打ちするように顔を寄せてきた。


 ついでに、なぜかよっちゃんとシェロも同じように顔を寄せてきた。


「……なんでござるか、これは」

「いや、ノリですね」

「仲良しアピールは……基本」

「誰にだよ。邪魔邪魔、どけって」


 しっしっ、とアーガンが手を振ると、よっちゃんは離れて、シェロも屈んでいたのをやめた。

 そして気を取り直して、アーガンが言う。


「今日のライブ、ツーマン……出てくるグループが『光のはじまり』ともうひとつしかないんだけど、そのもうひとつってのが、よりにもよって――」


 じりりりりり、と大きなベルの音が鳴って、その言葉の続きは遮られた。


 声が聞こえてくる。



「はーい、オタクのみんな~! 元気してた~?」



 ヴォオオオオ!とオタクの雄たけびが上がる。

 普段の『光のはじまり』のライブではほとんど見ないような客層にザンマがびっくりしていると、雄たけびだけではない。オタクたちは、かろうじて意味のある言葉を叫び出したりもしている。


「もりあぁああああーーー!!!!」

「寂しかったよおおお!!!!」

「結婚しようなああああ!!!」


 ザンマはアーガンに、声が届くように顔を寄せて、


「『モリア』とはまさか……」

「そう」


 アーガンは頷く。


 ステージ上に、背の低い少女が現れる。

 ワインレッドの髪の色。硝子のように繊細な輪郭にアンバランスな、捕食者のように耀く光る釣り目。


「『ルナ☆サバ』が今日の対バンの相手なんだよ」


 獰猛に笑って、少女は言った。



「誰が結婚なんかするかよっ! 身の程わきまえろ、家畜どもっ!」




 ぶひぃいいいいいいいいいい!!!!


 と。


 ザンマがこれまでの人生で聞いた中でも群を抜いた大音量の雄たけびで、ライブハウスがどっかんどっかん揺れ始めた。


 目を白黒させながら、ザンマは思う。


 世界は広い。




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