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11 夜花とヒメヒメパニック2でござる



 夜。

 イベントも仕事もなければ朝から晩までオタクたちは眠っている。


「ん……?」


 が、ザンマは夜更けに目を覚ました。

 身を起こす。この間粗大ごみに捨てられていたのを拾ってきた布団の上で、耳を澄ます。


 人の動く音がする。


 刀を手に取ると、ザンマは自室を出た。


「――おっと。悪い、起こしちまったか」

「いや。ただ、自然に目覚めただけでござる」


 アーガンがいた。

 玄関の扉に手をかけて、すっかり出かけていこうとしている。


「どこへ?」

「散歩。一緒に行くか?」

「いいのでござるか?」

「全然」

「では。朝まで眠るには、まだ夜は長すぎる」


 よっちゃんとシェロを起こさないように、ふたりは忍び足で家を出る。

 ボロ屋が震えてしまわないよう、ゆっくりと扉を閉めれば、空には春の月が浮かんでいた。


「オレの好きでいいか?」

「うむ」


 アーガンが先を行き、ザンマは歩幅を合わせてそれについていく。


 街はもう、流石に静かになっていた。

 ときたま、巡回の警備冒険者たちとすれ違うくらいで、人通りはほとんどなく、明かりだって飲み屋にいくらか灯る程度。


 アーガンが、ふっと笑って言った。


「なんかふたりで歩いてると、仕事してるみたいだよな」

「あとでカイト殿に報酬請求でもするでござるか?」

「やめとこう。あいつ、そういうこと言うとマジで払っちゃうようなやつだから」


 見上げると、白みがかった夜空に、いくばくかの星が浮かんでいる。


 今度は、ザンマが口を開いた。


「この王国では……、星が淡いでござるな」

「ふうん?」


 アーガンも一緒になって見上げて、


「気にしたことなかったな。そんなもんか?」

「拙者が昔にいた東の国では、星は海のようでござった」


 へええ、とアーガンは興味深げに、


「そうなのか。何が違うんだろうな」

「街灯りのせいかもしれぬな。明かりが強いから、星が霞んでしまうのやもしれん」

「なるほどねえ」


 頷いたかと思えば、今度はアーガンが言う。星座って知ってるか? 知らぬ、とザンマが答えれば、星のひとつひとつを指差して教えてくれる。


「荒唐無稽ではないか。どう考えてもその個数の星で、その形は描けんでござろう」

「オレに言われてもな。昔の人が決めたらしいぜ」

「よほど暇だったんでござろうなあ」


 オレたちみたいにか?とアーガンが笑えば、ザンマも一緒になって苦笑した。


「でもさ、オレたちの星は、もっと近いところにあるよ」


 アーガンの言葉は断片的なものだったが、それでもザンマには心で伝わった。


 星とは、アイドルのことだ。

 かつての暇人は星を眺めたが、現代の暇人である我々はアイドルを見ている。

 そしてアイドルは星よりずっと近いから、はっきりと形を取っている。それに、触れることだってできる。


「詩人でござるな。アーガン殿」

「お、そう? へへ……。オレ、そういうのと縁がなかったから、結構そう言われるの嬉しかったり」


 照れたように、夜風に鼻をすん、と鳴らせば、アーガンは空を見たままで言う。


「ザンマはさ、どうすんの?」

「……カイト殿からの誘いでござるか」

「うん」


 ザンマは、息を吸って、


「正直言って、迷ってござる」


 夜があんまり静かだから、言葉で埋めたくなってしまった。


「アーガン殿たちは訊かないでいてくれたが……拙者、あまり良き過去の持ち主ではござらん。この街を守りたいという気持ちはあるが、それが……」

「引け目みたいになってる?」


 すかさず言葉を補ってくれたアーガンに、ザンマは頷いて、


「そうでござるな。恥を忍んで正直に答えれば、拙者、居場所を失うのが怖くて、迷っているのでござる。どれほど求めたものであっても、求めれば求めるほど、それがこの手から離れていくような気がして……」

「パーティから追い出されたって話か? そのくらい、気にしなくても……」

「それだけではないのでござる」


 ふと、ザンマは気付く。

 いつの間にか、拳を握っている自分に。


 この王国に来てからというもの、誰にもその断片すら伝えたことはなかった。


『夜明けの誓い』で二年を過ごしてなお、そうだったのだ。

 イリアやクラヴィスとは、ただの同僚。打ち解けた私話などしなかったし、付き合いの比較的長かったヒナトを相手にしたって、こんなことは言えないと心に秘めたままにしていた。


(あるいは、それがぱーてぃから追い出された本当の原因なのかもしれぬな)


 自嘲して、ザンマは薄く笑う。


 イリアとクラヴィスから指摘された欠点は確かに自分にあったとは思うが、たかだかそれくらいの欠点でパーティから不要とされる程度の剣腕ではないと、ザンマは自負している。


 だとするなら、本当の追放の理由は。

 心を打ち明けてこなかった。

 それに尽きるのかもしれない。


(まだ会って間もないアーガン殿にこのようなことを伝えるのも道理にかなわぬことではあるが……)


 なぜだろう、とザンマは思う。


(アーガン殿からは、同じ悲しみを感じる――)


 握り締めていた手を、


「ザンマ?」


 ほどいた。





「拙者は、母と兄を殺して、国を出た」






 遠く遠く。

 丘の上から、花びらが風に紛れて吹き込んできた。


 そのひとひらが、ザンマの右の瞼にひらりと張り付いて、すぐに、あっけなくどこかへ立ち去っていった。


 深い夜に、ふたりは街の中、淡い星の明かりの下に立ちすくんでいる。


「……一緒だな」


 と。

 アーガンが小さく、呟いた。


 ザンマは、アーガンを見る。

 アーガンは、ザンマを見る。



「オレもさ――人を殺して、逃げてきたんだ」



 どこにでもある、悲しみまみれの夜の話。








「ふっふっふっ……。あいつら、あたしがいない間に好き勝手してくれやがって……!」


 王都。

 昼。冒険者ギルドの前。


 勇者で姫のヒナトは、仁王立ちで獰猛な笑みを浮かべている。


「あの、乱暴なことはやめてくださいね。それだけ姫の評判が悪くなるんですから」

「知るか! 十発百発ぶん殴ってやらないと気が済むかよ!!」

「姫が百発殴ったらほとんどの人間は原形なくなりますからね」


 その後ろに立っているのは、苦労性の騎士団長、ノージェス。


 肩をいからせたヒナトが城から出ていくのをのほほんと見守っていたら、王に直接泣き付かれて、一緒についてくる羽目になった。


 あんな爆発娘、放っておいたらとんでもない騒ぎになるに決まっているというのが王の言うことで、実際その通りだとしか思えなかったので、ノージェスは嫌々ついてきた。


「たのもー!!」

「道場破りですか?」


 意気揚々と乗り込んでいくヒナトに、ノージェスが続く。


 それなりに顔の売れた男であるノージェスだが、このときばかりは黒子のように誰からも相手にされない。

 ギルドはざわめき、そしてその視線のすべてがヒナトに向いていた。


 ヒナトはその視線の全部を睨み返して、探している。


「どこ行った? あたしのパーティは……!」


 王都の冒険者は、国内でもっともレベルが高い。大型のダンジョン踏破クエストがここに集うために、各地から屈強な冒険者が集っている。


 しかし、手負いのクマのような獰猛な目つきのヒナトと目が合えば、誰もがひっ、と目を逸らす。


 じろりじろりとヒナトはその場にいたひとりひとりを確かめていって――、


「あ?」

「よ」


 ひとりだけ、逸らさなかった男がいた。


 冗談みたいなシルエットの男だった。

 全体としては飄々とした、針金細工のような優男なのに、それこそ熊だって持ち上げられないような大きさの、肩まであるとんでもなくごつい手甲を嵌めている。


「荒れてるみたいだねえ、勇者サマ」


 Aランク冒険者は、この国の中にすら三組しかいない。

 その中のひとつが、この男、戦士系最上級職の『重極戦士』フェダーロイの率いるパーティ、『翠嵐』だった。


「フェのおっさん……」

「その呼び方はやめてね?」


 少しだけ、ヒナトの表情が和らぐ。

『翠嵐』は、『夜明けの誓い』が発足する前からAランクに達していたベテランの冒険者パーティだ。ヒナト自身、何度『翠嵐』のアドバイスに助けられたことか数え切れない。


 ヒナトにとって、ノージェスが戦士としての師匠ならば、フェダーロイは冒険者としての師匠だった。


 強いな、とノージェスはヒナトの後ろで思っている。

 噂には聞いていたが、冒険者最強格の名は伊達ではないらしい。ただその立ち姿の芯のぶれないのを見るだけで、もしも戦うことがあれば、とシミュレートを始めてしまうくらいには。


「で、どったの。そんなに慌てちゃって」

「……フェっさん、ザンマが解雇されたって、聞いてるか?」

「聞いてるっていうか、その場で見てたよ」

「な、」


 ヒナトは口をあんぐり開けて、


「なんで止めてくれなかったんだよ!!」

「なんでって、人のパーティに口出しするようなことないでしょうが」

「――――!」


 何かを言おうとして、何も言うことがなくて、ヒナトは口をパクパクさせるだけ。


 この人王国に雇われてくれないかな、とノージェスは思っている。


「何。やっぱりヒナトくんの決定じゃなかったわけ」

「当たり前だろ」

「だよねえ。君ら、喧嘩するほどなんとやらって感じだったし……」

「んなこといいんだよ! 今、ザンマがどこにいるかわかるか?」


 フェダーロイは、顎髭をぞりぞりと指でなぞって、


「いやあ、『翠嵐』で確保しようと思ったんだけどね。彼、もう解雇されたら脇目も振らずだよ。どっかに消えちゃって、行方知れず」

「き、消えたあ!?」

「よっぽど金積んだのかな。馬車屋に聞き込みしてもだーれも答えやしない。惜しいよねえ。あの子確保できたら、俺も安心して引退できたのにさ」


 ぎりぎりぎり、と歯を噛んで、ヒナトは考え込んでいる。

『翠嵐』が調べてわからなかったことを、自分の足で調べることはできそうにない。


 となるとザンマの行方は、よっぽどじゃない限りはわからなくなってしまった、ということだ。


「……あいつ、新聞とか読まないだろうな」

「まあそりゃあねえ。世捨て人みたいな子だったもの」


 淡い期待も、フェダーロイに切って捨てられる。

 全国新聞に呼びかけでも掲載させようかと思ったのだ。ザンマがそれを見て、自分のところに戻ってくれるんじゃないかと思い描いて。


 はあ、とヒナトは溜息を吐いて、


「わかった。ありがとな、フェっさん。ザンマのことは気長に探すとするよ」

「おや。癇癪でも起こすかと思ったけど」

「そんなことしてても何も変わらないだろ。……当面は、イリアとクラヴィスに説教だな。あいつら、何を勝手な……」


 フェダーロイの目が細められた。


「……そうか。そっちも知らないのか」

「は?」

「これはちょっと、思った以上に厄介なことになってるかもしれないなあ」

「ちょ、ちょっと待て。何の話だよ。これ以上どう厄介になるって?」


 焦った顔でヒナトが訊くと、フェダーロイは答える。



「イリア=パーマルも、クラヴィス=デイルヴェスタも、『夜明けの誓い』を抜けたよ。――――というか、冒険者自体をやめたみたいだ」





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