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09 正社員スカウトチャンスでござる



「や、『ひかラブ』のみんな。今日はいきなりの訪問で申し訳ないな」


 爽やかイケメン・カイト=イストワールが、オタク四人の住んでいる完膚なきまでのオタクハウスに、朝からやってきた。


「実を言うと、今日は折り入ってみんなに頼みがあってね。というのも先日の夜間パトロール中の事件についてなんだけど……、ちょっと。みんな聞いてる?」


 全然聞いてござらんかった。

 四人いて、誰も。ザンマもアーガンもよっちゃんもシェロも、誰も耳を傾けていなかった。


「おーい」


 とカイトが呼び掛けると、アーガンが無言でぴっ、と壁に張られたポスターを指差した。


 カイトが目線を向けると、そこにはこう書いてある。


『光のはじまり ミニライブ!』


 日付は今日。

 しばらくカイトはその意味を考えた後で、はあ、と溜息を吐いて、こう言った。


「じゃあ、仕方ないか」


 このあたりの理解の深さのために、カイト=イストワールは若年層から『上司に欲しい冒険者ランキング』で人気を博しているそうである。





「うわっ、ザッくんだいじょぶ? そんなに買って」


 握手券は一枚で五秒。一枚で銀貨一枚。東国換算千円。

 何枚買ったかは、とりあえず秘密。


「問題ござらん。家賃はもう払ったでござるし、いざとならば石投げで鳥でも落として食い繋ぐでござる」

「ぶ、文化の供給源を私たちが一手に担ってる……」


 あんまり原始時代に戻らないでね、とシアは苦笑する。


 そして、ザンマは噛みしめていた。

 よっちゃんの気持ちも、シェロの気持ちもよくわかる。


 先日の夜間パトロール中に会って話したのは、別に悪いことではないのだろうが、自分の中に罪悪感を残すものだった。


 だって、銀貨一枚で五秒を買うのだ。

 実際、その価値があると思って、オタクは金を払っているのだ。

 それを何食わぬ顔で掠め取る行為……天が許しても、己の心が許せなかった。


「ごめんねえ。この間までは握手券、もっと安かったんだけど。ファンの人が増えてきたから、値上げしないとどうしようもない時期になってきちゃって」

「何を何を。大したことではござらん。ふぁんが増えたというと、拙者のようにこの間のふぇすを見て、ということでござるか?」

「そーそー! なんかね、実力派~って結構色んな人が初めて来てくれてるんだよ。今日のミニライブとか、だから気合入れたんだけど、どうだった?」


 もう最高でござるな、とザンマは言った。

 うぇへへ、とシアは笑った。


「懐が潤ってきそうだから、しばらく色々とイベントやれそうかも。ザッくんも来てくれる?」


 もちろんでござる、と答えると、シアは嬉しそうにザンマの手をぎゅっぎゅっと握った。

 ザンマはときめいている。


「また来てね! でも、ご飯が食べられるくらいのお金はちゃんと貯めておくように! ……心配だからね」


 ばいばい、とシアが手を振ってくるのに、ザンマも振り返す。シアが次のオタクとの握手に入る。


 ふう、とザンマは息を吐いた。

 春風の匂いが香しく、なんだかすべてが終わったような清々しさで、天を仰いだ。


「神対応ですよねえ、シアちゃん」

「もちろん……うちのゼンタちゃんも負けてはいないが」

「あ、それ言うならローちゃんですよ、ローちゃん」


 そしてオタクフレンズがわらわら寄ってきた。


 手に持った握手券の半券の山を見ながら、ザンマが言う。


「よっちゃんとシェロ殿も、持ち金全部突っ込んだのでござるか?」

「いやいや。ボクもちょっとは学習しました。銀貨一枚は残しましたよ」

「私も……銀貨と銅貨一枚ずつ。これで一週間は……生きていける」

「きつくないですか?」

「…………そうかも」

「君たち、とんでもない会話してるなあ」


 そこに、待ってましたとばかりにカイト=イストワールが声をかけてきた。


「もうちょっと色々、生活のこととか考えた方がいいよ。冒険者なんて、明日のこともわからない職業なんだから」

「いやですねえ、カイちゃん。明日とも知れないような生活してるからこんな刹那を生きてるんですよ」

「刹那の……オタク」

「冒険者ともなれば、自分の腕一本あれば本質的に金など不要でござるからな」

「そうそう。それにボク、お金持ってると不安になりますし。ないくらいがちょうどいいんですよ」

「それは……よくわからないが」


 その日暮らしのオタクたちの怪しい金銭感覚を三方向から浴びたカイトは、くらっ、と目眩に襲われたように眉間を押さえた。


「……てっきり、ザンマくんくらいはまともな金銭感覚があると思ったんだけど」

「ザッくんの金銭感覚が一番壊れてますよね」

「金を……綺麗な石くらいにしか思ってない」


 失礼な、とザンマは言おうとしたが、実際のところ綺麗な石以外のなんだと聞かれたら答えられそうになかったので、口を噤んだ。どうせこんなもの、国を跨げば大して役にも立たない。まやかしだ。


 そこに、ほくほく顔のアーガンが戻ってきた。


「いや~~~~~~。超よかった!!!!! ザンマ、そっちはどうだった? 今日も神対応だった?」

「うむ。神対応でござった」

「だよな~~~~! わかるわかる~~~~~」


 知能がとろとろに溶け切った感じの幸せそうな顔を上げて、ザンマと両手を繋ぎ合わせてきゃっきゃとはしゃいでいる。


 いいなあ、とよっちゃんとシェロはそれを見ていた。四人ともこのグループ以外に顔見知りはいても友達はいないから、握手会の感想をこんな風に分かち合える相手がいないのだ。


 よっちゃんとシェロはちらっとカイトを見て、


「……何?」

「カイちゃん、ローちゃんのことどう思ってます?」

「いい子だと思ってるけど……」

「カイトくん……ゼンタちゃんのことはどう?」

「いい人だと思ってるけど……」


 はああ、とふたりは大きく溜息を吐いた。


「これで……オタクなら」

「何も言うことないんですけどねえ」

「な、なんだか理不尽な失望をされてる……!」


 カイトは、おほん、と気を取り直して、


「で、肝心の話なんだけど。ライブの余韻とかそういうの、大事にした方がいい? できれば早い方がいいんだけど、今じゃない方がいいかな」

「いや、いいぜ。朝から待ってもらって悪かったな」


 アーガンがそう答えると、カイトはすごく嬉しそうな顔をした。

 アーガンはオタクの中でも比較的話が通じる方の生き物なのだ。


「場所、変えた方がいいか?」

「いや、ここで構わないよ。『光のはじまり』のファン層は『ブラックパレード』の関係者が多いわけじゃないしね」


 まずザンマが思ったのは、そんなことを気にするということは『ブラックパレード』に関することを話そうとしているのだな、ということだった。


 次に思ったのは、『光のはじまり』のファン層に『ブラックパレード』の関係者が少ないと言うのはどういうことだろうということだった。


 それとなく、シェロが耳打ちしてくれる。


「『光のはじまり』は……純粋な売り上げを除いた活動資源がメンバーのバイト代だけ。このライトタウンでは珍しいくらい……『ブラックパレード』との繋がりが薄い。それだけで……『イストワール商会』側とも言える」


 ステージの上はあんなに輝いているのにこの街の裏側はどろどろでござるな、とザンマは思っている。

 かたじけない、と教えてくれた礼を言うと、シェロは小さく頷いて答えた。


「単刀直入に言わせてもらうんだけど」


 カイトは握手を求めるように、手を差し伸べて、



「『光のはじまりファンクラブ』のみんな……『イストワール商会』に、正式に雇用される気はないか?」



 そういえば自分は『光のはじまりファンクラブ』のメンバーとして数えられているのだろうか。


 なあなあで暮らしているサムライ、ザンマ=ジンはそんなことを思った。




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