プロローグ 追放でござる
「ザンマ=ジン。お前には今日でパーティを出ていってもらう」
「なっ――!?」
普段は鉄面皮で通る冷静な男も、このときばかりは動揺を隠せなかった。
何気ない昼下がりのはずだった。
つい先日に長距離遠征を果たしたのちに戻ってきた王都。パーティリーダーの『勇者』ヒナトのダンジョン攻略報告がこの王国最大のギルドを沸きに沸かせ、それから次の攻略先を決まるまでの少し長い休養期間。
パーティの前衛を務めるザンマ=ジンは、同じくパーティの後衛を務めるクラヴィス=デイルヴェスタに冒険者ギルドに呼び出された。そして席に着くやいなや、衝撃の台詞を切り出されたのである。
「どういうことでござるか」
落ち着いた声だったが、不服の色は隠せない。
寡黙な男の押し殺したような低音に、いつの間にやらギルドの中は静まり返っていた。昼間から酒を飲むのが荒くれ者の流儀、と普段は豪快な冒険者たちも、じっとザンマの様子を窺っている。
「どうしたもこうしたもないわよ」
その緊迫感を何とすることもなく声を上げたのは、同じくその場に同席する、イリア=パーマルだった。
「あんたの『サムライ』ってジョブ、全然当てになんないのよね」
「……それは、拙者では力不足と。そう言うわけか」
「そーよ。てか、普通わかんない? あんた、足引っ張ってんのよね」
ぎろ、とザンマはクラヴィスに目を向け、
「おぬしも同じ意見か」
「もちろんだ。思ってもいないことは口に出さない」
クラヴィスもそれにまるで感情を見せずに答える。
「ヒナトのジョブは『勇者』。イリアのジョブは『聖女』。俺のジョブは『大魔道』。それぞれ戦士系・神官系・魔法士系の最上級職だ。何もただジョブだけが人の価値を決める……、とは言わないが、生まれ持ったジョブである程度強さというのが決まってしまうのは厳然たる事実でもある」
「『サムライ』では、不足か」
「だからそう言ってんでしょ?」
イリアは苛々と、自分の亜麻色の前髪を指でにじりながら言う。
「あんたの前衛って、全然頼りにならないわけ。盾持ちってわけでもないし。全体攻撃のスキルもないから戦闘が長引くし」
「お前がいると俺たちのパーティ『夜明けの誓い』の力は十分に発揮できない。俺の魔法火力とヒナトの物理火力があれば、それで攻撃手は足りている。お前を抜かして、耐久に優れた騎士系列のジョブ持ちを入れる予定だ」
「ちょうど私の伝手に最上級職の『聖騎士』の子がいるからね。ま、古参のあんたを追い出すっていうのは心苦しいけど。そういうことで」
ギルドに集っていた冒険者たちも、ごそごそと騒ぎ出した。
「おいおい……」
「マジかよ。『勇者』のいるとこだろ」
「あのザンマってやつ、それなりに強えんじゃなかったのか?」
「いや、『勇者』におんぶにだっこだったってこったろ」
「『勇者』つったら、前衛のオールラウンダーだしな。役立たずがいてもなんとかなってたってことか」
「てか、『サムライ』ってジョブ、聞いたことあるか?」
「剣士系なんじゃねえの。腰に提げてるしよ」
「最上級職ならこんな話しねえだろうし、ひょっとするとレアなだけの下級職なんじゃ……」
「このことは、」
そのざわめきを、ザンマは一言で断ち切る。
「ヒナトも知ってのことか」
クラヴィスとイリアは、顔を見合わせ、同時に嘲けるように笑って、首を竦めた。
「当たり前でしょ」
「先のダンジョン攻略で、とうとう俺たちもAランクになった。もうこれ以上足手まといの世話はしていられない、とのことだ」
「であるなら、なにゆえ直接ヒナトが拙者に告げに来んのでござるか」
「聞きたいのか? ……お前の不甲斐なさにほとほと愛想が尽きたそうだ。もう顔も見たくないと言って、しばらく実家に引っ込んでいる」
「戻ってくるまでにあんたのこと追い出しておけってさ。馴染みとはいえもう情けはかけられないって」
じろり、とザンマは事の成り行きを見守っていた窓口のギルド職員に目を向けた。ひっ、と怯えたように受付職員は奥に引っ込んだかと思えば、台帳を手に戻ってきて、
「ええと、確かに。ヒナトさんからはしばらく実家に帰るからと不在届が出されています」
Bランク以上の冒険者になると、長期に拠点の街を不在にする場合には、王命による緊急任務に対応できる人員をギルド側で把握するためという理由で、不在届の提出が義務付けられている。
ザンマは職員に目礼すると、目の前のテーブルに冷たい視線を落とした。
沈黙すること、三秒。
つ、とどこかのコップの表面を、水の雫が伝い落ちたとき。
「――――あいわかった」
静かな声で、ザンマは告げた。
「貴殿らの栄達をこの身の未熟が妨げていたこと、この上なく申し訳なく思う。拙者はこのパーティから抜けさせてもらおう」
クラヴィスとイリアが何かを言う前に、淀みのない動きでザンマは立ち上がった。
地に根でも張ったかのような見事な立ち姿でふたりを見下ろすと、
「――迷惑をかけた。詫びのしようもないが、せめて貴殿らの武運をお祈り申す」
深々と、頭を下げた。
クラヴィスとイリアが何も言わずにいる間、たっぷりと時間は過ぎていった。
やがて顔を上げたザンマは、背を向けて、ギルドの入口にまで至って、そこでちょっとだけ、立ち止まる。
振り返らなかった。
「御さらばにござる」
扉を閉じると、興奮と、困惑と、入り混じったざわめきが、ギルドの中に爆発的に広がった。