生瀬勝久似のセールスマン
「音楽スタジオの受付やコンビニのバックヤード、それにカラオケボックスのカウンター越しとかで見かけますでしょ。あれと同じですよ」
生瀬勝久似のセールスマンは、そう言って段ボール箱を開けた。
出てきたのは、一見普通の液晶モニターだった。
「カラオケは俺、よく知らないけど」
「とにかく、これは想像以上に優れた機械です。何と言っても、見たい人の生の映像がすぐ見られるんですから」
「はぁ。で、値段はいくらなんですか」
「付属スピーカーと特製スタンド、そして1年間の無償修理保証を含めてたったの11万9千円です」
「…あの、カメラは別売りなんですか」
「は?」
「だから、カメラです。映像が見られるんでしょ」
「それだと普通の監視カメラと変わらないじゃないですか。この機械にそんなものは要りません」
「でも、じゃ、どうやって他人の生の映像なんか…」
「名前です」
「名前?」
「あなたがいつも見ていたいと思う人の名前を私に言うだけで、もうこのモニターにはオンタイムでその方の現在の状況が映し出されるわけです」
「オンタイムで?」
「はい。その方がどこで、何をしていても。へへっ」
生瀬勝久似のセールスマンは一瞬下品に笑い、慌てて唇の両端の筋肉を引き締めた。
「そんな…端末もないのに…信じらんない」
「試しにやってみます? 今なら15秒間だけの無料プレビューサービスを実施していますよ」
「怪しいサイトみたいだなぁ」
「言ってみてください」
「は?」
「名前。あ、苗字から。誰でも構いませんよ」
「誰でも、って…」
「いますでしょ? そういう気になる、ヒト」
「気に…なる?」
「そう。気に、なる」
「いつ、も?」
「そう。いつも見ていたい…。あ、1人だけですよ。1台につき1人の映像しか見られないことになってるんで」
「はぁ。15秒、ねぇ」
「じゃ、どうぞ、お名前を」
「…ち、ちょっと待って。あの、その前にひとつ聞いていいっすか」
「はい、何でしょう」
「どうして、その、俺んちに来たんですか」
「あぁ。わが社はループ営業専門ですから」
「ループ? ルート営業じゃなくて? つっても俺、お得意さんじゃないけど」
「ははは。そうですよね。みなさんびっくりなさいます。つまりね、こちらにお伺いする前に購入していただいたお客様が、おっしゃったんです」
「何を」
「あなたの、お名前です」
「なるほど。それでループ、か」
「左様です」
「……てか、ちょっと待ってよ。俺の名前、って……、誰っすか、前に買ったお客さんって」
「それは申し上げられません。規則ですから。あ、もうこんな時間だ。早く、お名前をおっしゃってください。」
「え? あ、名前、ね。えーと――」
「早く」
「あぁ、はい。うーん…」
「普通すんなりと出るでしょ」
「はい、出ます、出ます。いいっすか。えーと、苗字が……〇〇…」
「……え?」
「〇〇、です。で、下の名前が…」
フルネームを言った途端、生瀬勝久似のセールスマンの営業スマイルがどういうわけか渇いたままフリーズした。
そして川に投げた小石のように視線がゆっくりと床に沈んでいった。
「どしたんすか? いきなりテンション下がっちゃって」
「あぁ…」と言って深い溜息をついた後、彼はこう続けた。「いやね、これでも私、会社で結構しぼられてるんですよ。営業成績のことで」
「ここで突然リアルな愚痴こぼされても…」
「だって、その名前じゃループ営業にならないですよ。新規開拓がしたいのに」
「――どういうこと?」
「逆戻りです。前のお客さんに。あ~あ、ついてねーなぁ」