報酬
受けてみてもいい
その答えに魔王は、驚きを隠せなかった。
「そ、それは真か!」
「こなことで嘘はつきんせん。」
思わず問いかけてすぐ、相手の言葉を疑うなど気を損ねられないか危惧したが、幸いなことに特になんとも思われていないようだ。
「それはそうだな。すまない。ついおどろいてしまってな。」
「構いんせん。」
魔王は、つい気を緩めてしまう。まだ相手は目の前におり、さらに勇者を倒したわけでもない。しかし、交渉が一段落したのもたしかなのだった。
「ああそうだ。」
と、魔王はここで、確認しておかないといけないことがまだ残っている事を思い出す。
「何か、望みの報酬はあるだろうか?」
そう。報酬だ。こちらの都合で勝手に喚んでしまったあげく、報酬を払わないなど魔王の誇りが許さない。
それに、こんなお願いを聞いてくれるのだ、多少無理な願いでもなんとかして叶えようと思っていた。
しかし、
「報酬でありんすか?んー、別にいりんせん。」
「は?いらない?」
決まってないや、思い浮かばないでもなく、いらない?
「そもそもただの暇つぶしでありんすから。それでみかえりを求める気はありんせん。」
「いやしかし。」
───それでは、あまりにこちらに都合が良すぎる。何か裏があるのか?そもそも暇つぶしだと?この御仁が強いのは肌で感じるが、暇つぶしに勇者を倒せる程なのか?
魔王は急に不安に襲われていた。本当にこの、黒髪の主に任せてもいいのかと。
「おやおや。どうやら逆に不安にさせてしまったようでありんすねぇ。それでは、どうしてもというなら借し一つ、ということにしんしょう。」
「…本当に、それでいいのか?」
「もちろんでありんすぇ。」
───不安はある。あるが、もともとこの御仁に頼る他無いのだ。腹を括ろう。
魔王は、黒髪の主を頼ることに決めた。
「わかった。それではどうか、この国を危機から救ってくれ。」
「承りんした。」
そう言って、黒髪の主は謁見の間から出て行こうとする。
「?どこへ行くのだ?」
「もちろん勇者のところでありんすぇ。後四刻半程で、ここに到着するようでありんすから。」
「なに!もうそんなところまで!?」
足を止めた黒髪の主が発した言葉に、魔王は驚きを隠せなかった。
精鋭達と勇者達の交戦地点から、ここまでかなりの距離がある。しかしどうやら、勇者達はここで進軍を速めたらしい。予想では後一日は猶予があった。
どうやってか知らないがこの御仁は、勇者の接近を感知したらしい。
魔王は、ギリギリで召喚が間に合ったらしいことに冷や汗をかく。
「それではそろそろ、野暮をもてなして来るとしんす。あまり城の近くで戦うわけには、いかないでありんしょう?」
「あ、ああ。重ね重ね、感謝する。」
そしてまた歩き出した黒髪の主に、はっとあることを思い出した魔王は、ある言葉を投げる。
「余の名は、ミールエル魔王国魔王ヴェルミール。この恩は、魔王の名に誓い必ず返す!」
その言葉に黒髪の主は、
「わっちの名は蒼海。恩はことを済ましてから、受けとりに来なんす。」
そう応え、そのまま足を止めることなく出ていった。
それを見届けた魔王は緊張を解き、玉座で脱力した。
「ご苦労でございました陛下。」
「ああ。」
「それにしても、あの方に任せても良かったのですか?」
「他に手はなかろう?」
「そうですが。」
「まあ、信じて待つしかあるまい。」
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城を出てしばらくして。
「ああ、緊張したあぁ。」
俺はようやく緊張から解放され、リラックスした気分に浸りながらさっきまでの回想をしていた。
召喚された先がどこかと思えば、なんか見るからに厳粛な雰囲気漂う場所で驚いた。
最初は、ネットでよくある勇者召喚でもされたかとおもった。
けれど召喚したのは魔王で、勇者を倒してほしいときた。
俺は思ったね。そういうパターンもあるのか、と。
まあちょっと意外だと思ったけど、よく考えれば名前が違うだけでこれ普通に勇者召喚と変わらないことに気づいた。
自分らでは手に負えない敵を、他人に倒してもらおうってところは一緒だしな。
それから、空達が決めた指針通りに受け答えをしだけど、けっこう緊張した。
いや、人外や異形相手は慣れてるんだけど、ああいう権力者というか偉い人達と話したことなくて、なんか緊張した。
玉座のある広い空間で、四方から見られてるという状況のせいもあったかもしれない。
まあ、なんとか悟られないようにはできたと思う。
そういやぁ郭言葉ってあんな感じで良かったんだろうか。
前にちらっと教えられたぐらいだから、ちょっと心配だな。
まあたとえ間違ってても、この世界の人達にはわからないと思うが。
[ちゃんと花魁ぽかったから大丈夫!]
(…まあ、楽しんでくれてうれしいよ。)
こいつは“花”、ちょっと軽い雰囲気の奴で、五年くらい前に出会った。
すごい明るくて、いつも元気。なぜかたまに変な雑学を持ってくる。郭言葉を俺に教えたのもこいつだ。
空達の思い付きに便乗して、いつも悪のりを悪化させてくる。
今回も、最初は位の高い巫女風だったのに、こいつが郭言葉とか言うからなんかおかしい方向に路線変更されたし。
郭言葉なら花魁、花魁といえば九尾の狐だろ?ってなんだそれ!
改造巫女服は、胸元をはだけ尻尾が邪魔にならないデザインになった。しかもそのために胸を大きくさせられたしな。
日頃から女体化や半獣化はやっているけど、初めての形態はなれるのに時間がかる。その隙をつかれたりしたらどうするともりなのやら。
『そのときは、ワシらが守るに決まっておろう?』
(…)
まあこいつらも、ギリギリを攻めることはあっても俺を見殺しにすることはない。
そういうとこは、なんだかんだ信頼してる。