プロローグ
目を開けたら、そこは魔王城だった。
そんな経験をした人はいるだろうか。
そうそうそんな人はいないとは思うが、もしいたなら奇遇だな。
俺もたった今経験したところだ。
俺の今日という一日は、いつもと特に変わらない朝から始まった。
午前中は、いつもの休日のルーチンを消化して終わった。
しかし昼食を済まして、午後からの予定を思い浮かべていたときだ。突然床に、ひかり輝く魔法陣のような物が現れた。
事実それは本物の魔法陣で、俺は眩い光に包まれ思わず目を閉じた。
そして目を開けた時には、そこは魔王城だったというわけだ。
さて、この物語はこんな感じで、魔王城に俺が召喚されたことから始まる。
それじゃあここから、どんな物語が始まると思う?
魔王に頼まれ勇者を倒す?
可愛い魔族と恋人になる?
典型的なチートハーレム?
どれも正解なようで、少し違う。
メインでは無いとでも言おうか。
それらもあるにはあるが、この物語の本質はそこじゃない。
これから語られる物語は、まあ万人受けするような物ではないだろう。
読む人によってはつまらないだとか感じるかもしれない。
まずこの物語の主人公は、俺であって俺じゃあない。
俺の中に潜んでる、魑魅魍魎なのだから。
朝
『おーい。朝じゃぞー。そろそろ起きんかーい。』
大人か少女か判断つかない凄まじく妖艶な声が頭に響く。
そんな声に起こされた俺は、窓の外を眺める。
空はようやく白み始めたころ。時計の針は、五字にもなっていない。
(相変わらず早い起床だな。)
『なんか文句でもあるのかの?』
(いやいや全く?)
こんなのいつものことだ。しかももうかれこれ10年ぐらいか?
今さら文句なんかない。
いつもどおり起きて、いつもどおりシャワーを浴びる。
この時顔は洗顔泡で丁寧にあらう。
その後、髪を乾かしたりスキンケアをしたりする。
それが終われば、“用意されている衣装”を着る。
「今日は巫女装束、それも改造か。」
それは俗に、改造巫女服と呼ばれる物。
一番外側の白い着物部分には派手な模様がつけられているし、袖や裾は足首に届きそうな程長い。内側の着物には、紐や布で飾りがしてある。下は踝に届く程まで長い赤いスカートで、前には縦に切れ目がある。
腰の帯は花柄で、前で蝶のような結び方をしている。
どうやら今日はこれを着るらしい。ちなみに昨日はゴスロリだった。
誤解が無きよう言っておくと、俺は男だ。
例え髪が膝裏にかかる程長かったり、体つきが丸みをおびていたり、股間に棒と玉がぶら下がっているように見えなくとも、俺は男なのだ。
それから、この女装は俺が自ら始めたわけではない。
無理矢理やらされたのだ。
【楽しんでやってるくせに。】
(今はな?まあ幸い、似合ってるし、不満はないよ。)
突然頭の中に響いた幼い少女のような声に、そう返す。
そう、似合っている。
その理由として、さっき言ったように髪や体形なんかもそうだが、何より俺が美少女と形容できるほどの女顔だということがある。
俺は今年高2になり、そろそろ17になろうとしている。しかし髭は全くはえておらず、ニキビもない。さらに日焼けも全くしておらず、その白皙は左右対照な整いすぎた顔面構成と相まって、俺の顔を人形のように感じさせている。
普通ありえんだろ。
『くくく、なんせ妾の最高傑作じゃからのう。』
【空だけじゃない。私も頑張った。】
《ハハハ、ミーのことも忘れないでいただきたい!》
…さて、そろそろ紹介した方がいいか。
先程から、俺の頭の中で響いているいくつかの声。
これらは別に、俺が作り出した幻聴などではない。
俺が幼い頃から、俺の“中”に棲んでいる魑魅魍魎達だ。
いつからいるのかは定かでは無いが、少なくとも物心ついた頃にはいた。そしてたまに増える。
まあ、特に不便に感じたことはないし、長年一緒にいればそれはもう家族同然だろう。
それに俺は、物心つく前に両親を無くしている。そんな俺に、これまで色んなことを教えてくれたこいつらのことは、親代わりというか、本当の家族みたいに思ってる。
『うれしいことを言ってくれるのう。』
【良い子良い子。】
《これからも頑張っていきますよ!》
〈あらあらまあまあ〉
{ふん}
[蒼ちゃんがデレたー!]
〔ダーイ好き!〕
(………)
どうやら思考を読まれていたらしい。ちょっと、いやかなりはずかしい。
ここは思考を切り替えよう、そうしよう。
えっと、どこまで話したかな?
ああそうだ。俺の中に魑魅魍魎が棲んでるってところまでだな。
では、そもそも魑魅魍魎とはなんなのか?
簡単に言えばそれは、神話や民間伝説に語られなかった、または伝承が途絶えてしまった超常存在達だ。