チョコレートのように甘い衣装
蓮丈院AP1450 VS セイラAP450
「わたしのターンです」
ターンが代わり、セイラが新しく一枚を引き加える。
「わたしはミュージックカード〈恋のスイーツマジック〉を発動させます」
足下から同じように巨大なカードが現れたかと思ったら、対戦相手である俺の目にも見えるように立ち上がって表面を見せた。
セイラが出現させたのは、ミュージックカードと呼ばれるコスチュームの次に〈エンプリス〉の根幹を成すカードの一種。
コスチュームと違って使い終わったら捨て場に送られてしまうが、それでもコスチューム以上に強力な効果を持っているのがほとんどだ。
「このカードは、自分のデッキから一番上を五枚めくり、その順番を自由に帰ることが出来きます!」
「デッキトップの操作か」
本来、ゲーム中のデッキの中身というか積まれた順番というのは、いかなるプレイヤーも見ることが許されない不可視情報。
次に引くデッキの一番上のカード次第でゲームの勝敗を左右する場合もあるくらい繊細な情報でもある。
セイラは手札とは別にカードを五枚引き、その小さい手の中で溢れんばかりに溜まったカードを全て一別すると、改めてデッキの上に戻した。
確かに直接俺に何らかの影響を与えるカードではないのだが、次に引く順番を自由に変えられるというのはかなり相手が有利になることでもある。
「遅れてわたしは〈ホワイトップシューズ〉の効果を発動させます!」
「今になってだと?」
「〈ホワイトップシューズ〉は、デッキから二枚をランドリーに送ることで、〈シュガーキューブチャーム・トークン〉をアクセサリーカードとして二つ出現させます!」
トークン。
直訳で「目印」や「象徴」
数多く存在するカードゲームでも共用して伝わった用語の一つで、カードとは違う手駒としてゲームに参加する存在のことを言う。
「なるほど、それでデッキの上を操作したのか」
出現させる条件は、デッキの一番上から二枚をランドリーと呼ぶ捨て場に捨てること。
セイラは宣言通りデッキから二枚のカードをスキャナーの内部に吸い込ませる。
まるで投入口に硬化を入れられた機械のように、二枚のカードが入った途端、セイラの胸元に角砂糖を模した白いキューブがついたチャームが出現した。
「更に、わたしはこの二つのトークンを材料に、新たなコスチュームを呼び出します!」
ぶら下げていた白い立方体のチャームが、煮えた水の中に入れられた本物の砂糖の如く光の粒子となって気中に溶け出す。
「お待ちかね! 〈スイーツリパブリック ソリッドレートワンピ〉!」
上着とスカートを巻き込んでセイラの小さい躯が虹色の光に包まれ、それまで礼服の如く厳かな学生服から、様々な濃度や色のチョコレートを模した派手なワンピースへと変わった。
手間かけてコーデした分、あれ一枚で上半身と下半身をきたことになるらしい。
それでもってAPは1200。
これで素のAPが合計1650と先を越されてしまった。
「トップスとボトムスが一体化した衣装だって? そんなのありかよ!」
「あんただって、ワンピースどころか派手なドレスぐらい着るだろう?」
言われてみれば、ワンピースもドレスも元々は女性の服装だ。
男としての記憶を持つ俺には、つなぎやジャンプスーツですら着ることなど全くなかったが、今の俺の躯は遊月という少女のもの。
マーサの言葉にぐうの音も出なかった。
「さらに特殊効果も発動!」
「――!?」
「〈ソリッドレートワンピ〉がコーデされた時、デッキの一番上のカードを〈板チョコトークン〉として、このコスチュームに追加でアンダーコーデさせます。更に、このコスチュームをコーデする際に使用した素材の数だけ、〈板チョコ〉の数を増やすことが出来ます」
見ているだけで歯が溶けそうなチョコレートの衣装を出すのに使ったカードは二枚。
合計三枚のカードをデッキの上から抜き取ったセイラが、それを天に向かって放り投げる。
水銀灯の光を浴びて陰になったカードは、落下しながら急激に巨大化し、いつの間にか巨大な板チョコとなって地上に突き刺さり、セイラを守るように周りを囲った。
「そして〈ソリッドレートワンピ〉は、板チョコ一枚につき、APが300アップします」
一枚につき300ポイント。
上昇する合計値は900ポイントとなり、セイラの合計APは2550と徐々に限界の数値に近づいてゆく。
「数値が高いだけじゃなくて、厄介な効果まで持ってやがったのか……」
あっという間に逆転されてしまい、俺は冷や汗を一縷垂らして顔を顰める。
見てのとおり苦戦しているわけだが、セイラはそんな俺を見てさらに哀しげな顔をする。
「遊月さん、本当に覚えてないんですか? このコスチュームはわたしのエースカード。これまでいろんな試合でお披露目して、遊月さんのチームに貢献した思いでのカードなんですよ!」
呼びかけるセイラの目に、大粒の涙が瞼に溜まってゆく。
瞬きする度に溜まりがはじけて、細かい粒となって霧散する。
見下ろす水銀灯の鈍い光でも煌めかせるくらい。
まさに自己の象徴にして最大の思い出と繋げる一枚を出したにも関わらず、当の俺は既視感を覚えるどころか厄介者として敵対している現状に、セイラは堪えきれなかったのだろう。
「すまない……」
遊月に成り代わってしまった俺ができるのは、ただ短く謝ることのみ。
いくら何度も既視感に悩まされることに陥っても、その衣装を見せられたぐらいでは記憶に届かなかった。
しばらく空気も時間も凍り付いた沈黙が起こる。
「ゲームを続けます」
豪華に袖で涙を拭ったセイラが、今まで以上に凛とした目で対峙する。
あれは気弱な泣き虫のする目ではない。
決意を固めた奴の眼光だ。
「〈ソリッドレートワンピ〉のもう一つの効果! アンダーコーデされた〈板チョコトークン〉を一つ使うことで、相手のコスチュームを一枚ランドリーに送ります!」
自己強化と相手妨害の二つを兼ねた衣装。
ただし、対価として支払うのは強化させてくれる素材。
相手の衣装を剥がすと言うことは、自分のAPも下げなければいけない。
セイラはそれを承知の上で、傍に聳える一枚の板チョコのてっぺんを鷲掴んだ。
くるか。
と言うか、どんな風に脱がせにくるんだ。
体感したことのない処理に俺が身構えていると、セイラは板チョコを石に刺さった伝説の聖剣のように引き抜き、真っ直ぐに俺の前まで一気に肉薄した。
間合いを積めただと?
いったい、本当に何をする気で――
カードゲームなのに対戦者同士の距離が一気に近くなったことにあっけにとられた。
そんな尻込む俺に向かって、セイラは自分よりも背が高く、一畳分の面積がある巨大な板チョコで、俺の躯に向かってフルスイングした。
バキンと何かが粉砕される音が響く。
左側から思いっきり強打される腰。
くの字にのけぞる俺。
当然砕ける板チョコ。
でかい破片に混じって霧散する俺のスカート。
「オゴォッ!」
本物に見えるだけの仮想映像だと聞かされていたはずだが、板チョコに思いっきりぶん殴られた衝撃や痛覚は本物。
気のせいとは思えないほど痛い。
しかも出っ張った腰骨にクリーンヒットしたから嫌な衝撃が追加で全身に走る。
左の腰骨を押さえながら膝をついて悶絶する俺。
いつのまにかカードによって着せられていたスカートがなくなっているのだが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
脱がせてランドリーに送るってそういうことか!
というかアイドルのカードゲームなのに、こんな野蛮な要素を出していいのかよ。
蹲っていた俺が涙ながらに訴えようと顔を上げた途端、いつの間にか俺の頭上まできていたセイラはすでに新しい板チョコを手に思いっきり振りかぶっていた。
「もう一度――効果発動!」
「ブッ!」
二枚目に頂いたチョコは、槌の如く頭上に叩き付けられ、俺の顔面があえなく地面に埋められる。
決して柔らかくない地表と額をあわせた俺の顔面は練習場の土を盛大にへこませ、隆起した土片に砕けたチョコの破片と混入させる。
殴られたのは顔面だが、効果という物理攻撃をもろに食らったのは上半身だからなのか、〈エヴォルビンズトップス〉はすっかり消滅してしまった。
これで事実上全裸。
あれだけためていたアピールポイントも、スカートの効果で上げていた300ポイントのみ。
もはや財布の小銭状態だ。
「わたしはカードを二枚ふせてチェンジです」
蓮丈院 AP300 VS セイラ AP1950
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