誰でもない者、本来この世界にいるべきじゃない者
「ま、まだだ! 血液が……足りないなら……血気で……補うまでだッ!」
精神論は反吐が出るほど嫌いだが、俺は血を欲する体に根性を注いで立ち上る。
そんな自分の脚にすらガクガクと笑われる俺の姿を見て、エルドは興を削がれたと言わんばかりに死んだ目で見つめた。
「遊月さん……」
「遊月……」
親愛なる友人として敢然と立ち向かう姿を応援していたはずなのに、マーサもセイラもこの悲惨さを直視できず顔を背けてしまった。
静観する野次馬達も、学園トップで威張り散らす程度の技量では世界トップに勝てるわけがないことを、蓮丈院遊月が体を張って証明してくれていると思っているほど、その素人目でも無謀だとわかる有様に哀れみの感情を目に込めている。
「悪いことは言わん。もうやめておけ、血の次は命まで失うつもりか?」
強がりも一瞬で限界なのか、笑い疲れた脚がガクリと崩れたことでその場で尻餅を付き、噴水に背を凭れる。
虚勢とはいえ立つだけでもやっとなのか、未だに肩で息をするほど体調が芳しくない。
「ただでさえ、今の貴公は記憶が無ければ、技、友、愛、敵、壁、過去、未来、ついでに品までも、ありとあらゆるものが喪失している。ましてや、この学園に来てまで、なりたかったアイドルへの憧れも。これ以上失うものが無い貴公が、なぜ唯一持っている命を散らそうとしてまで、頂点の地位を欲させるのだ?」
挑まれたエルドも、俺からの挑戦が無謀だと自覚していたのか、この戦いは無益だと諭す。
確かに、身命を賭してエルドに戦いを挑んだとて、命を犠牲に得たトップの座は虚しいもの。
そんなことは百も承知。
そもそも俺は、自分の命が消えないためにこんな無茶をしている。
命を代償に運命だけをかえるなんて本末転倒だ。
確かに俺には、何も無い。エルドは別に俺が蓮丈院遊月の体に無理矢理入れられた、他人の魂だと言うことを知っているはずがない。
だが、それでも記憶どころかこの世界の住人ですらなく、失う物が何もない者というのは言い得て妙な表現だ。
しっくりきすぎて俺は思わず笑いまで出てしまった。
「確かにあんたの言う通り、俺には記憶がない。それどころか体は借り物だし、この世界にはあんたのような大層な名誉や血統もなければ、心の底から信頼できる仲間も、帰れる場所や本当の家族、ついでに玉も竿も無い」
誰でもない者。
この世界にいるはずのない者。
全てを赤の他人から強引に借りた者。
そんなことは分かり切っている。
その上で、煌めきの世界とか、別次元の世界の命運とか、無関係な上に義理すらないはずの俺に有無をいわさず利用するために、個人を人質にとっていろいろと責任を押しつけてくる。
これが普通の状況なら「ふざけるな」の一言で全部断ってやりたいところだが、それ以前に無茶苦茶な法則で回っている世界につれてこられたせいで、ここまで無茶をしないといけない使命が発生してしまった。
「だがな、例え負ける気しかしなくても――この世で一番強いあんたを相手にしてでも、蓮丈院遊月が生きている証を刻まないと、俺は自分が誰なのかもわからないまま未来が迎えられなくなるんだよ!」
記憶はないが、俺という命そのものはこの世界にちゃんとある。
それを絶対に失いたくないという執念と、生き物としての本能だってある。
何よりも、全てが複製されたレプリカの世界で、主人公の噛ませ犬を担った三下の役を演じてからフェードアウトなんて、あまりにも情けなくて死にきれない。
情けなくて呆れられてもいい。
ただ死にたくないという一心で、俺はガタついた体に鞭を打ってもう一度立ち上がった。
「馬鹿者が……」
叫ぶほど切実を胸に抱いて立ち直す俺を見て、エルドは短く、そして冷たく一蹴する。
ただ、その一声は傲慢故に愚者を見下すような顔ではなく、一番大事なことが理解できていないバカ者を哀れむような呆れた顔から出された。
「己を変えようとする貴公の勇気は買う。ましてや期待はずれだとも思わない。だが、それほどの勇気を胸に宿しておきながら、なぜ結果だけを死に急ぐように求める! 己自身が万全でないことを自覚しておきながら!」
「時間”も”ないんだ! 俺には!」
「そうか! ならば、私がゆっくり己と向き合う時間を作ってやる!」
限界の状態に陥っても意地でもゲーム続行の意志を変えない俺に、痺れをきらしたエルドが手札に手を伸ばした。
悔しいが、こんなに心血注いで運命に抗おうとしているのに、こいつには何一つ叶わないなんて。
負けるつもりは毛頭ないのに、これ以上勝ち筋がひらめかない。
やはり、「俺」では無理なのか。
デッキに願いや想いを込めた「蓮丈院遊月」でないと、この運命を変えることは……
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