専用舞台〈ルチェラ・テメノス〉
蓮丈院遊月 AP1250 VS 藤丸エルド AP1300
「私のターン。ドロー」
二度目のエルドのターンが回ってくる。
こちらの初手が空振りに終わった以上、このターンからさらに気を引き締めなければならない。先攻一ターン目が過ぎれば、エルドもスタンバイを宣言できるから。
先攻もらったのに全く減ってない手札からあり得ない展開力を見せてこちらになにもさせずにゲームエンドまで運ぶことだってあり得る。
「貴公からせっかく対戦のお誘いを受けたはいいが、この場所でやるには少々窮屈だな」
新たに加えた手札を一別するなり、エルドは今になって煩雑した生徒会室を見回してそう言い出した。
「か、会長……もっと早く気づいてください」
乱入者の俺にボコボコにされた挙げ句、会長から発した衝撃によって壁際に叩きつけられるほど追いやられた生徒会の役員が、哀れにも同情したくなるほど息も絶え絶えと言わんばかりに弱々しく訴えた。
「さて、貴公との対決にふさわしい舞台は、改めてこちらが用意するとしよう」
自分が用意をする。このセリフに対して俺が軽口を挟む余地を与えず、エルドは手にした一枚をスキャナーの読取盤に叩きつけた。
「ミュージックステージ〈ルチェラ・テメノス〉発動!」
ミュージックステージ。聞き慣れない種類のカードだが、おそらくBGミュージックに次ぐ、別の種類のミュージックカードだろう。
それがエルドの手によって発動されたとき、周りをうっすらと漂っていたプリズムストリームが待ってましたといわんばかりに活性し、ひどく乱れた生徒会室に変化をもたらした。
自分とエルドを含む人間をのぞいて、自分の目に映る世界が崩壊したかのように虹色の靄に包まれた。
虹色の幕が濃くなったのは一瞬で、小火が上らせる煙の如くあっと言う間に薄くなった時には、あの狭い生徒会室から、等間隔で聳える柱の隙間から見える、青々とした澄み切った空に囲まれた神殿の中へと変わっていた。
一言で言うなら、天空に聳える神殿。
さっきまで密閉された狭い学校の一室にいたはずなのに、呼吸に窮屈感を覚えないどころか、本当に空の上にまぬかれたかのように、冷たくそよ風よりも少し強い風が体をさますように肌にあたる。
絵の具をぶちまけたような青空の中に、積乱雲みたいに密度の高い雲が離れ小島の様に周りに配置され、その上には本来なら建つことが物理的にあり得ないパルテンノンみたいな神殿が神々しく聳えていた。
おそらく俺達が建っているこの神殿も、同じく雲の上に立っているのだろう。
「我が専用の舞台〈ルチェラ・テメノス〉へようこそ。ここは勇気ある者を歓迎する聖域。喜べ、蓮丈院。この舞台に招待された者は、無惨に敗北しても英雄の聖骸として納められるぞ」
エルドが展開した魔法のステージは、その実演として、空の彼方から一九世紀の名画家であるウィリアム・アドルフ・ブグローが描いたような丸々とした天使達を寄越し、床の上でうつ伏せていた役員達を持ち上げて、天から柱のように延びる黄金の光を道標に、ここよりさらに上の空の彼方へと運んでいった。
「「天に召しちゃった!?」」
「会長! 私たちまだ死んでません!」
という悲痛な叫びが遠のくほど壮絶な演出を見せられ、セイラとマーサが思わず驚愕の声をあげる。
「滅茶苦茶だな……」
カード一枚でここまでリアルな舞台を余裕で一つ作れるプリズムストリームにも驚きだが、ジェネトともに次いでそんなカードを普通に持っている生徒会長の戦略にも度肝をぬかれた。
「だが、会長さん。あんたは、わかっているようで、なにもわかっちゃいない!」
この程度で臆している場合ではない。
俺は曲がっていた背筋を改め、藤丸エルドに向かってピンと指をさす。
「英雄の魂を天使が運ぶ件は北欧神話! ついでに貴様が寄越した天使はフランス人画家が発祥だ! このギリシャ風の神殿とはミスマッチだ!」
「「何の話!?」」
「まだ発動しただけで驚くのは早いぞ。我が聖なる舞台〈ルチェラ・テメノス〉の本来の効果はこれからだ」
揚げ足狙いの指摘を華麗にスルーしたエルドが、頭上へと掌を掲げて舞台に効果の発動を命じる。
「〈ルチェラ・テメノス〉の最初の効果。このミュージックステージが展開された時、自分のAPが着ているコスチュームの合計APと同じ場合、デッキから〈ゴルドアプフェル〉ブランドのコスチュームを一着手札に加える!」
最初の効果は、自分のAPと出したコスチュームのAPが等しい――逆いえば、AP1300のコスチュームを着ているけど【飾血】してー50消費し、実質1250になっている俺の場合では成立できない――場合にのみ発動できるという限定条件がありだが、成立した場合はデッキから手札に寄越す無難な探索効果だ。
「私はこの効果で〈ゴルドアプフェル アイギスバレッタ〉を手札に加え、それを通常コーデ!」
掲げた掌に光の玉が寄ってきたかと思うと、それが長方形の形へと変形して一瞬で一枚のカードへと姿を現す。
それを手札として手に取ったエルドがスキャナーに取り込ませると、雲かと思うほど毛量のくせっ毛の白い頭に、金色の盾をあしらったバレッタが飾られた。
「〈アイギスバレッタ〉が出たッ!」
「遊月さん! 気をつけてください! エルドさんの展開する戦略の軸は、その髪飾りです!」
戦略の軸。
それがあっさり出されたことによりマーサが苦い汁を飲みきった様にうなり、セイラもとっさに助言を送ってしまうほど。
「さらに! 私が〈アイギスバレッタ〉をつけている場合、手札から〈ミネルキルシェシューズ〉は追加コーデされる!」
ヘアアクセに次いでつられて出したのは、ワンピースと同じ名前を一部冠しているシューズ。
ぱっと見から皮のサンダルかと思いきや、表面に金色の布をサンダルのように張ったブーツだ。
「ワンピース、シューズ、ヘアアクセ……これでエルドの方が先に全部そろったわけか!」
「まだだ! 〈ルチェラ・テメノス〉のさらなる効果! このカードが存在する状態で、〈ゴルドアプフェル〉が三種類揃ったときフルコーデボーナスとして、そのコスチュームのAPを100ポイントずつアップさせる!」
舞台効果の助力もあってそろえやすくなったからとはいえ、フルコーデの恩恵として100ポイントぽっちはしょっぱいかと思ったが、実際は合計300アップし、それによってエルドの現在の合計APは2350。
フルコーデそろえられた上に、あと一息で限界まで到達できる数値まで上げられた。
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