最強への果たし状~今世紀最大のイキり芸~
「なんのつもりだ? 蓮丈院遊月」
【ユーバメンシュ】養成学園の生徒会長である藤丸エルドが生徒開室に戻って早々、セイラとマーサをつれて一足先に入室していた俺と顔を合わせる。
アニメだと思っていた世界は実はパラレルワールドだと説明されても、【ユーバメンシュ】という格式ある学校に備えられた生徒会室の間取りや内装は、適当に空いた教室を使って専用の部屋を用意しなかった学園生活を送っていた俺の記憶にあったものと大きく違っていた。
冷たいタイル床の廊下から一歩またぐと、布地のカーペット床。歴代生徒会の活動を納める記録を保管するのに、職員室にある金属ロッカーではなく、謎に艶のある木材で作られた本棚がおかれ、どう見ても学外の来賓用にしか見えないエナメルのソファー、上を見上げれば蛍光灯ではなくシャンデリア。
ついでに俺がどっしりと天板の上で胡座をかいているのは部屋の配置からして目の前の生徒会長様が校務で使うための上長席だが、安っぽい折り畳み式の長机ではなく社長だのお偉いさんが使う高そうなエグゼブティブデスク。
まさに学園モノのアニメにおける、謎に権力が強い生徒会の本拠地と言い得て妙な内装だった。
もっとも、せっかく絵というかマンガに描いた様な豪華な生徒開室が、遊びに来た俺達が派手にはしゃいだせいで、溝鼠かゴキブリでも迷い込んだ後かと思うくらい、高級な家具がひっくり返っているわけだが。
「見てわからないか? お前を待っていたんだ、生徒会長殿」
勝手に押し込まれた異世界に隠された衝撃の真実と、己に架せられた寿命の短さと、その運命を変える分岐点の見つけ方を聞かされたあの日から数日後。
蓮丈院遊月が悪役令嬢として主人公の行く手を阻み、その報いとして物語から退場する回が来るまで……すなわち噛ませ犬としての役割を終えて消滅するという完全なる死期が訪れるその前に。
俺が見出した運命の分岐点の一方。
この【メガミ・リンカネーション】の舞台世界で、主人公のライバルにして作中最強と名高い藤丸エルドに会うために生徒開室へおじゃまさせてもらった。
「質問が悪かったようだな」
望みの返答を得られず機嫌を損ねるかとおもったが、エルドは呆れるどころかまるで動じていないほど表情を変えず、そのまま生徒会室の中心まで歩む。
その足下には、そっぽを向いたり脚が天を向いているソファーやテーブル、そしてまばらに散らばったカードに混じって、数名の生徒がうめきながら突っ伏していた。
「まず貴公が再起不能にした生徒達は、我が校の生徒会にて重要な役職に就いている役員達だ」
殺してはないが、有様はまさに死屍累々。
この生徒開室にいた役員共には、生徒会長が来るまで、暇つぶしとしてセイラとマーサと共に遊び相手になってもらった。
生徒会の役員という藤丸エルドに率いられている身の割には、実力にかんしてはお茶請けのアラレよりも歯ごたえがなかったが。
「そして貴公が厚かましく胡座をかいているのは生徒会長である私が校務を行うために必要な机だ。それを貴公のような一般生徒が来室したことで生徒会の全業務が遮られるとは、さぞ火急の用なのだろうな?」
藤丸エルドの柳眉が逆撫でしたことで、一瞬だけ虹色の風が吹き込んだかと思いきや、この狭い生徒会室に空気ではない気迫による重圧がかかった。
その仁王立ちから発せられた威圧は胎の中で相当怒っているエルドの心情に呼応しているのか、部屋全体を圧し潰さんばりに被せられ、それまで平然と立っていたはずのマーサやセイラをも戦慄させた。
「当然、俺にとっては火急も火急さ」
天井から透明の重たい布団が掛けられているであろう気迫の中、俺はケロリと返した。
怒りの生徒会長を前に畏怖も屈服もしていない蓮丈院遊月を目の当たりにしたセイラやマーサ、そして生徒会室にいる面々が、驚きの表情で蓮丈院遊月へと視線を向けてくる。
作中最強と名高い藤丸エルドだからこそ放てる威圧なのだろうが、こちとらイカサマや手加減があったとはいえ、つい先日この物語の締めを飾る最強のラスボスに単身で討ち勝った身だ。
今更小娘一匹の放つ気迫に圧されるほど、手緩い死線のくぐり方をしてきたわけではない。
「貴様に喧嘩を売りに来たんだ」
胡座の体勢から片足をあげて膝を立てながら、俺は改めて用件を口にした。
「喧嘩?」
エルドの片眉がピクリと動いた。
「ご挨拶だな。だが、私には貴公に喧嘩を売られる覚えもなければ恨みを買った覚えもない。ましてや、当の貴公でさえ、自分の名前すらまともに覚えておらぬのだろう?」
「確かに蓮丈院遊月が藤丸エルドに対して、どういう感情を抱いていたのかは俺も覚えていない。だが俺には俺で藤丸エルドに対しての不満があるから、こうして喧嘩を売りに来たんだ。せっかく学園のトップの座についているのに、すぐ真上に本物のトップがいると言うのがどうにも気に入らなくてね」
「ほう? 貴公の口からついにそれが出るようになったか。ついこの前、私が誘った模擬試合ですら遠慮していたことも忘れたようだな」
「ふぅん、そいつはもったいない。非常にもったいない。折角、生徒会長殿から直々にデートのお誘いを無碍にしていたとは。本当なら俺が遊月に代わって埋め合わせをしてやりたいところだが……」
そう言いながら腰を上げた俺は、意地でもエグゼブティブデスクの上から降りず、その天板の上で威風堂々と腕を組んで佇みながら藤丸エルドを見下ろした。
「あいにく俺には時間がないのでな。いつまでも学園トップなんて猿山の大将を気取っているわけにもいかない。俺が蓮丈院遊月である内に、世界で一番強い貴様を倒して、遊月に世界で一番強いアイドルになってもらう!」
俺には藤丸エルドのように弱者を圧する気迫も放てなければ、虹色の風を吹き込ませるほど純粋な心もない。
だが、煌めきを伝える使者から面と向かって鍛え上げられたことで、その威圧すらはねのけられる精神を手に入れた。
生徒会長専用の机という玉座を足場にして、人一人高い位置から、俺は蓮丈院遊月として藤丸エルドに宣戦布告を叩きつけた。
「それで見下したつもりか?」
無礼講は承知、というか意図しての煽惑。
強者の証であるジェネともを持たない蓮丈院遊月からの挑戦状など、多忙等を理由に受け取ってくれないだろう。
だからあえて、エルドの怒りを買って意地でも戦わせるように扇動したつもりだったが、エルドは怒りを募らせるどころか逆撫でっていた眉が緩んだ。
「しかし、貴公の言うことも一理あるな。いや、ようやく理解したかと言うべきか。確かに私もこの学園に籍を置いている以上は貴公と同じ生徒。その私を倒さねば、真のアイドルとは呼べぬだろうな」
挑発する蓮丈院遊月の戦う理由を聞いた途端、何故か納得したエルドの心に何かわいたのか、さっきまでぶ厚くて重苦しい幕を被せたような威圧ごとエルド自身の表情から剣幕がはがれた。
「わかってくれたようで何よりだよ」
狙った反応とは違うが、望む回答を得られた俺は、デスクの天板から跳び降りて改めて藤丸エルドと対面する。
作中最強の生徒会長藤丸エルドが、噛ませ犬の蓮丈院遊月に対してどのような思いを抱いていたのかは知らないが、こちらが直で手渡した果たし状を快く受け取ってくれるようだ。
「――ノクチュ!」
エルドの纏うブレザーのポケットが突然異様にもぞもぞうごめいたかと思いきや、その小さいポケットからポンと間抜けな音を立てるほど勢いよく這い出た生き物が、妙な鳴き声をあげながらエルドの顔の側に現れた。
銀色のモーターみたいな寸銅型の体型に同じ銀色の翼とくちばし、そしてクリクリとした丸い相貌。
例えるならモーターとフクロウが合体した生き物。
この生き物とよく似た奴を前にも見たことがある。
エルドの従妹マイリーが飼っている、バヨネと鳴いていたあのマスコットと。
ということは、あのフクロウが藤丸エルドのパートナーを組むジェネとものようだ。
「下がっていろ」
戦う気になったパートナーの心に反応したのか、参戦のつもりでポケットから這い出たのにエルドはせっかく現れたジェネともにそれだけ言って遠ざけさせた。
足下で敗北した生徒会役員が使っていたマイク型スキャナーをガンプレイするカウボーイの如く人差し指でクルクルと弄びながら拾い上げ、改めて力強く握りしめる。
「挑まれた以上は受けて立つのが我ら藤丸一族の流儀。だがそれ以前に、正当な理由もなく生徒会に立ち寄ったあげく再起不能にした貴公の処分を決める審判を、この対決を持って下す!」
「ふん! 負けたときには栄えある藤丸エルド様の犬でもネコにでもなってやる!」
威圧が晴れて冷や汗を流しながら一息吐いているセイラを呼び、こちらにもマイク型スキャナーを投げよこす。
「皮肉なものだな。記憶をなくした方が、殊勝になるとはな」
エルドの広角が小さくだが上がった。
笑っているようだが、その笑みが言葉通り皮肉からの嘲笑なのかそれとも別の意味が込められているのかは分からない。
だが、これで藤丸エルドにスキャナーを握らせるところまで対決の準備が進んだ。
互いにマイク型スキャナーの集音部にデッキを挿入し、エッジから虹色の読込盤を噴射させると、締め切っていたはずの生徒会室に虹色の風が吹き込んでくる。
しかし、その風は藤丸エルドを中心に軽く渦を巻き、対峙する俺への向かい風として吹いてくる。
だが、別にこの状況は初めてではない。
もう後戻りはできない。
ラスボスのフェズ=ホビルクと戦った次は、作中最強の藤丸エルドと対決。
この戦いで物語の分岐点を切り替える。
「「オン――ステージ!」」
蓮丈院遊月 AP0 VS 藤丸エルド AP0
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