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生き残る術は「メアリー・スーになる」こと

「クソッ、俺を選んでこの世界に呼んだのは、まさか嫌がらせのためとかじゃあないだろうな?」



 こんな脆弱な構造のまま世界を作った奴にも腹が立つが、それを承知の上で俺をこの世界に送り込んだ目の前の二人にも同じくらいむかっ腹が立ってきた。


 俺は悪態をつきながら、足下に放置されているもう一個の金盥に拳をたたきつけた。


 華奢な少女の体だが、八つ当たりによるその一打は、頑丈な金盥を痛々しく凹ませた。



「この事件が解決すれば、元の世界に返してやる。貴公が想像できない恩赦もつけよう」



 流石に気力を削がれた相手になると、強固に構えていたマスコットでも必死になり始める。



「解決だと? そもそも素人の俺に頼らなくても、貴様等だってれっきとした世界の部外者ではないか。あれほどの強さを持ってすれば、主人公だって捻られるはず」


「フェズは役割上でも実質上でも部外者とはいえ、物語の中枢を担うキーパーソンじゃ。物語の進行に大きすぎる支障を来しては、犯人に警戒されて捜索が思うように進まん。最悪の場合、フェズの役割が消失して彼女が消えてしまう」



 ここで長々としゃべり続けた孔雀が、単なる息継ぎなのか、それとも不甲斐なさを憂いた苦悩からなのか、話を一度切って大きくため息をついた。



「隠れ蓑としてこの世界のフェズの姿を乗っ取ったのが悪手じゃった。貴公の魂がレプリカの蓮丈院遊月の肉体に転送したのと同じように、精神を書き換えたこの肉体がこのレプリカ世界の産物であったがために、フェズも同様に容量整理のシステムを受ける羽目になった。おまけに、侵入に警戒した創造主が厳重にプロテクトをかけたことでレプリカ世界からの撤退もできん。フェズは貴公以上に、この世界のフェズとしての役割を果たさねばならんのじゃ」



 たしかに物語の舞台である場所を中心に世界が回っているのなら、レギュラーキャラであるフェズよりも、俺が体を借りている蓮丈院遊月はマークに値しない早死者。


 名前のついたモブではないが、主人公を立てる「噛ませ犬」程度では警戒すべき管理対象から外れてもおかしくないと、こいつらは踏んでいるらしい。



「それに、このまま何も知らずにふて腐れているようでは、フェズよりも先に貴公がシステムによって消されてしまうぞ」


「このまま消えるか、犯人を倒して英雄になるか選べというのか? 荷が重たい選択肢だな」


「いや、儂らが貴公に頼むのは、犯人に手を下すことではない。その危険な役は、フェズが責任を持って執行する」



 随分と妥協したお願いの内容になったが、むしろ危険な方の大役を背負わされたフェズに視線を移すと、相変わらずそれが普通であるかのように微動をだにしない。



「最長まで寿命を延ばした貴公はともかく、フェズに与えられたタイムリミットはアニメ換算で51話の後。これを過ぎるとフェズの役割は完全に終わり、条件の有無に関わらず消滅してしまう。無論、そうなると貴公を元の世界に戻すこともできなくなってしまう」


「つまり最終回を過ぎた直後ってことか。本編の時間軸だと次の春……1年後か。それまでに俺と手分けして探せというのか?」


「いや、下手に捜索に参加すれば、貴公が物語に関わらなくなって消滅しやすくなる。それよりも、もっと効率の良い方法がある」



 その方法の内容を示すように、マスコットは細い手羽先を指代わりに俺に差し向けた。



「貴様には蓮丈院遊月としてこの物語に参加し、この一年間でレギュラーキャラに昇格できるくらい派手に存在感を出すのじゃ。存在しないはずの登場人物がシナリオにない活躍をすれば、この世界に定められた予定調和が崩壊する」


「俺にメアリー・スーになれ、ということか」



 世界に不要と見なされないほどの存在感を出す。


 それは要するに、【メガミ・リンカネーション】の中で主要キャラに出世しろということ。



「12話までの消滅を回避する術は、今さっき感づかせた。つまり、貴公が意識すれば存在感を出し、新しい役割を得ることだって可能じゃ。常に自分の必要性をこの世界に出させることが、寿命を延ばす有効手段じゃ」


 感づかせた。というのは、先ほどの仕込みあり〈エンプリス〉による試練のことだろう。


 このまま進めば負けが確定していた戦いでも、綻びを見つけて舵を切り返せば、回避できるというもの。


 フェズがあらかじめドローの予言を繰り返していたのは、俺にターニングポイントのベストポイントを気づかせるためにあった。


 やり方を示した上で、やんわりと小さなパラドクスを生じさせろと簡単にいってくれるが、それを自分の命を懸けて実行しろとほざく。


 これから常に爆発寸前の時限爆弾を前にして、赤か青かのコードを切り続ける命がけの選択に望めといっているようなものだ。



「この際、手段は問わん。主役の座をとろうが、同性ハーレムを築こうが、主役からヒーローを寝取って正式にお付き合いしようがかまわん。予定された運命を狂わせて犯人を燻し出す。すなわち陽動こそが、貴公に与えられた重要任務じゃ!」



 なるほど、ニワカ以下な上に性別も異なる俺を選出したのは、律儀にシナリオ通りに進ませるガチ勢では決してできないほど信じられないシナリオ破綻ができるからだと言いたいらしい。


 愛情は時として、大きな足かせになるとは皮肉な話だ。



「幸いにも、この世界での物事の解決手段は〈エンプリス〉に委ねられておる」



 孔雀が指のない手羽先で、俺の腰に下がっているデッキホルダーを指す。


「〈エンプリス〉の腕前さえあれば、貴公の存在価値はおのずと上がるはずじゃ」


「カードゲームの勝敗で全てが決まる。ホビーアニメの宿命ってわけか」



 世界の創造神と勝者に微笑んでくれる女神は別物らしいのか、いくら先の未来という展開がすでに決まっている世界でも、〈エンプリス〉での勝負の行く末までは操作できないらしい。


 ついでに言うと、物事を決める重要な手段に話し合いよりもカードゲームを優先させる独特な倫理観までも、都合良く変更することはできなかったようだ。



「その代わり、再起不能や完全なるシナリオ通りの進行は阻止するのじゃ。そうでないと、蓮丈院遊月としての役割を失った貴公は、その時点で消滅してしまう」


「女の子に変な事をして投獄されないようにね」


「ご忠告どうも」



 どのみち、こいつら《煌めき》の使者側に従うしか、元の世界に帰るどころか送られてしまったこの世界ですら生き残る術はないということか。

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