粗悪なレプリカ世界の弊害
「我々は、その汚染流出を止めるために【煌天界】から使わされたのだ。この世界の創造主の目を掻い潜り、この世界にすでに登場人物として存在していたレプリカのフェズ・ホビルクの存在情報を書きかえてな」
「誰が汚しているのかは判明しているのか?」
「残念ながら、目下のところ捜索中じゃ。それに加えて、今は汚染流出の遮断だけでも手一杯。それもかなり無茶な方法を用いておるため、長期間のシャットアウトはできない」
フェズの腕の中で、孔雀が顔に大粒の汗を浮ばせている。
孔雀は鳥類で全身は羽毛に追われているはずなのだが、禿げているというか最初から羽毛どころか産毛すらなく剥き立てのゆで卵みたいな表皮に、どれほどこの事態に苦悩しているのか見てわかるほど汗の筋を何本も描いていた。
「そのしかめっ面を見る限りでは、かなりの苦肉の策だったようだな。どういう食い止め方をしたんだ?」
「このレプリカ世界と不正に繋がっている別世界へのプリズムストリームの供給ラインを遮断した。今頃、被害を受けたその世界は、しばらくするとまともにライブとかができなくなる」
プリズムストリームを横取りされた上に上層部から供給をバッサリ止められた別世界のとばっちり具合を、相変わらずフェズはうまい料理の味を説明するよりも軽々と説明する。
「供給を止めたと言ったが、俺達はつい先ほどまで〈エンプリス〉でプリズムストリームをかなり活用していたが……」
「蛇口を止めたところで、浴槽にまで貯められた水までもが消えるわけではない。幸いにも、この模造世界にはまだ汚染されていないプリズムストリームが実質世界二個分も貯蓄されておる。そう簡単には枯渇はしないじゃろう」
世界二個分というパワーワードをこの耳で聞けたのは、多分この瞬間だけだろう。
「もっとも、遮断されたことに業を煮やした犯人が、別世界に供給ラインを切り替えてくれるのであれば、すぐに尻尾がつかめるのじゃが……」
「世界を平気で作れるような奴が、そんな初歩的なヘマをするとは思えないな」
「おまけに、その強制執行によってこの世界を作った犯人にこちらの介入を察知された。次なるラインを探す前に、血眼になって【煌天界】との接続源となった我々を探し、排除の方に勤しむはずじゃろう」
探索からの排除。
今まで他人事のように聞いていた俺だったが、自分の身に危険が及ぶ不穏な言葉を耳にしたとき、俺の頭が額から頬にかけて冷たくなるほど血の気が引いた。
「――ちょっと待て! 我々ってことは、俺も含まれてるってことか?」
フェズと俺は互いに住む世界が違えど、そもそもこの模造世界の者じゃない。そんなフェズの手によって魂をレプリカの蓮丈院遊月の中に移した上に記憶まで封じられた俺も、不本意ながら強制的にフェズ達【煌天界】側の関係者になっていたということだ。
「概ねその通り」
下手をすれば逆に狙われる立場に立たされたこの状況を当然だと答えるフェズに、流石の俺も血の気ごと冷静を削がれてしまった。
「冗談じゃない! いきなり何の説明もなく、ましてや何の縁もない俺が女児向けアニメの悪役令嬢にされて、ついでに記憶まで操作させられて、今度は正体も動機もわからん連中に狙われるだと! ふざけるのも大概にしろ!」
「こちらにも事情があって貴公を選んだ。許しもなく無理矢理巻き込んだ上に強制させてしまったことは詫びるが、こちらにしてみれば貴公は願ってもない人材なのだ。全ての次元世界から必要とされておる。その事実はかわらない」
「あえて俺を選んだだと? 痛恨の人選ミスだとしか思えないな。メガリンに触れたのも、暇つぶしで無料放送を一度さらっただけだし、見飽きたライブは飛ばしたし、ましてや監督どころか声優の名前すら覚えてないんだぞ。おおよそ、模範的な視聴者とは呼べない」
記憶を封じられている以上は憶えていないことの方が多いが、【メガミ・リンカネーション】を見ていた事実という記憶だけは美澤マイリー戦の後でフェズによって返してもらった。
確かに最終回まではきっちり見たが、だからといって監督やスタッフ、ましてや声優などに関心をもつほどアニメに熱中できる趣味を俺は元々していなかった。
「聞いて。あなたは管理者に発見されて直接排除されるよりも、恐ろしい宿命を背負わされているの。もちろん、私にも」
それまで機械的にマスコットの説明に肉付けばかりをしていたフェズが、ここに来て説得するように会話として割いってきた。
「小僧、蓮丈院遊月の本来の出番は何話までか覚えておるか?」
「十話前後だったかな?」
「正確には12話じゃ。じゃが、もし貴公が我々の忠告を聞き入れず、物語通りに舞台からフェードアウトした場合どうなると思う?」
「その口だと、アフターライフで再復興はさせてもらえないらしいな」
「物語での役割を終えた演者は、文字通り消える。本当にフェードアウトしてしまう。そうなった場合、遊月の肉体ごと、あなた自身もプリズムストリームの中に溶けてしまう」
冷酷も同情もなく、何も込められていない宣告。
そのあまりにも予想の斜め上どころか右肩下がりの結末に、俺の中で石を打たれたガラスのように何かが崩れた。
フェズが伝えたのは消滅――つまり死。
一度は額が冷たくなるほど血の気が引いたが、追いついた理解が焦燥を生み出し、鈍く動いていた心臓が再び稼働する。
「じゃあ、このままだと俺の寿命はあと数日ってことじゃないか!」
急ピッチで脈に血を送ったことで頭にまで余計な分が行き渡ったのか、反発するように興奮した俺はフェズの両腕をつかむ。
かなり強い力で二の腕を握った上に、がくがくと頭を揺すられたというのに、フェズは涼しい顔でされるがまま俺を見続ける。
「概ねその通り」
「淡々とするなぁ!」
「消滅の危機に瀕しているのは貴公だけではないわ、このバカポンタン!」
噛み付かんばかりに顔を迫らせる俺に、文字通り冷や水をかけるように、今度は水の張ったたらいが投下された。
「どうもこの世界は、一夜城の如くかなり適当に作られた質の悪い模造品。そもそも赴く世界は、まずゼロという原始の世界を経ている。しかし、この模造世界はコピーペーストされたかのように、【メガミ・リンカネーション】の物語が始まる段階の状態で出現したのじゃ」
「お前等の仕事環境の好みなどどうでもいい。この模造品世界の欠陥を教えろ」
ずぶ濡れにされた俺は、水を吸った遊月の髪を雑巾のように絞りながら皮肉を返す。
「生物の維持管理が杜撰」
今度はずいぶんと端的にフェズが答えた。
「貴公はこの世界をアニメの世界だと解釈しておったな。この場合、七割方正しい表現じゃ。言い換えるなら、ここは『世界』ではなく『舞台』だと表現する方がいい」
「体育館の壇上、公民館のホール、多目的施設のステージ」
「想像しやすい比喩の提供ありがとう。だが、『舞台』と『世界』の違いはなんだ?」
「全てが自然である世界に、存在を強調させるスポットライトはない。誰かが一番幸せになっている同じ瞬間に、一方の誰かが一番不幸になった時でも、世界の動きそのものに影響などでない。つまり世界の中心として動かす主人公、そして名前も知らぬモブなどいない」
命の価値は、地球規模で見れば同じ程度。人生生きていれば誰もが主人公といっているようにも思うが、この状況ではそんな前向きな意味での話でもないらしい。
どんなに目立っても広い世界にとっては全員モブだと言い切られると、どうにも夢がないが。
「つまり、舞台だと例えられたこの世界はその逆で、物事の全てが【メガミ・リンカネーション】の物語通りに進行し、それに応じて登場人物達を中心に動いているってわけか。でも、それが俺の消滅と何の関係がある?」
「役目を終えた役者は舞台袖に下がる。そして二度と出ることはない」
「カーテンコールもなさそうだな」
「だんだんとわかってきたようじゃな」
「聞きたかったこと以外はな」
ふて腐れた俺は、頭上に落とされた金盥の一つをひっくり返して椅子代わりに腰掛ける。
「この世界は、まさに【メガミ・リンカネーション】の物語を演じるために生まれてきた舞台世界。しかし、その為だけに創造されただけではやはり処理能力が追いつかず、つねに容量不足に悩まされておるようじゃ」
「模造世界という名の、デカいが容量がお粗末なサーバーだと言うわけか。ずいぶんとモブに厳しい世界のようだな」
有名ホラー映画の原作小説みたいな世界観だな。
と思いついた矢先、やはりこういう情報だけは地味に覚えている自分を不思議に感じた。
「容量を保ちつつ、常に潤滑に世界を回すには、不要物も同時に排除しないといけない」
「クリーンアップとデフラグが常に行われているということか。一気にSF映画臭くなったな」
役目を終えた役者は舞台袖に下がる。フェズがそう表現したわけがわかった。
本当はアニメの世界ではないと説明する現実と、この世界はアニメの世界だと突きつける状況。
アニメと反比例して現実は厳しいといわれているが、アニメ内での現実はそれ以上に過酷だ。
特にモブや使い捨てキャラとしての命運を与えられたモノにとっては、交尾を終えた昆虫の雄よりもひどい死の宣告が待っている。
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