プリズムストリームの謎
「もう一度聞く。お前達は何者だ」
無知に託けて弄ばれる前に、俺は荘厳と佇んで二人を睨みつけながら、もう一度問い質した。
「全ての世界は繋がっていないようで、繋がっている」
「何だって?」
「世界の概念とは、地球という一つの有機物のみで成り立った惑星の上で成り立つ文化や思想の塊である。それは、己の限られた知識の末に見つけた事実を、人類の叡智だと宣う探求者達が科学を言い訳に限界を設けた狭義的理論。この論理は強固な事実の壁に覆われたことで、探求者が説く非科学的なことが起こらぬ限り覆らない」
「長ったらしい講釈はやめろ」
対決の最中でも必要なことは滅多に喋らなかったくせに、突然博物館の音声ガイドマシンの如く言葉を吐き続ける前にフェズを止めた。
「小僧、【メガミ・リンカネーション】と貴公が呼ぶこの物語において、フェズ・ホビルクが何の役割をもってこの世界に使わされたのか覚えているか?」
「ああ、確かこの世界に《煌めき》を広めるために。なんとかワールドという世界から派遣された使者って設定だったな?」
孔雀型のマスコットの問いに、俺は少ない記憶を元に思い出して答える。
「そう。心の《煌めき》。プリズムストリームの源である【煌天界】から命を受けて派遣された私たちは虹色の脈を辿って次元を旅し、赴いた世界に新しい《煌めき》を広め、何万カラットの宝石の様に輝くまで磨き上げること。それが私の使命」
「ああ、確かにアニメ本編でも明言されていた」
「じゃが貴公は、フェズ達が伝導させたその物語が本当にフィクションだと思っておるのか」
孔雀が目をつり上げて意味深に訪ね返す。
「当たり前だ。全て漫画での世界の話。架空の出来事だ」
「しかし、それらアニメが別次元の世界で起きた事実に、若干の着色を加えたノンフィクションであったと説明されたらどうする?」
「言っている意味がわからない。あのアニメには制作会社があって、スポンサーもいて、感性がぶっとんだ監督や脚本家、声優陣、それらが全て心血注いで全国の女の子達のために放映されたエンターテイメントのはず……」
身も蓋もないことを言えば、単なる販促アニメ。すなわちテレビで放送されたアニメを通じて、それを見て憧れた子供達に〈エンプリス〉という玩具を買わせるための宣伝娯楽番組。
アイドルとカードを融合して生み出されたコンテンツを扱う製作会社はいくつか存在する。
それらが企業同士でブランドを立ち上げては差別化を図り、競り合うように展開している。
その中で、特に【メガミ・リンカネーション】を含む【エンプリス】シリーズは、同じアイドル系カードゲームを扱う他社との差別化の一環として、商業展開する当時に世間で出回ったトレンドと含ませて、マンネリを防ぎつつも毎年毎週放送してはシリーズを重ねていた。
全シリーズが直接的に明言されていなくとも微かに関連が仄めかされているのも知っている。
だが、所詮は制作者達のお遊び。
単なるファンサービスのはずだった。
「まさか、あのシリーズは全て……」
ぞっとはしなかったが、それに似た衝撃が脳天から下ろされた杭の如く身体に届いた。
「そう、全て別次元で起きた事実をアニメーションとして描いた叙事詩」
フェズが頷きながら答え、それに孔雀が言葉をつなげる。
「実を言うとのぅ。貴公が現実世界と呼称する世界もまた、プリズムストリームが与えられ、フェズのように訪れた使者によって一度は輝いた世界でもあったのじゃ」
一瞬だけ口を閉じて、孔雀が言ったことを改めて吟味する。
「つまりこういうことだな。俺が本来いた世界と、【メガミ・リンカネーション】の世界はまったく異なる文明や文化を持った別の地球―――要するにパラレルワールドという関係であり、この他にも無数に別次元の世界も同時に存在している。そう言いたいわけだな」
「及第点じゃな。ただし半分の上ぐらいの」
自分なりに説明された内容を掻い摘んで要約したが、マスコットは顎だろう嘴の下を指のない手先で掻いてそう評価した。
「んん、ちょっと待てよ」
説明ばかり流れる会話の中で、俺はさらに待ったをかけた。
「プリズムストリームは、確か俺達が使うスキャナーの原動力になっている物質だったな」
「確かにプリズムストリームには貴公の言うとおり、カードにデータとして収縮された衣装を具現化させる機能もある。じゃがそれだけではない。
この他にも、ある一定の空間から隔離させることで即座に着替えさせる変換機能の他、氷がなくとも自由に滑ることができる滑走慣性、演者の心や感情を五感に訴えさせる疑似映像効果、膨大なサーバーを必要とせずともより実体的にかつ広大で多機能を常設した電子世界を形成できる演算能力、インターネットと併用することでより効率的に映像を配信できる通信網の完成など、アイドルの活動に一躍を買っておる」
「そんなのが俺たちの世界にも流れていたと?」
「その通りじゃ」
「馬鹿な! そんな便利なエネルギーが俺達の世界にあった記憶が……」
そんな産業に革命を起こせるほど便利なエネルギー物質が流れているのを見たことがないし、そんなエネルギーを活用したエンターテインですら拝んだことがない。俺のいた世界という現実の世界では全て非科学的な絵空事であると俺は訴えかけた。
「憶えていないだけではないか? 事実、貴公は自分の名前すらも覚えておらぬのだろう?」
「そ、そうなんだけどぉ……」
グルグルと脳みその中を引っかき回して思い出そうとしている最中に、冷淡にも孔雀がしれっと痛いところを突いた。本当に憶えていないだけとう可能性も捨てきれないが、元はといえばこいつらが俺の記憶を封じているのがそもそもの原因でもあるのだが。
「そもそも、プリズムストリームとはなんだ? 今のところ判っているのは、スキャナーに読み込ませたカードを実体化させているエネルギーなのと、それがお前達の生まれ育った中枢たる世界から供給されていることぐらいだ」
今の今まで、アニメに登場する重要な用語であったことも含めて当たり前のように利用させてもらったが、魂というか記憶を構成する情報が別世界産である俺にとっては、全く未知のエネルギーという何かでしかなかった。
「良い質問じゃな。いい機会だから改めて説明させてもらおう」
ここで一拍おくように、孔雀がわざとらしく咳払いをする。
説明に入る前に偉そうに謎の咳払いをリアルでする奴なんて初めて見た。
「プリズムストリームとは、既存文明に発展を促すための単なるエネルギー物質ではない。本来プリズムストリームとは、心の《煌めき》を持つ者が、己が得意とする表現方法を通して伝えたい思いや願いを、より相手の心へ伝わらせるためのもの。その思いが強ければ強いほど、プリズムストリームは望み通りの形に変えて応えてくれる」
「誰が為に心を揺さぶる聖なる鼓舞。負の感情に押し負けてしまった弱者の心に光を与える希望。活力へと転換する純粋な笑顔。同胞を作り、仲睦まじくコミュニティを築くきっかけ。それに応じて成長する心身に併せて、貢献される経済効果」
形を変える具体例としてフェズが箇条書きのように並べたのは、シリーズごとに一年かけて描かれた主人公たちの物語に込められた主題と、それを応援するように見ていたファン達――特にメインターゲットである子供達へ伝えるべきメッセージそのものだった。
「最後の生々しさはともかく、形にするとはそういうことか」
「概ねその通り」
頭がこんがらがる前に俺が一度要約を挟むと、フェズが淡々と正解を告げた。
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