思い出した記憶(6割弱)
蓮丈院 AP950 VS マイリー BURST
勝負終了を告げるように、派手に立ち上る黒煙と赤焔があっという間にフェードアウトする。
晴れた爆雲の中で、元の制服に戻ったマイリーはガクリと膝を崩していた。
「画竜点睛を欠く。まさにこのことだな……」
粋がって勝利を確信した上で従妹が叩き付けた挑戦状も虚しく白紙となり、最初から興が乗っていなかったエルドは小声で、しかし心を刺すほど重い一言を吐き捨てながら踵を返した。
嵐は去った。
そう表現するのが的確なほど、エルドの姿が見えなくなった途端に、さっきまでまとわりついていた圧が離れたようで体が軽くなった。
思わずため息が出る。
それは威圧からの解放なのか、それとも辛勝の喜びからなのかは自分でも解らなかった。
「さすが、遊月さんです!」
「記憶ないまま実戦でも勝つなんて、やっぱり遊月は遊月のままなんだな!」
価値の無い試合に見切りをつけて去ったエルドとは対照的に、セイラとマーサが記憶のない蓮丈院遊月の実践での初勝利に、まるで自分のことのように喜んでくれた。
二回目からいきなり臨んだ実戦は、蓮丈院遊月もとい俺の勝利で決まった。
「よし! デート一泊二日コースもらった!」
「くそう、腐ってもやっぱり蓮丈院遊月か――って一拍二日!? 聞いてないよ!?」
誰も知らないトップをかけた蓮丈院遊月の防衛戦が終わり、勝負が終わってもなお賞賛と性欲と焦燥でさらにレッスン会場が盛り上がりはじめたころ。
今まで乱入者が入り込まなかった鉄扉が開き始めた。
「あれ? マイリーちゃん、そんなところにいたの?」
勝負が終わった後にこの講堂によってきたのか、マイリーの知り合いだろう別の生徒が、何があったのか本当にわかっていないほど暢気な口調でマイリーに話しかけた。
ずいぶんと可愛らしい声につられて、俺がふと入ってきた人物に目を移す。
一見は小学生と見間違えるほど小さい背丈をしているが、ユーバメンシュの制服を着ている限り、体系的な問題で実は俺たちと同い年だろう。
鮮やかな紅色の短いツーサイドアップ。
翡翠色の大きい瞳に太陽のような笑顔が似合いそうな童顔をして、今でもサンタクロースの存在を信じていそうな無垢な顔で打ちひしがれているマイリーをみる。
そして、入ってきたのはその小動物みたいな女の子一人だけじゃなかった。
喋らなかったために気づかなかったが、もう一人いた。
「こ、こいつはっ!」
セイラとの初陣の時に乱入してきた、あの青い髪の少女が。
青い髪の少女は視線に感づいたのか、すぐさまに俺と目を合わせる。
無機質で無表情な顔からのぞく深淵のような瞳と一直線に見つめ合う。
「ふッ! グフゥ!」
堅い金属が何度も破壊される鈍い音とともに、突然の頭痛が襲いかかった。
その相貌に何か魔力が秘められているのか、僅か数秒見つめ合っただけで、俺の頭に激痛と不気味な何かが液体のように脳へ駆けめぐってゆく。
あのときは一度だけだったが、今回は何度も脳組織が破壊されそうな衝撃を食らわされ、俺はたまらず、叫声を喉からひり出しながら頭を抱えて床に倒れ込んだ。
駆け寄るセイラとマーサの声が届かないほど、俺の頭が神経を通じて何かを変えてゆく。
揺すっているのか手を添えているのかさえわからない。
唯一感じるのは、ピークを越えて徐々に収まりつつある頭痛と、五臓六腑に染み渡ろうとしている気持ち悪い物質の流動だけ。
激しい疼痛だったが、拷問のような苦しみは僅かな時間だけで引いてゆき、落ち着けるようになった俺の呼吸も元のリズムへ戻ってゆく。
「遊月さん!」
「遊月、大丈夫か?」
やっと二人の声がまともに聞こえるようになり、添えてくる手の温もりと感触まで十分に感じられるくらい回復していた俺は、ただ手だけをあげてゆっくりと立ち上がった。
改めて、藤丸マイリーと青い髪の少女、そして紅色髪の女の子たちをみる。
そうだ、今のでやっと思い出した。
こいつらは、いや俺の肉体となっている蓮丈院遊月とセイラやマーサも含めて、この世界のすべてが実在の人物じゃない。
フィクションの舞台でのみ生きている架空の人物たちだ。
〈エンプリス〉というカードゲームで物事の全てを解決できることが常識である唯一の世界――テレビの中でのみ存在していたアニメの世界なのだ。
題名は【メガミ・リンカネーション】――通称【メガリン】と呼ばれた〈エンプリス〉を俺がいた現実世界の女の子たちに販促させる、いわゆる女児向けアニメ。
その舞台で主人公をつとめるのは、あの紅色の髪の女の子――ティーナ・遊館・ジェイデン。
今戦った藤丸マイリーは、その親友でありチームメイトを務めるレギュラーキャラ。
その従姉の藤丸エルドは、作中最強で主人公のライバルキャラポジション。
それから、出会う度に俺の記憶の封印を解く青い髪の少女も、俺と何の関係があるのかは知らないが、現実世界のクリエイターによって生み出された架空のキャラにして、このアニメの軸を成すキーパーソンのフェズ・ホビルク。
そして俺は――
「セイラ、マーサ……今ので、かなり思い出せた」
「ほ、本当ですか!」
「ど、どこまで思い出せたんだ?」
現実世界の生き物である俺の魂を入れた器である蓮丈院遊月。
今蘇った俺の記憶が確かなら、これは冷や汗が止めどなく流れてしまう案件だ。
蓮丈院遊月に与えられたポジションとロール。
それは、慢心と嫉妬にかまけて、幾度となく主人公にちょっかいをかけてはしっぺ返しを食らい、果てには全てのキャラクターに見限られたままフェードアウトしてしまう、寿命1クールぐらいの三流の悪役令嬢キャラであった。
「俺、かなり嫌な奴だったみたい……」
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