藤丸エルドの威圧
蓮丈院 AP-100 VS 藤丸マイリー AP2500
「これでラストターンだ! ドロー!」
依然優勢の上に、いつでも勝負を切る権利を行使することができるマイリーが、悠々と最後を宣言する。
「脚部に〈カラミリタリティー ガンマウントシューズ〉をコーデ!」
今まで派手な上半身とは違って、ずっと味のないスクールソックスとローファーを維持していた脚部にもようやくコーデが施された。
今までの現代歩兵の軍服を模した上と異なり、黒一色のブーツにも似た靴。
しかし、質素で艶のある表とは裏腹に、踵周辺や靴底には、攻撃的な杭やらスパイクらしい錨がぎらついている。
「先に説明しておくわ。このシューズは〈カラミリタリティー〉ブランドのコスチュームが効果を発動する際、相手はミュージック・アクシデントの発動を許さない効果を持っているの。でも、今のあんたは身を守る伏せカードすらない。ここは単にAPの底上げとして場に出させてもらうわ」
今のコーデでAPは2950まで到達している。
せっかくの効果が無駄になっているとはいえ、いよいよ厳しくなってきた。
「そして、あたしはこのカードを準備してスタンバイ!」
蓮丈院 AP-100 VS 藤丸マイリー AP2950
やはり、よほどの慎重でない限り、この状況下で終わりを宣言しない方が可笑しいだろう。
俺が同じ立場でも、やはり宣言する。
丸裸の上、マイナスもぶち抜いているような奴が相手なら。
与えられた猶予は一ターンのみ。
この状況を巻き返せる手段はあるのか?
「――素人同然までレベルが下がった奴相手にずいぶんと粋がっているな。従妹よ」
麗人の一声が耳朶に触れたのと同時に、目の前を薄い虹色の風が横切った。
ほんのりと七色を帯びた風が頬を撫でた途端、ズンと真上から錘が降ってきたような圧が俺に覆い被さった。
自分の立ち位置という命運を駆けたこの大勝負の瞬間以上に、大量に噴き出す冷や汗。
思わず喉を鳴らすほど大きく飲み込む生唾。
この感覚は、セイラと練習試合の時に青い髪の少女が乱入してきた時とは真逆だ。
この圧は、存在感から発せられるものなのか、長考のために集中していた気がそがれるほどの気配が真上から降り注がれる。
五感全てに伝わる人気を察して、俺達はフロアに設けられたきゃとウォークへと顔を上げる。
そこで仁王立ちのままこの対決を静観していたのは、藤丸エルドだった。
「生徒会長……」
「エルド……姉さん」
そもそも校舎の屋上から地上のカフェテリアに向けてという遠距離から睨まれた時から、ウサギを見る獅子のような鋭い眼光と存在感を放っていた猛者だ。
それがわざわざ人一人分ほど高いところに移って、スカートの中が見えそうなくらいまで近くに来たのであれば放つ圧が強くなるのは、火元が近くなって火傷してしまうくらい当たり前のことだ。
「改めて考えたらお前、本当に血縁者か? 出ているオーラがまるで違うな」
姉妹と従姉妹では親等上そこまで似ないとは思っていたが、マイリーとエルドとでは雲泥の差ともうべきか、何もかもが対照的な印象ではあった。
しかし、思わず劣等をネタに貶してみたが、【女帝】が見下ろしながら放つ圧にマイリーが屈しないどころか対等ににらみ返しているところを見ると、流石は【女帝】と同じ名字を冠している者ではあるようだ。
「う、うるさい! どいつもこいつも! 従姉が【女帝】だからって気安く比べやがって! そういうのはうんざりなんだよ!」
「比べられるようなことしてっからだろ!」
「比べられるようなことをしてるからでしょ!」
見事なカウンター文句が入った突っ込みが、マーサとセイラから飛んでくる。
「せっかく貴様の元にも同じジェネトモがやってきたというのに、そんなことの為に駆り出すとはな。揃いも揃って哀れだな」
揃いも揃ってとわざわざ複数形で纏めるエルドだが、俺たち蓮丈院遊月側に視線を一切向けていないところを見ると、その哀れには多分俺は含まれていない。
「勝手に哀れまないでよ。この程度の試合、バヨネの試運転ぐらいにしかならないさ。そのついでに、あっさり倒せそうなトップを確実に倒せば儲け物! これがあたしのやり方だ!」
そんな発育途中の胸を張ってまで言わんでも、十分情けないぞ。
そんな茶々を入れたいところだが、対戦そっちのけで勃発した従姉妹喧嘩に冗談を挟む度胸はない。
「己が刻む生き様に正解もなければ、普通という手本もない。故に、私が貴様の成そうとすることに否定もしなければ肯定もしない。言うべきことは一つ、好きにしろ。だが負ければ面目が損なわれるのは自分になるぞ」
エルドは従妹に向けて鼓舞しているようで厳かに忠告しているようだが、遠回しに俺とデートという罰ゲームが待っているそと言わんばかりに、ここで従妹と対戦相手である俺をかなり冷えた横目で睨む。
血縁者であろうが下に見られながら応援されたマイリーは、従姉から偉そうにいわれて柳眉が逆撫でているが、実際に本当に偉いのだから返す言葉がなかった。
「そこの学園のトップを討った後、次は世界トップのあんたの首をもらう! バヨネと一緒にあんたに勝てば、あたしは藤丸エルドの従妹じゃなくて、本当の藤丸マイリーになれるんだ!」
本当の自分になれる。
その切実な宣言というか願望を聞いた途端、俺の中で藤丸マイリーについて一つ思い出した。
まさに典型的な、優秀な肉親がいる奴が抱える悩み。
コンプレックスとも言うべきか、この生涯で何度も周りから【女帝】と血縁関係があるだけで勝手に期待されては勝手に失望されることを繰り返されて生きてきたようだ。
だからこそ、情けないと言われようとも身勝手に名誉を取り戻すことに躍起になっていると見た。
「くそッ! 付き合うのはデートだけにしろ! 俺のターン!」
デートの前にコンプレックスと付き合う羽目になった俺に与えられた最後のターン。
新たに加えられたカードと、残った手札を交互にみる。
やはり、一ターンだけで巻き返すのはどう考えても不可能だ。
トップの座はくれてやるとはいえ、やはり負けるとなるとどうにも悔しい。
「遊月さん! 相手はギリギリの2950ポイントですよ!」
「そうだ、相手は寸前までAPを高めているぞ」
逆境に追い込まれた俺を、セイラとマーサが応援というか何かを伝えてくる。
ギリギリ? 寸前?
俺は改めて〈エンプリス〉のルールを思い出す。
そして、俺よりも遊月のことをよく知っている二人の言葉から察するに、遊月のデッキには、この状況に対応できる狙えるカードが用意されているということだ。
もう一度、手札の三枚を眺める。
「そうか……そういうことか!」
勝利への方程式を形成するピースは、今ので手札に舞い込んでいたのだ。
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