青い髪の少女の介入
「それでは改めて、〈ソリッドレートワンピ〉の効果を発動させます」
よいしょ、といいながら地べたに寝ている板チョコを手作業で起こした後で、セイラがチョコという鈍器を携えて俺に近寄ってくる。
「くそぅ、こうなったら自棄だ! アクシデント発生! ブラッドセキュ――」
蠅たたきに潰される害虫の気持ちが理解できる前に、俺はスキャナーを構えてカードを起きあがらせようとした時だ。
指を降ろしかける最中、眩しいほど白い肌を持った少女の手が俺の手首を掴んだ。
突然の感触と、あまりの冷たさに俺は仰天して固まった。
「だ、誰だ!」
振り解いて手の主がいるだろう方向に向き帰るも、そこには本当に誰もいなかった。
今のは、何だ? 幻覚か?
突然すぎる介入に混乱した俺が、自分の周りを探ったとき、マーサや母親がいる正面のキャットウォークから、新たな視線を感じた。
いつのまにか、キャットウォークから見下ろす観客が一人増えていた。
ここは今貸し切りになっているはずなのに、見覚えのないそいつは我がもの顔で俺を見つめていた。
肩まで伸びた青い髪。
邪念どころか純粋すら感じない無心故に澄み切った宝石のような青い瞳。
血の通っているのかさえ怪しいほど白い肌。
これ以上顔を動かすことが許されないほど整った面は、一瞬どこのショーケースから抜け出してきたのかと思うほど人形の用に整いすぎていた。
手首を掴んで俺を止めた犯人は、その少女で間違いない。
色々と巡る疑問を全てすっとばして俺が青い少女を見つめていた。
カラットがバカみたいにデカいサファイアの塊みたいな瞳と視線が一直線であったその時、目と目があった瞬間が起爆スイッチになったかのようなタイミングで、俺の頭の中で何かが破裂した。
その比喩とも言い難いリアルな感覚の直後、激しい頭痛が起こった。
その隙をついたセイラが、抱えるほど悶絶する俺に構わず、またもや綺麗なフルスイングで巨大な茶色い板を俺の体めがけて振り回す。
今度は平面ではなく狭い側面を使って、見事に鳩尾へと叩き込まれる。
クリーンヒットした衝撃で頭痛は晴れたが、逆に一瞬だけ呼吸困難になる。
あんな抱きしめたら壊れそうな体のどこにそんな力があったのか、セイラの有り余るフルスイングによって、俺は思いっきり吹き飛ばされた。
放物線を描くすら許されず、背後の煉瓦壁へと一直線。
煉瓦を粉砕するほどの力にはねとばされた俺の背中は、ボロボロに崩壊した壁に受け止められる羽目に。
「――ん?」
パラパラと細かい破片を降らせながら立ち上っていた土煙が晴れた先に、セイラは容赦なく殴り飛ばした遊月の有様を見る。
「〈オスシワンピ〉の最後の効果を発動させたのですね」
〈ソリッドレートワンピ〉の効果で確かに〈オスシワンピ〉はランドリーに送られた。
だが、遊月の服には別の衣装が着せられていた。
〈ブラッデルセン エヴォルスワンワンピ〉
「〈オスシワンピ〉は、ランドリーに送られたとき、ランドリーにおかれた効果を持たないノーマルコスチュームを復活させる。でも、その様子だとご自分で意図して選ばれたというよりも、とっさに選んだものかと」
カテゴリーは同じくワンピースだが、その色合いは先ほどの海鮮まみれのウケをねらったあのコスチュームの方がマシだと思えるほどくすんだ灰色に染まった、あまり強い魅力を感じない質素な衣装だった。
セイラが冷たく指摘するとおり、今のこのコスチュームには、効果という魔法を持っていない普通の衣装でしかない。
だが、このコスチュームを選んだのは弾みではない。
頭痛の恩恵なのか、降ってきたように記憶の中に沸き上がった情報が、俺にこのコスチュームを選ばせたのだ。
咽せるほど沸き上がる土煙と、バラバラと髪に絡みつく瓦礫の破片を雨粒のように浴びながら、俺はフラフラと元の場所へと戻った。
蓮丈院遊月になる前ではこんな怪我を追うことはまずなかったが、洒落にならない物理攻撃を体から真っ向にうけたせいで壁との衝突で頭皮に傷が入ったのか、今度は額を伝って真っ赤な血が汗の如く流れる。
本来なら慌てふためくところだが、俺もすっかりこの不条理な感性に感化されたのか、さして驚くまでもなかった。
流れる頭血のせいで真っ赤に染めあがった面のまま、俺はセイラに確実な敵意を持って鋭く睨み付ける。
「……っ!」
劣性になるまで追いつめたはずなのに、余裕もなくなるほどセイラの顔が青ざめた。
よっぽど俺の視線が怖いのか、それとも慕っていた遊月の顔色を伺っていたのか。
セイラの動きにためらいが見え始めていた。
「わ、わたしは〈ソリッドレートワンピ〉の効果をもう一度発動させます!」
高らかに追撃を宣言したものの、他人の目に見えるほど震えた手を差しのばして二枚目の板チョコをつかみ取る。
わずか一歩の踏み込みで、鼻先同士がつくほど目前にまで迫るセイラの小顔。
それよりも早く、俺は拳を引いて伏せていたカードを起こす。
早うちするガンマンの如く。
平面から風を受けているのに空を切る茶色い壁が迫る直前に、我が身をかばうように俺は片腕を立てる。
垂直にあげた左腕と板チョコが衝突する。
吹き荒れる突風によって荒ぶる髪に混じって、顎まで伝っていた血が一滴、灰色のドレスの上に落ち、小さくて赤い玉が布地の中に吸い込まれる。
粉砕する鈍い音が練習場に響く。
だが、無惨にも砕けたのは、蓮丈院遊月のか細い腕ではなく、受け止められた板チョコの方だった。
「――!?」
仮想の布地で作られた〈エヴォルスワンワンピ〉が俺の血を吸って小さな赤染みをなしたとき、まるでその味に喜ぶかの様に赤い染みを広げ、やがて血の染みは文字通り色のないワンピースの全体に広がってゆく。
しかし、赤い血一色になるのではなく、元々持っていたのだろう、赤だけではなく黄色やだいだい色など、灼熱の炎を模した熱い色へと染まりつつあった。
「遊月のコスチュームが……ッ!」
「目覚めたんだ。【飾血】したんだ!」
開幕時に出したカードが効果を発動できなかったのには理由があった。
あの時、呆れていたマーサが言っていたコスチュームの効果を発動させるための条件。
それは、このコスチュームを際立たせる色を蘇らせること。
プレイヤーの血という染料によって。
「アクシデントカード〈ブラッドセキュレーション〉は、手札を一枚捨てることで〈ブラッデルセン〉ブランドのコスチュームに色を与え、更にこのターン相手によってランドリーに送られない」
蘇った暖色が連想させるとおり、コスチュームから沸き上がる熱気が陽炎を起こさせ、俺の足下に散らばる板チョコの破片を液状にとかしてゆく。
熱風を浴びながらも冷や汗を頬に伝わらせたセイラが、手の中で使い物にならなくなったチョコの残骸を投げ捨て、背を向けたまま三歩ほどはねて俺と距離をとった。
「わたしは最後に、ミュージックカード〈ミナマタフェズティ〉を発動させます」
もはや警戒の末に逃げ出したウサギの如く、セイラは最後の板チョコの陰に隠れながら、一枚のカードを読み込ませた。
「このカードは、自分の手札にある〈スイーツリパブリック〉ブランドのコスチュームをランドリーに送ることで、そのコスチュームが持つAPの半分だけ、〈ソリッドレートワンピ〉のAPをあげます。わたしはAP1200ポイントの〈スクルダークワンピ〉をランドリーに送り、その半分の600ポイントを〈ソリッドレートワンピ〉に加えます」
最後の一枚だった手札のコスチュームカードがランドリーに送られると、セイラの背後に透明になったそのコスチュームが出現した。
透けているその衣装は、降霊された幽霊の如くセイラのきているワンピースと重なってゆく。
「これでわたしはスタンバイします」
スタンバイ。
それを宣言したということは、セイラにはもはや自分の番が必要なくなったということ。
そして、同時に俺に残された余裕も、今到来したこのターンのみ。
蓮丈院AP2100 VS セイラAP2850
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