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銀龍の昇天

 突然、光のあった空を暗闇が覆った。皆上を見上げている。普通の暗闇ではない。全ての光を飲み込んでいる。その後ろに赤黒い瞬きが一つ、二つ、十、数十、百、数百、無数の帯を形作っていく。空いっぱいに広がる赤い銀河……。

 赤黒い銀河は身を翻して俺たちの上空にトグロを撒き始めた。間違いない。堕天龍リバイアサンだった。

「貪龍をよく下したな。褒めてやろう。だが、全ての力を失ったメデューサよ。もう残りの力もあるまい。」

 堕天龍は、長い尾で力任せに鱗を投げつけた。庇うソニックの羽をすり抜け、鱗は槍となり銀蛇の腹部を貫こうとした。

「させるか。」

 俺は銀蛇の前に立って、堕天龍の巨槍をはねつけた。

「グーといったな。良い度胸ではないか。これはどうかな。」

 俺を目掛けて火のついたうろこ、すなわち火の矢が降り注ぐ。流石に多彩なことをしてくれる。俺はかろうじて防いだものの、余裕はもはやなかった。

「グーよ。身の程を知れ。」

 堕天龍はそういうが早いか、そのまま空へと昇り、はるか上空から火の矢を浴びせ続ける。俺はしゃがみこんで右手の剣を振り上げた。煌く刃。四散する火の粉。八つ裂きの暗闇。響き渡る怒号。全てが静まった時、堕天龍の切断された胴体がいくつも地上に転がった。静寂が再び戻ってきても、レスターばかりでなく、ソニックまでもが仰け反って身動きをしなかった。


「やったのか?。」

 ソニックが辛うじて声をかけて来る。俺は横に首を振って否定した。

「だって、あんたがこんなにズタズタにしているのに……。」

「彼の頭が見当たらない。先ほどから、頭を探してとどめを刺したいのだが……。」

 上空が澄み渡ったところに、ヒューという風切り音が空全体に響く。たぶん、堕天龍の頭だけが空を飛んでいる。

「やはり、まだ……。多分三回は元に戻るだろう。俺の力はそこまでもたない。お前達、早く逃げろ。」

 銀蛇メデューサの体を地中の穴に隠し、俺は外輪山の一つの頂きを目掛けて走りあがる。呼応するように切り離されていたはずの胴体達が振動とともに空へと跳ね上がる。丘の上に俺が立つと同時に、空間が裏返るように堕天龍の頭が俺の目の前に現れた。

「身の程をわきまえぬ者よ。」

 再び撒き散らされたように周りを暗闇が覆う。俺は意思と渾身の力とをかき集めた……。


 ………………………


 堕天龍が三回目の身体の再接続を終えたとき、俺は仁王立ちのまま力が尽きようとしていた。

「これまでの力、何処にて獲得したのか?。私が見くびっていた。かろうじて勝った。お前は、ルシファー宮殿で天からの息吹を受けてから、俺たちに、そして帝国に対抗するようになったのだな。まあ良い。こうしてやろう。こうしておけば、この猫又も動けまい。」

 堕天龍の大きな尾が、動けない俺の上に振り下ろされる……。

「もう逃げて……。」

 そんな声が聞こえたような気がした。

「その貴方の思いは私が果たすべきことよ。もうこれ以上は・・・・。もうそこまでにして……。」

 リサの声?、メデューサの声。どちらの声だろうか。聞こえるはずのない声を理由にして、俺は目を瞑る。そして一撃とともに、俺は気を失った。


 俺の身体は丘の下へと転がり落ちて行ったという。ソニックから聞いたことだが……。

「あんたが落ちたところは、あんたが庇っていた銀の蛇の腹の上だった。銀の蛇は元気を取り戻して元の大きさに戻りつつあった。・・・・。


『メデューサ、この裏切り者よ。裏切りの罪は重い。』

 そう言われた銀蛇メデューサは、静かに声を発した。

『裏切りなどではない。』

 再び、吹きまくる暴風。全ての現象が雷と轟音に満たされていた。

『僕は初めから味方ではない。そちらがゴミのように放っていただけだろうが。』

 高い銀龍の声が雷鳴に重なる。

『そうだな。』

『お前たちは僕の大切なあの子の墓を荒らし、果てはその骨を冒涜した罪。僕は許さない。』

『まだ言うか。』

 銀蛇メデューサは突然跳ね上がり、堕天龍の首元に噛み付いた。同時に銀蛇の体は長く太く大きく伸びて堕天龍に匹敵した。堕天龍への打撃。堕天龍の怒号。激しい巻きつき。絡み合いのたうち回る二体の龍。薙ぎ払われる丘の土石。削り崩れて砂塵となる山々。


 戦いは不意に終わった。メデューサは堕天龍の喉元を深く噛み、その動きを封じていた。銀龍が地を叩くと、地割れとともに丘の下へと大きな穴が開く。 頭を砕かれた堕天龍は、眷属龍達とともに穴の中へと落ちていったんだ。」


 ………………………



 俺は目を覚ました。彼を大きく囲む銀の壁。彼の顔を覗き込むレスター達。

「あの小さくてかわいそうなメデューサはどうした?。俺は堕天龍にもう少しで勝てたんだ。」

 レスター達は何か言いにくそうな顔をしている。

「俺は守ってやれなかった……。彼の主人への思いに俺は報いてやらねばならない。あの思いこそ、人間復活へのカギだ。彼はどこへいった?。連れていかれたのか?。」

「もういいのよ。もういいの。あとは私が引き受けるから。」

 リサの声がはっきり聞こえる。リサには何かの使命があるのだろうか。俺と彼女が互いの意を理解できる時が来た、とでもいうのだろうか。


 毎日カラス仙やソニック達が飛び立っては、なにがしかの食料を調達してくる。棗、オリーブ、虫、魚。彼らに頼るしかなかった。全身の傷。軋む関節。喪失した全身の毛と両手の爪。俺は自分が単なるゴミに成り下がっているように感じ、目を閉じた。


 二十日、四十日が過ぎた。俺はまだ治療中なのだろう。ケアされている夢を何回となく見た。ある時はソニックやカラス仙が彼らの羽を抜いて俺の体にあてがう夢だった。その向こうには彼らの魂が見えた。天の息吹を彼らも受け始めている幻だった。そんな夢を何回となく見た。

 また、ある時はリサの夢をみた。何度もリサの心の中を目にした。天の息吹は彼女の心を通じて俺にまで流れ来ている。それが彼女の祈る姿と重なる。そんな夢だった。

 ただし、ある時、俺は余所見をしてしまった。リサの心を目の前にしたはずなのだが、その心を収めた彼女の器に気を取られた。それは変わった雌猫だった。リバイアサンによって全ての黒い毛を失った俺と同じように、全身の何処にも、獣の毛や一糸も無い。若い雌猫……ではなく人間が俺によりそって介抱する姿。ショートヘアのリサ……。その俺の視線をリサが気づいた。

「!。」

「全部見られた……。」

 リサの低い声のような呟きが俺に向けて発せられている。それは、戸惑いと羞恥という概念らしい。リサの動揺して睨む眼から、俺は危険から身を避けるように慌てて顔を伏せた。

 現実では無いはずなのに、その時からリサがいることはわかっても、彼女は一切俺に心を許さなくなった。その時から俺は、メデューサやソニックの前で、リサに一生懸命媚を売る悪夢ばかり見ていた。

 その後、俺はようやく背伸びをしつつ身体の手入れができるようになった。俺のそばでレスターやソニック達が眠る。彼らを慈しむように舐めて、元気であることを確かめた。すでに爪が再び伸び、やっと自分の足で立つことができる。しかし、気持ちは萎えたままだった。


 五十日め。萎えた心を揺さぶる声。頭の上で議論がなされている。

「もう、そろそろ以前のように活動できるはず。」

「でも、誇り高いグーは守ってもらったなんて知ったら、怒り出すかもしれないよ。」

 聞き覚えのある高い声。重なるレスターたちの歓声。目を開けると俺を揺らす大地から、俺たちを囲む銀色の壁が突然塔のように聳え立つ。

「もう、力がみなぎっているはずです。」

「あっ、メデューサ!?。どこにいるんだ?。生きていたのか。勝ったのか?。飼い主の墓は?。」

 俺は相変わらず足元を探している。

「どこに居る?、メデューサ?。次回は必ず俺が守ってやる。どこに隠れているんだ?。」

「ありがとう。」

 陽に輝く銀の鱗。空高くそびえ立つ巨塔。塔と見えたのはメデューサの巨体だった。メデューサは長い体を俺達の周りに巡らせた。俺たちを見下ろす大きな顔。彼は、やっと顔を上げた俺を見つめて大きくかぶりを振ると、ゆっくりと空へ舞い上がった。

「グー。ありがとう。僕は大人になれた。僕は彼女を取り戻せた。」

「お前……。どこへ行くんだ?。」

「天からのお召しだ。僕も彼女も。」

 俺は、顔を上に向けたまま混乱した言葉を発している。

「そうか。」

「そして君のそばにいた彼女も、連れて行く。」

「えっ。何処へ?。」

「ある場所です。そこは愛が満ちていると言われています。僕たちは先にその愛に浸ることを許されたようです。僕とサヤ、リサは地に愛を再びもたらすために、天へ戻るのです。いずれ地に愛が再び溢れる時は来るでしょう。ただ、君たちには苦難が続きます。しかし、力尽きた時に心に祈ってください。その時に、私たちはまた会えるでしょう。」

「愛?。それがメデューサ、お前の主人への思いなのか?。そうなのか?。いつなんだ?。どうしてそれがわかるんだ?。教えてくれないか。」

「一人一人、違う形で愛を受け止めるんです。天からの助けの形として。僕たちそれぞれが天の息吹を受ける形が違うのです。だから、その時を待っていて。」

「でも、なぜリサまで?。」

 俺の疑問にメデューサは何か口ごもっている。

「説明しづらいのですが、彼女は全てを……、君に見られてはならない彼女の核心部分をまで、君に見られた、ということで……。もう一緒にいられないとか。」

「えっ。なんのことだ?。」

 ソニックもカラス仙も呆れたような、気の毒そうな複雑な表情をしている。

「どう言うことだい?。」

 メデューサはもう語らなかった。肝心な時に、リサは一言も発しない。どうしたんだろうか。そうしているうちに、メデューサは大きな羽を広げ、足に玉を二つ掴みながら天へ登って行った。


 俺は、俺なりに結論を言ってみた。

「彼は彼女を見つけられたんだ。あの玉は復活を約束された人間二人だと言うことだよ。いい機会だから彼女たち二人を連れて天へ戻っていくんだろう。リサは…何か難しい概念の理由で怒っていたなあ。なんで怒られたんだか分かんねえけど。」

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