銀蛇の告解
「全て無駄だった。僕は傲慢だった。苦しむ彼女を救えなかった。」
「それから数日後、彼女は息を引き取った。誰も引き取り手はいなかった。彼女の愛する友人や家族さえも、すでにこの世にはいなかった。簡単な葬儀の後、彼女は多くの孤独な人々の集団墓地へと葬られた。泣く人は誰もいなかった。涙を流せない僕は、彼女の黒い瞳をいつまでも心に刻み続けた。
『どこにいたって僕が君を見守り続ける。必ず!、必ず!。』」
この蛇の語る物語の主人公には慰めがなかった。それ故に俺は揺さぶられ、この蛇に自分を重ねた。この蛇の守ろうとした娘に、俺の主人リサが重なる。その渦のような感情の流れに、リサの想いが奔流のように注がれるように感じられる。
俺は自分の想いを外には出さない。銀蛇は何も気づかずに、話を続けている……。
「その墓地に住み着いてもうどのくらい経っただろうか。環境の激変。太陽活動の変化。様々な民族同士や国々の戦争。貪欲と傲慢と偏見と…。人間の罪は深く重く、人間は滅びようとしていた。いや滅ぼされようとしていた。誰かがそのように動いていたと思う。それでも僕は銀蛇のままサヤの墓の近くにいれば幸せだった。
その頃、黒海のあたりでバンパイアの帝国が建設された。同じようにして、ここや各地の火山に人間や亜人たちを滅ぼし尽くす呪いの罠を作り上げていた。
初めは、単なる火山活動、地割れ、陥没だと思った。サヤの墓を守っていた俺は吹きとばされた。ところが、地面だったところはカルデラのような巨大なクレーターとなり、その底へサヤの墓は飲み込まれた。逃げることがやっとだった僕には、何が起こったのかわからなかった。
その後、クレーターの巨大な外輪山には無数の穴が穿たれていく。次いで、見たことのない大軍の蛇達が洞穴を掘り、数頭の龍達が鋭い熱戦を吐きつつ崖や壁を練り上げていく。そのようにして堕天龍たちは、人間や亜人達をおびき寄せる宝の洞窟の罠と彼等の住処を作りあげていた。クレーターの内外には、権威ある皇帝に礼拝をささげる神殿、堕天龍の王座、広間、要塞など。それらを大きく覆う大伽藍が、四方の外輪山の上に被せられた……。」
俺は、思わず声をあげた。
「聞いただけだが……。その建築形式に覚えがあるぞ。ルシファー宮殿……。俺はそこへ行ったことがある。彼らは、ルシファー宮殿でも、地上に上り立つべき権威ある者として皇帝を崇拝し、礼拝をささげている。そして千年帝国が建設された・・・・。」
カラス仙やソニックが、俺を振り返って見つめている。意外だという表情⁉️。仰け反るような態度。いや違う、恐怖におののいているとでも言おうか。
「あんた、どこからきたんだ。」
カラス仙は喉をカラカラにして呟く。
「俺たちは知らずに怪物を襲っていたのか?。」
ソニックは後ろズサリ、というより尻餅をついて呟いている。レスターは先程から俺の頭の後ろにしがみついている。
今頃になってこわがってもらっても困るのだが……、ここは誤解を解かなければならなかった。
「皆、何か、勘違いをしているようだ。俺は皆を襲ったことがあったか?。皆、俺と一緒に主人の骨を探すために、一緒にいたのだろう?。」
少し緊張が緩んだ。
「そうだったな。」
その話に銀の蛇は喜びの声を上げている。
「昔の飼い主の骨?。それなら私と同じものを目指していることになる。君たちに会えるなんて、僕は運がいい。」
「話を元に戻すと、つまりここには堕天龍リバイアサンがいるということだ。彼らはこの外輪山一帯を帝国によって権威づけている。帝国は人間を滅ぼし、亜人たちを食い物にしている。」
俺は暗い声でそういった。
「そうか、あれは堕天龍だったのか。」
銀蛇はそう呟き、再び遠くを見るように語り続けた。
「サヤの墓はその下に閉じ込められた。サヤの骨も何もかも、あの宝の洞窟の罠とその下に巣食う堕天龍達の住処の下敷きのはず。僕は彼女の化石を探していくつも穴を掘った。そう、あの蛇道。でもまだ化石は見つからなかった……。」
………………………
この銀蛇はまだ知らないのだろうか。わからないのだろうか。リバイアサンの玉座にサヤの骨格が飾られていることを。サヤが冒瀆を受け続けていることを。その想いに何故か激情が加わった。リサの悲しみが想いを増幅させる。俺はメデューサに伝えなければならない。
「サヤとか言うお前の主人の骨は、堕天龍達の住処の下などにあるのではなく……、あの王座の足元に飾られているのでは?。」
「僕は王座に近づくことはおろか、あの大広間に近づくことを許されていない。まさか、そんなところに…。冒涜だ。」
銀蛇は身を光らせ、怒りを募らせている。
「この冒涜を許す帝国が千年帝国と称している。さらには『人間の復活』を邪悪なものにし、生まれた亜人たちを食い物にしている。」
俺は、考えをまとめてから一言だけ尋ねた。
「これからどうする?。」
「どうするって、俺たちと一緒に逃げるんだろ。」
カラス仙は思わず声を上げた。銀蛇は、静かに答えた。
「僕は戻る。」
「何故?。」
俺以外は驚きの声を上げた。
「そうだろうな。まだ彼女の骨をさがすのか。リバイアサンと戦い、ひいては地上に立つ皇帝とも戦うのか。」
「そうするつもり。ここでお別れだ。」
銀蛇は、引き返し始めた。
「待てよ。俺も……。」
俺は声を上げた。とたんに、リサの感情が俺の口をふさいだ。声まで聞こえてくるような圧が伝わる。
「貴方には、まだ時が来ていないわ。貴方の心には、情念が大きすぎる。それは怒りに繋がってしまう。怒りは天の息吹を、そして私をも消してしまうわ。」
心の中でリサが指摘する。反論した。
「俺は、メデューサを助けるだけだ。」
「そうかしら。貴方は言葉で私との間に剣を得ているのよ。互いの思いを正しく厳しく受け取り合わなければならないのに。今、情念で動けば、貴方はすべてを失うわ。」
このやり取りの間、俺は金縛りにあったように口を閉じたままだった。俺の代わりにソニックが答えてくれた。
「俺たちはお前に救われたし、俺たちなりにこれからの策を練ってお前を助けたい。俺たちと一緒に希望を探し求めたほうが確かな道じゃないか?。」
その言葉に、銀蛇は首を振りながら答えた。
「いや、あそこに彼女がいることがわかっているから、ここに残る。」
「そうか。一人でもいくのか……。彼は覚悟をしている。行かせてやれ。」
俺は、そう言って皆を黙らせた。そうして、銀蛇メデューサは彼の蛇道へ戻っていった。
俺は行けない。行けない。リサが反対した。リサによって反対されたことが、そのまま俺の胸をふさいでいる。
………………………
俺達が擂り鉢の渓谷を出て数日後のこと。渓谷からの地響き。山々の鳴動。それらが俺達を驚かせた。
「な、何が?。」
「あちら!。山脈の向こう側……。青い火柱。」
ソニックとカラス仙とが山の端へ飛んだ。時折空から驚愕する声が聞こえてきた。
「堕天龍達は見当たらない。ぽっくり空いた大穴から青い火柱。全てが洞窟から落ち込んで破壊されている。」
「銀の蛇が⁈。まさか……。」
「上空に、堕天龍と眷属龍達が渦を巻いて飛んでいる。」
「蛇達は全て焼き尽くされている。全てがだ。」
それを聞いたレスターは早々と俺の首元に隠れてしまった。
「銀の蛇が登っていく。いや、銀の龍!。」
俺は気づいた。銀蛇のメデューサは、正しい試練を乗り越えて龍になっている。つまりは、周りを焼き尽くす龍と龍との戦いになる。
「カラス仙、ソニック!。下に退避。急いであの洞穴に隠れるんだ。」
俺は猫の姿でレスターの首筋を加えながら洞窟へ一直線。続いて、落ちるように洞穴の陰に転がり込むカラス仙達。暴風が襲う地響きと大きく響き始めた声。それは、眷属龍の筆頭、貪欲龍、一気に成獣となった銀龍、彼らが互いにわたりあう姿だった。
「裏切り者め。置いてやっていたのに。」
吹きまくる暴風。黒焦げの尾で隙を突こうとする虚龍。貪龍の怒鳴り声。全ての現象が雷と轟音に満たされて、多くの眷属龍たちが地に落ちていった。
「僕は初めから味方ではない。そちらがゴミのように放っていただけだろ。」
高い銀龍の声が雷鳴に重なる。
「そうだな。」
「お前たちは僕の大切なあの子の墓を荒らし、果てはその骨を汚らわしい王座で冒涜した罪。僕は許さない。」
「あのゴミのような骨か?。少しばかり整っていたから玉座の足台に利用してやったのだ。資源の有効利用だぜ。ありがたく思え。」
「その傲慢な思い上がり!。許せない。」
「所詮、人間など塵に過ぎぬ。その骨は塵芥。そのお前も塵芥。塵芥ならば焼き尽くしてやる。」
貪龍の怒声が暴風を圧倒した。
大きな穴と火柱の上空では、二匹が互いを食おうと巴のような陣形を取り始めていた。その周りを稲妻と強風が渦巻く。大きな上昇気流が二匹を空の上に引き上げる。二匹とも、ほぼ同時に互いの尾に食いつき、一瞬に絡みつく。互いを絞めつけ、自らの苦しさを逃れんとのたうつ。呑龍は苦し紛れに火を噴いた。銀龍は思い出したかのように、渾身の雷撃を貪龍の体にぶつけた……。
黒焦げの貪龍の体から、メデューサの銀の体がやっと抜けてきた。その口先は焦げた鱗がめくれ上がっている。疲れ切った動き。やがて急速に縮んだ銀蛇のメデューサ。ソニックはその体を注意深く掴み、俺の元へ運び出していた。
「よく頑張ったな。」
「まだ、彼女の骨を掘り出さねば……。」
「そうだな……。」
俺はメデューサを労わりながら腕で抱きかかえ、その毛深い胸元に抱えて丸くなった。昔、リサが俺にしてくれたように。今、俺の心の中にリサからの乱れた想いが流れ込んでくる。本来ならば優しさと愛、癒しが必要だったのに、心の中は混乱した思いでいっぱいだった。