玉石の洞窟
ソドムの山々の間にあるカルデラのような渓谷、その一角の洞窟からの七色の光がみえた。光を屈折させるもの、反射させる物。年月のせいか、光はだいぶ鈍くなっていたが、明らかにさまざまに集められ積み重ねられていた。それは様々な大きな宝石と貴金属の宝、その横には多くの人類の骨の化石が入り乱れている。
俺は悟っていた。太古の昔、ここは、宝が集められた罠の跡、貪欲な人間たちが合い争った跡だということを。昔、俺の飼い主リサも、さまざまな色合いの服を着替えては、その服に通した手の指に、七色に光を屈折させるささやかな小さな宝石を付けていた。確か、愛する人からの愛の印と言って……。そんな小さなかけらではなく、此処には夥しくはるかに大きな貴金属や宝石が広がっていた。
………………………
俺達がこの谷間の地に来たのは、春先だった。すり鉢のような谷のそこここに、造られた巣穴、出入りする鳥たち、産み付けられる卵、冬眠を終えて這い回り絡み合う蛇たち。カラス仙やソニック達にとって、彼らは貴重な糧だった。そのうちの蛇達は、はじめこそ捕食されるがまま、次第に蛇達の群れは洞窟の中へと逃げ込み始めていた。カラス仙、ソニックの二羽は、蛇の踊り食いに夢中。俺でさえも釣られてそのまま洞窟の中へ入り込んで行った。
洞窟は、まるで誘い込むような明るさと大きさがあった。輝く反射光と何かがいる気配。息急き切って駆け込んだ俺たちが見たものは、蛇達が蠢く奥底に広がる夥しい宝と髑髏だった。ここに入り乱れている骨の中に、カラス仙、ソニックらの主人達のものがあるかもしれない。そう思った俺たちは、思わず自分の主人の名を呼びながら、宝の周りを走り周った。
どのくらいだった時だろうか、洞窟の奥からくぐもったうなり声が響いた。
「宝を奪いに来たな。」
俺がタラスプーキーを名乗っていた頃、ルシファー宮殿に誘われた時に彼を観たことがある。彼は後で分かったことだが、伝説の堕天龍リバイアサンだった。彼の出現とともに彼の周りには、貪龍、淫龍、拘龍、怒龍、傲龍などの眷属龍や多数の眷属の蛇たちが蠢き、離れたところに黒焦げの尻尾を持つ虚龍がいた。
俺たちは弾かれたように洞窟出口へ走った。蛇の抜け殻や竜の脱ぎ去ったうろこの残骸が舞い上がる。すぐ後ろには蛇達の洪水が迫っている。前方には既に立ちはだかる数匹の眷属龍。到底間に合わなかった。
「こいつら……。」
苦し紛れの声。俺は首筋にかじりついていたレスターを洞窟の外へと投げた。その直後にはその右腕さえもたちまち蛇達に絡まれ、群れの中へ引き入れられてしまった。洞窟の天井に逃げ果せたカラス仙もソニックも、ついには蛇達に絡まれ抜け殻の残骸の中に引き摺り下ろされてしまった。
「前足の爪が……。」
俺の足は縛りあげられ、手足の爪が全て抜かれていた。痛みはなかったが、これでは小さな剣をさえ振るうことはできない。みすぼらしい手足に俺はすっかり自信を失っていた。
「おまえの攻撃は、その尾に由来するものだったな。その尾が一本しかないではないか。」
はるか昔に聞き覚えのある声。堕天龍リバイアサンの声だったのだろう。
声のする方へ身体を向けようとすると、骨が軋む。苦労して周りを探ると、ソニックやカラス仙は翼もくちばしもグルグルと巻かれている。口をきけるのは、俺だけだった。
「お前は宝を奪いに来たな。」
リバイアサンの玉座と思しき階段の上から、低い大声が聞こえる。その椅子の足元には、リバイアサンの眷属龍達の蜷局座。王座の椅子には、人間の完全骨格が組み付けられている。極めてひどい悪趣味。その骨格は哀れなある一人の若い女、生前の姿は綺麗な若い姿だったと思われた。宝の周りにあった髑髏達は叩きのめされ砕かれたものばかりであったが・・・。
「宝?。確かにあの髑髏達の中には、昔の飼い主の化石があるかもしれないんだ。その玉座の髑髏も俺たちの内の誰かの飼い主だったのかもしれない。」
「昔の飼い主?。それが宝だと?。あの貪欲な悪人どもか?。俺の言う宝とは人間達が欲しかった財宝だよ。あの無様に砕かれた髑髏は貪欲な人間達の成れの果ては、単なる塵だぜ。この玉座の骨か?。この五体が揃っている骨格は、特にお人好しだぜ。」
「なんだと。」
俺は低く唸った。堕天龍は鼻で笑いながら、大きな声で答えた。
「この女の骨は、俺たちが貪欲な奴らを呼び込む罠としてこのカルデラを掘ったときに、下の地層を掘って住処とした時に見つけた骨だ。こいつは、きっと貪欲な人間達よりも鈍い奴だな。何もしないうちに死んじまったお人好しなんだろうよ。こんなお人好しに繋がっていたというなら、お前達も相当なお人好しだな。」
傍にいるリサが身震いするほどの何かを感じている。悲しみか?。ちがう、これは怒りに近い悲しみ。もしかしたら、目の前の綺麗な骨格がリサなのか?。リサが冒涜された。その思いが俺の心を揺さぶる。体中の血液を逆流させ始める。
いや、リサのはずはない。リサの骨格はあの谷に集めたはずだ。とすると、リサの愛する人、リサの友人か、リサにゆかりの人間のものか……。リサから悲しみのひだが伝わってくる。あの骨格は、リサに関係の深い友人・・・・。友人が死後も冒涜され続ける姿。彼女でなくとも心が大きくゆれる。リサが冒涜されたという思いは、俺の心から消えていない、その思いに、リサの思念が重なる。これはやり切れない思い。そのおもいが、身体中の血液を逆流させ始める。
「飼い主たちを侮辱するな。」
俺は、怒りに今までの不安を忘れるほど激昂した。俺は手足を縛られたまま大声で詠歌を叫び続け、縄を軋ませ、怒りに任せて激しく動く。眷属龍とその後ろのリバイアサンは用心深く俺を睨みつける。それでも俺はそれに構わず暴れ続けた。切れ始める縄。警戒と威嚇の声を響かせ始める蛇達。遂に俺の左腕が自由になり、何処からか抜かれていた爪達が飛んできた。口から出た剣はやはり小さかった。
「そうか、思い出した。人間達を互いに争わせて貪り尽くして滅ぼしたのは、確かお前達だったよな、リバイアサン!。ここは、過去、お前達が人間を捉え滅ぼすワナとしていくつも作ったカルデラと洞窟の一つだ。お前達は、この大陸の人間が滅んだ後も、帝国が復活をさせた亜人達を捉え貪り続けるために、ここを残したんだろう。」
そういうと、俺は低く詠歌を唸り、小さな剣でめったやたらに空を引っ掻き回していた。たちまち落盤ののように天井が崩れ始めた。それと同時にどの龍かはわからないが、その髭が俺を巻き付け床に叩きつけた。もう動くことはできなかった。