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掐半辺天

「レスター、肩に乗れ。」

 夜の静寂、足元を微かに照らす星あかり。俺にはそれで十分だった。実際には、星の夜はほとんど闇と言ったほうが良い。カラス仙やネズミには当然見ることができない。俺はレスターを背に乗せ、カラス仙を追い立てながらステップの荒野を進んでいく。

「夜明けが来ないうちに、木立の上にいかなければ。」

 夜のうちに先へ進めるだけ進みたい。カラス仙は暗闇におびえ、あゆみは遅い。いつのまにか払暁、木々はまだ遠い。追う禿鷲から見れば、朝になってからでも我々に追いつける。俺たちもそれは分かっている。

 だが、カラス仙は、弱気な言葉しか吐かない。

「もう、ここで休もうぜ。」

「・・・。」

「なあ、ここで休んで戦いに備えればいいじゃないか。」

「・・・。」

「俺は夜動かないことにしているんだよ。明るくなったら、一飛びで行けるからさあ。」

「・・・。」

「寒くて、腹が減って、足も痛い。歩くことに慣れてないから、消耗しているんだよ。」

 我慢が続かないカラス仙は、終いには「高く舞い上がって食べ物を探したい」と言いだした。

「ダメだ。ハゲワシたちの恐ろしさはお前がよく知っているはずだろ?。」

 彼を引き止めてはそう繰り返した。日の出となり、もう少しで木立の中へ入り込めると思った時に、油断があったのだろう。カラス仙は飛び上がってしまった。行く手の見える高度、敵にも目立つ空の艶青の影。ふと見ると上った太陽の方向から、カラス仙を囲み追い込むように禿鷲達の陣形が近づいていた。やっと気づいたカラス仙。殺到する禿鷲。急降下の間にカラス仙の身体は捕らえられ、その塊は切り揉みしながら地上へ落ちてきた。


 カラス仙の体は禿鷲たちの鋭い爪の下で動かなかった。そこに他の禿鷲達が殺到してくる。

「放せ、ハゲ野郎。」

 俺は叫びながら突っ込んでいった。反射的な詠歌。その声に反射的に足の爪を放した禿鷲達。次の瞬間、口先に小さな剣が揺れたと思った瞬間、俺は逃げ遅れた禿鷲達を切り裂いていた。カラス仙の周りには黒い絨毯の羽毛が広がった。


 カラス仙は転がされたまま動かなかった。深い傷と虫の息。

「おい、おい。」

 禿鷲達の爪は、カラス仙の胸肉を切り裂いていた。それに気を取られていた俺の背後で、飛び去る羽音。リサの悲鳴のような鋭い思考が、俺の頭を背後に向けさせた。遠ざかるレスターの悲鳴。俺は振り向きレスターを取り戻そうと追いかけ始めた隙に、カラス仙まで上空に運ばれてしまった。


 少し離れたところで、先日の小さな鷹が俺を見つめていた。

「我々は狙っていたのだよ。見逃すはずはないじゃないか。」

「今すぐ、ここへ戻せ。」

「戻すはずがない。やっと得た獲物だ。」

悲しみが体を包む。なぜ、わざわざ敵対するような言葉を言うのだろうか。この悲しみはリサの感じている悲しみに違いなかった。その悲しみのままに、少しばかりの力が体中を走り始める。


 俺は静かに語った。

「帝国でさえ秩序が大切にされている。相互牽制・力による秩序・・・・。ましてやあいつらを思う俺の前でのこの所業。このままでは俺が彼らを全滅させてしまう。」

「そうはさせない。私がお前の相手だ。」

 小さな鷹は俺に挑むつもりらしい。俺は激情に近い感情が噴き出してきた。リサの感じている悲しみとは別に…。ただ、怒ってはいけない。怒るな。そう叫ぶようなリサの泣き顔が目の前に浮かぶ。

「やめろ・・・・。やめてくれ。彼らをここへ戻すだけでいいんだ。」

 もう、俺の心の中は焦りに近い感情で満たされつつあった。二つの口笛のような詠歌を響かせる。

「今すぐ・・・戻すべし・・・。」

 そう相手に叫んだものの彼らは応じるそぶりを見せない。もう猶予はない。俺は詠歌とともに二つ目の長剣を左手に取った。

 右の長剣を小さくかざし、頭上に突き出す。すでに遠い点となっていた禿鷲達を、空間と共に目の前に引き摺り下ろす。目の前に現れたのは、黒い羽根が赤く血に染まったカラス仙。わしのくちばしに挟まれて身動きをしないレスター。

「お前達、警告にもかかわらず、為し続け繰り返し続けた悪行。もうなすすべがない。」

 俺はゆっくりと立ち上がる。顔を上げ引き摺り下ろした全ての禿鷲達を、左の大剣で地面に突き落としていく。

 ためらいはあった。それでも彼らが繰り返す行為は見逃せなかった。左の大剣を横に払うと、禿鷲たちの黒い影達は次々と将棋倒しのように地に倒れていく。俺の周りには、むなしさの山のように羽毛の黒い山が出来上がった。

 俺は放り出されたカラス仙とレスターを両腕で抱えた。カラス仙とレスターは虫の息だった。俺は、剣を放り出すと彼らを自分の胸元へ集め、猫の姿となって黒く毛深い胸元に抱えた。

「もう大丈夫だ。俺の此処にいる限り、命を失わせない。」

 俺は昔を思い出していた。リサの身許で丸くなった頃を。嘴から救い出す行いの強さ。守り抜く意志の強さ。そして、包み込む優しさ。それを教えてくれたのは、リサだった。


 禿鷲達の頭領だった鷹が、身動きを忘れたようにそれらの光景を見つめていた。

「俺の仲間達が……。俺を受け入れてくれた彼らが……。」

 俺は小さな鷹を睨み続けていた。いつ襲ってくるかわからなかった。

「そんなに仲間達が大切だったなら、なぜ襲わせた?。」

「彼らは子分じゃあなかった。俺は少し知恵が回ったから、彼らにアドバイスしていただけ。彼らに悪いことをしちまった。」

「そうかい。それはお前がもたらした災禍。禿鷲達にとって、お前を引き入れた故の禍。」

「冷酷な……。」

「そうか?。俺は此奴らを守ると決めていた。お前達にも警告をした。残念だ。」

 俺はそう言うと、まるくなってしまった。


 日は落ち、また上った。鷹はまだ俺の傍に立ち尽くしている。俺はそれを無視して起き上がった。カラス仙を自らの肩にとどまらせ、レスターをハゲワシたちの羽毛で作った包帯で抱えた。レスターの怪我は思ったより深く、まだ意識も戻っていない。

 とりあえず、木々の間へ移動したかった。ただ、水場はなかった。水を吸い上げているはずの木々も枯れていた。未来の見えない不安。すでに限界を過ぎた仲間たち。空腹と渇望・・・・・。


 空腹と渇望がもたらす鋭さが、風の中に微かな湿気の香りをかんじ取らせた。それは西からの風。地中海からの湿気が鼻をくすぐる。もうすぐ雨が来る。

 ふと、後ろからついてくる影があった。小さな鷹。俺は反射的に背中の毛を逆立て、その鷹を睨みつけた。小さな鷹は躊躇しながら小さな声で独り言を言った。

「お前…、いやあんたには敵わないよ。諦めたさ。そいつらは仲間なのか。いつ捨てていくのか待っていたのだが。そうすればあんたも、俺も助かると思ったのだが。」

「俺は捨てない。俺を救ってくれた亡き主人の思いが、この胸を杭のように突き動かすのさ。主人はそれを惜しげもなく注いでくれた。自分の痛みがあるから、他の奴の痛みをそのままに出来ない。たとえ、お前が付け入ろうとしても、俺は守り抜く。」

「そうだろうよ。それはもうわかった。」

「それなら、なぜまだついてくるのか?。」

「あんたなら……。そんなあんたがもしかしたら、知っているのかもしれない、と思ったのさ。俺の過去と未来。亡き主人との再会の仕方を……。」

「再会?。亡き主人?。」

 俺は、何かを思い出したように改めてその小さな鷹を見つめた。右の足に金属の輪。まるで指輪のような……。

「そうさ。これは大きさは違うが、俺をかばって逃がしてくれた若い主人、若い娘の指輪と同じもの。彼女は戦争で親を殺された……。逃げ伸びたはずの街で…、彼女たち孤児たちはあの時教会堂に閉じ込められ、砲撃で生き埋めにされた。俺は主人たちを助けられなかった……。」


 鷹はそれからしばらく無言だった。その目からはいくつもの光るものが次々と落ちていた。その苦さを感じた俺は、己が苦さを思い出した。先ほどまで俺たちを襲っていた奴だ。こんなことがあろうか。俺はためらいながら低い声で言ってやった。

「帝国によれば、『復活』はもう起こっているらしい。ただ、お前の亡き主人とかいう女の化石を集め、築き上げないとダメらしい。しかも、まだそれでも足りない……。」

 鷹は降り出した雨のせいだろうか、俺の言葉に思わず翼を広げて喜んだ。

「やはり、あんたは知っているのだな。もっと教えてくれ。どこへ行けば、あの時の教会堂に行きつけるんか?。どうしたらいいんだ?。」

「俺の知っていることは、さっきのことだけだ。」

「その知識だけで動いているのか?。」

「そうさ、諦めるのはいつでも出来る。でもやらなければと後悔をし続けることになる。だから、調べながら、探りながらやっている。」

「強い思いだな。俺はほとんど諦めていたんだ。でも、あんたが仲間を諦めない姿に何かを感じたんだ。なあ、俺も同行したい。」

「何?。すきあらば、こいつらを襲うんじゃねえのか?。」

「もう、そんなことはしねえよ。」

「信用できねえ。」

「わかった。それなら、五〇ほど離れていてやるよ。」

「いや、一〇〇だな。」

「許してくれるのか。」

「許してはいねえ。ついてくるのは構わない、と言っている。」


 鷹の名はソニックと言った。彼は俺たちの周りをいつも飛び回るようになった。

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