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ノドの地の最後

 俺を揺さぶる手と声。聞きなれた声が俺を呼んでいた。

「グー。また、なぜ一人で戦いに行ったの。どうして私を置いて行ったの。」

「俺はあんたに近づいては……いけない。俺は生きて帰ってくる……はずでは…なかった。俺はルシファーに呪いを受けた者……。」

「どうしてそんなことを。どうしてそんな呪いを。」

「呪いゆえに、……。人間のごとき恋焦がれる心が生まれてしまった。永遠に叶わぬ人間を……相手として求めてしまう。許されない相手を……。しかも、愚かゆえに相手を理解せず、相手の求めを理解せず、そして相手を苦しめる。所詮、俺は猫又の身なのに・・・。」

リサは臥せっている俺をいたわりながら答えを返した。

「その呪いを私が変わって受けるから・・・・。」

俺は思わず状態を起こそうとした。

「それは・・ウウ。」

全身の骨折を補綴した箇所が、俺の無理な動きを許さなかった。痛みに耐えながら、訴えるべきことをゆっくりと一言づつ口にした。まるで、もう夢遊病にかかったようなことばを。

「それは・・・俺だけが受けたもの・・・。ルシファーを裏切ったことで・・・、この呪いはいずれ受けるもの・・・。呪いを受けたカインのごとく・・・、俺もこの約束の地から・・・追われるべきもの・・・。俺はあんたを・・・恋焦がれてはいけない・・・。たとえ・・・、この身を打ちたたいても・・・、俺はこの身を・・・この心を・・・この呪いの思いを・・・打ち伏せなければ・・・。さもなければ・・・、あんたの目の前から・・・消え去るのみ・・・。だから、俺はこの地を・・・去らねば・・。」

 そういうのが精いっぱいだった。俺の目には今まで流したことのない水の流れがあふれた。心の思いがあふれた。そして、リサへの情念が今までは感じられなかった心からの流れとして感じられた。それは、俺が口にしたことと正反対の思いだった。しかしそれは人間ではない俺に許されないことだった。


「グー、あなたは私をわかっていないのね。長い間私の傍にいながら、生前の私とともにいながら・・・。」

 彼女は何を言おうとしているのだろうか。愚かな俺にはわからないことだった。

「俺にはそれはわからない…。愚かだから。」

「あなたは、愚かだからと言って私の思いが分からないの?。そう言って逃げるの?。私の思いは人間の女としての思い。あなたは人間の男としての思いを与えられたのでしょ?。なのに、私の思いが分からないの?。」

「何をわかれと?。」

俺は、呪いのことを文言上理解しているだけで、愚かゆえにその本質的なことを理解しているはずはなかった。その知恵を与えられているわけでもなかった。それをリサが理解することもなく、それがこの後の俺の苦しみの始まりだった。


・・・・・・


 俺たちは、アラスカから海岸沿いに南下した。帝国の及ばぬところではあったものの、道なきところを進む旅は、困難を極めた。ついに、俺たちのキャラバンはフレーザー川の川州で立ち往生してしまった。

 下流のデルタ地帯に特有の泥に車輪は嵌まり込み、車軸まで折れてしまった。このままでは車列全体を放棄せざるを得ない。しかもこの先は道のない草原。その先の凹凸にも荷車は耐えられそうになかった。遥かアルクッズ宮から持ち出した石板さえも、運ぶことに困難を覚えていた。

「車輪と車軸とを修理するには、材料と時間が必要なんだが。」

「この川沿いに上っていかなければならないのよ。水辺を通っても耐えられる構造にしないと。」

「それは難しいな。今使える材料は木材でしょ。広大な針葉樹林が広がっているから、木材はたくさんあるけど。」

 俺の周りでリサとサヤ、ミルフィー、ポー達が何か難しい議論を長々としている。結論が出ない堂々巡りのように聞こえるのだが。

「そんなの水をスイスイ行けば良いじゃないか。」

 俺がポロッと言うと、皆が黙って俺を睨みつけた。

「スイスイ?。どうやって?。」

「もう帝国を出し抜く必要もない。荒れ狂う海じゃないんだから、小さい板を浮かべてさ。」

 俺は本気で発言するつもりはなかった。半分冗談のつもりだった。しかし、リサ達は俺を見つめたまま黙っている。何かいってほしいのだが。

サヤが一言言った。

「船ということ?。いかだね。」

そうか、水に浮かぶ丸太をいかだというのだった。やはり俺はものを知らない愚か者だ。


 フレーザー川をさかのぼるいかだを連ねると、長さは優に五キロほどになる。ペレとイメルリ達バイソンが川に足を踏み入れながら両岸から引いてさかのぼるのだが、その速度は遅々としたものだった。それでも、中流域へ遡上すると、豊かな川筋の両岸には見事な針葉樹林が広がり、その背後には深い谷を抱くロッキーの山々と雪が輝いている。岩山もあり、氷河で削られた山肌も見えている。上流域では山が川の傍まで迫り、川は曲がりくねるようになった。ここから先はなかなか前に進むことができなかった。

 俺たちは、疲れ切って、河原に筏を乗りあげた。今後の方針を相談しているところに、不思議な、白い衣の小さな人間数人が近づいてきた。彼らは興味深そうに俺たちを眺めている。その目は好奇心でいっぱいだ。しかし、彼らはすぐにいなくなってしまった。

 次に来た人間は、俺たちより少しばかり背が高かった。木の枝を持ち、警戒の色を浮かべながら、俺たちのところに近づいてきた。俺たちは、アルクッズ宮から持ち出した二枚の石板を掲げて彼らに声をかけた。

「ここは荒れ野。ここにいる二人の人間、アルクッズ宮から二枚の石板を持って逃げてきた。」

「われら、アーミット。天のしるしを受けし白い衣の民。」

 途端に、俺たちの頭の中に鐘の音とともに、彼らからの祈りのような言葉が響いた。「賛美 栄光 知恵 感謝 栄誉 力 威風。これらすべて天に帰すべきもの」

 アーミットと名乗るこの人間たちは、この石板を一眼見ただけで何かであるか、そして俺たちがどんな集団であるかをを悟ったようだった。

「われら、この時を待っていた。」

この時彼らの祈りが天へと立ち上っていった。それはまるで燈明の煙が上がって行くように。そこにリサとサヤの祈りが加わっていく。俺も無であることを知りながらも、不完全であることを知りながらも、祈りを合わせた。そして、………。


 彼らに導かれながら、彼らの住む谷へと入った時、西のノドの大陸の方向に星降りが始まった。一部は氷であり、一部は火の玉だった。それらがルシファーたちの残るノドの大陸をすべてたたき尽くした。そのあとに続くノドの大陸における大災害は、なかなか終わることがなかった。俺たちはすべて、遠くからその光景をうかがい知るしかなかった。

 他方、新世界は、俺にとって、リサとサヤにとって、そしてメデューサにとって、また共和国の住人だった者たちにとって、新たな一歩を約束するものだった。

ただ、俺にはいつも呪文のようなリサの言葉が絶えなかった。

「私があなたの呪いを代わりに受けるといったのに。まだわかってくれないの?。」


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