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新世界へ

 しんがりはイメルリと俺。俺たちの渡っている氷の橋は長く細い。


 衝撃音は西から東へ突然だった。天空を切り裂く金属音とともに、天空を満たす轟の響き。その響きは、遠く南西のカムチャッカの茶色い雲とともに引き起こされていた。しばらくたつと白い波が立ち始めた。それと同時に海水が引き始めている。

「津波?」

 そう考えるのが妥当だった。大水が南西のほうから押し寄せてくる。このままでは新大陸に上がった仲間たちまで大水に襲われると思われた。


 ・・・・・・・


 これから渡ろうとする氷の橋は細かった。キャラバンの先端はまだ向こう岸へ着くには時間がかかるだろう。


 そのころ、先々代皇帝のオーブランこと、ルシファーは怒り狂っていた。

「彼らは、将来われらを追い詰めるであろう不倶戴天の敵。それをみすみす海の上へと逃がすのか。」

 現皇帝オーブルミルミは、たしなめるように指摘した。

「我々は、地下のルシファー宮殿への道を失っています。これは宮殿そのものを失ったに等しい事態です。我々は、すでにこの大陸の上を這いつくばる存在になり下がったのです。」

 それを聞いたオーブランは、怒りの色を込めてオーブルミルミをにらんだ。

「我々が負けたというのか。あの女二人に、あの猫又ごときに。忌々しいグーめ。」

「マイマスター、まだ負けたわけではありません。我々は彼らをある意味では追い詰めています。現にこのノドの大陸から彼らは逃げだしているのです。」

「そう思うのか、我が息子よ。われらもまた単なる陸上のうごめくものへと追い詰められているのだぞ。すでにルシファー宮殿を失った今、次の戦いがあるとすれば、それが我々にとっても、彼らにとっても最後の会戦となるぞ。」

 その時、ルシファーの親衛眷属のフレスベルグが飛び込んできた。

「復活した証人二人、そしてグー。彼らの一群がベーリング海峡の海の出たのは、対岸に渡るためらしいです。」

「なんだと。それでは彼らは単に我々から逃げおおせただけではないというのか。我々は彼らを追い詰めたのではなかったか。」

 オーブランは怒りを発した。オーブルミルミは慌ててとりなした。

「彼らは、単に海へ逃げるだけではなく、対岸へ一気に渡ろうとすることまでは予想がつきませんでした。」

「我々は、彼らに一杯食わされたのだ。」

「それでは、どうするおつもりで…。」

「ルシファー宮殿から脱出した眷属どもをここに呼べ。」

 皇帝オーブルミルミは、先々代皇帝の指示に従い、ルシファーの眷属たちを招集した。彼らは、ルシファー宮殿の中でルシファーの周辺に温存されていた秘蔵っ子たちだった。

皇帝オーブルミルミは軍議を招集した。

「今や、ベヒーモスもリバイアサンも陸上の勢力は役に立たない。先々代皇帝より賜いし眷属を活用するときだ。衛兵、彼らを呼び出せ。」

衛兵は、口上を持って親衛眷属を呼び出した。

「先の報告をもたらした鷲族の生き残りフレスベルグ、蛇族より来たりし勇者ブリトラ、バジリスク、巨人族の生き残りヘカトンケイル、多足獣クラーケン。前に出よ。」

オーブルミルミは彼らに説明しつつ、指示を出した。

「空中を支配した堕天龍とその眷属、地上を支配したベヒーモスとその眷属は、すでに彼らに勝てない。今や、直属の戦士たる諸君が前面に立つ時だ。」

「我ら、親衛眷属。お任せください。海の上でもわれらが彼らを滅ぼしましょう。」

「そうだ。我らにお任せを。」

親衛眷属たちと周りの兵たちは、そう大声を上げた。ところがオーブランは不満そうな声を上げた。

「それでは足りん。」

突然の先々代皇帝の声に、一同は静まり返った。

「それでは足りんのだ。彼らは海の向こう岸の荒れ野に逃れようとしている。彼らは『新世界』と呼んでいるに違いない。彼らがそこへ行きつくことになると、必ずこのノドの地のわれらを滅ぼしに来る。今、海の上にいる彼らを、また陸に上がった彼らを一気に滅ぼさなければ、われらの生きる道はないぞ。」

「われら親衛眷属だけでは、力不足だとおっしゃるのですか。」

「確かにお前たちは彼らを圧倒する力はあるだろう。しかし、完全に彼らを抹殺することはできない。今は彼らを完全に滅ぼさなければ、われらに生き残る余地がなくなるのだ。」

「では、どのようになさるのですか。」

「大水で彼らを襲う。過去の人間たちも大水で滅ぼされたのだ。今回もそれで彼らを滅ぼし尽くすることができる。私が直接大波を起こし、彼らを飲み込んでくれようぞ。」

 オーブランは、怒りのオーラを充満させ、玉座から立ち上がった。

「ここ、カムチャッカの地より、大波を送ってくれてやる。奴らを滅ぼし尽くしてやる。」

 こうしてルシファーの親衛眷属たち、そしてオーブランとオーブルミルミ。彼らは、玉座の前からそれぞれに出ていった。


 ・・・・・・・


 俺たちのキャラバンの先発隊は、すでに向こう岸へ着いていた。しんがりのイメルリと俺の荷車は、すでにつけられた轍をなぞればよかった。

「俺たちで最後だ。」

 そうイメルリに言うと、イメルリはかぶりを振って進みだした。


 イメルリの伝えてくる思念によれば、あちらには同じバイソンの仲間がいるという。また白ではないが灰色オオカミといわれる狼も。また、サヤやリサが目指す残った者たちが山脈に守られて生活しているという。俺たちはその新世界を目指していた。


 そこに突然襲った地震。天空と水平線とが大きく揺らいでいた。海水が大きく西へ引き始めている。

「カムチャッカに地震か。そうすると津波が来る。」

 イメルリにそういうと、前の車列に急ぐように伝えた。


「まだ前は急がないのか。」

 哨戒中のソニックが下りてきた。

「はるか前のほうは、最高速で走り始めている。たぶん、あと半日もあればわたり切る。しかし、はるか南西に、海が壁のように盛り上がって迫ってきているぞ。」

「それは海水が台のように盛り上がっているんだ。いずれ、ここから東へと大波が襲ってくる。」

「大波の高さはどのくらいなんだろうか。」

「銀龍の長さぐらいの高さがある。」

「それでは、あちらの岸へ渡ったみんなが危ない。向こう岸のみんなに各々急いで山へ登れと伝えてくれ。」

「グーは間に合うのか。」

「わからない。今は急ぐしか手がない。」

 そういう間にやっと俺とイメルリの荷車の速度を上げることができた。あと半日ほどで向こう岸へ全員が行きつく計算だった。


 ようやく対岸の山々がはっきり見えてきた。残り十キロ程度だろうか。津波を観察していたソニックと、メデューサに乗ったサヤとリサとが、俺とイメルリの荷車に集まってきた。

 ソニックが厳しい見込みを指摘した。

「グー、津波は残り二時間で対岸まで達するようだ。後ろの荷車三〇台ほどが津波に襲われる計算だぞ。」

「わたり切った荷車たちはどうしている?。」

「すでに山へ登るようには伝えてあるわ。どこへ行くべきかはまだわからない。」

「それなら、もっと奥地へ逃げなければいけない。」

 俺がそう言うと、サヤは決意を秘めた表情をして返事をした。

「私が先行組を先導するわ。メデューサはまたここへ戻します。」

 現実には対岸に登れるような山は、海岸近くに見当たらなかった。このままでは海岸から億深くまで津波が達することは明らかだった。リサが不安そうな顔を俺に向けている。すがるようなリサの目を見つめた途端、俺の中に仕掛けられたルシファーの呪いが発動した。

「リ、リサ。」

 俺はやっとのことでリサから目をそらすことができた。しかし、リサは俺が視線を外したことを不自然に感じたらしい。

「あんたのそういう顔、初めて見たわ。これからどう対処するかはあなた次第なのよ。私はあなたしか頼る人がいない。」

 俺の頭の中に「あなたしか」というリサの声がこだまし始めた。このままでは、俺が全軍を路頭に惑わしかねなかった。

「り、リサ、お願いだ。先に行ってくれ。」

「なぜ。」

「そ、そうだ。先行するみんなを整然と早めに上陸させる指示をリサがとってくれれば、皆うまくいく。」

 やっとのことで、俺はそう伝えることができた。俺はもともとリサを守るために、リサの願いを実現するために生きてきた。リサの幸せを、そしてリサの生きながらえることを、リサの教える愛を実践することを。しかし、リサへの衝動を抑えることがなんと難しいことか。せめてリサから離れることがリサを不幸にしないことを俺は信じていた。神聖にして侵すべからず。そう自分自身を打ちたたきながら、俺は次になすべきことを考えた。


・・・・


 リサの工夫と働きで、津波到達の前にすべての荷車が対岸に到達する見込みが立った。俺は一安心と思った。ところが、慌てて飛び込んできたソニックが、予想しない事態を報告してきた。

「津波の前面に今まで見たことのない怪物どもが現れている。そのなかに巨鷲がいる。俺たち一族の裏切り者フレスベルグだ。そのほかの奴らは、彼の仲間、ルシファーの親衛眷属たちだ。このままでは、俺たちの隊列が津波から逃げる前にやられてしまう。」

 ルシファーの親衛眷属と津波とが同時に現れたことは、俺たちを決して対岸へ行かせまいとするルシファーの決意の表れに違いなかった。

「ソニック、リサに伝えてくれ、かつて俺がルシファー宮殿で見た親衛眷属の貪欲獣たち、ブリトラ、バジリスク、ヘカトンケイル、フレスベルグ、クラーケンが現れた、と。全軍を守るために俺はこの隊列から離れる、と。」

「どこへいくんだよ。」

「この戦いは、俺一人で十分だから。」

「おい。」

 そのソニックの掛け声を聞きながら、俺は荷馬車を降り、氷の橋をもとの方向へ走り始めた。リサへの言葉を口にした。

「リサ、俺の愛するリサ」

 その言葉が剣となった。その件によって津波前面に立つ貪欲獣たちを刺激すると、彼らは俺めがけて殺到してきた。彼らの作る衝撃波は大きく空気と波とを揺らし、衝撃音は俺の聴覚を奪った。このままではとても対抗はできないだろう。そう思ったとき、ノドの大陸の端から火柱が貪欲獣たちをなめ尽くした。ペレだった。

 ペレは俺の横に立ってくれた。彼はそのままいくつもの火炎を投げ、海底が露出するほどに海水が一気に蒸発した。すべての海水が蒸発し、貪欲獣たちを一掃したように見えた。

 しかし、貪欲獣たちは沸騰する海水によって、上に放り投げられただけだった。ペレはその巨体でブリトラ、バジリスク、ヘカトンケイルを捕らえた。俺はフレスベルグを粉砕した。しかし、クラーケンは俺たちにかまわず、リサの隊列のほうへと移動し始めた。

 俺はクラーケンの尾にしがみつき、クラーケンの頭に爪を立てた。しかし、力の尽き始めた俺は、もう策がなかった。やっとクラーケンの喉に食らいついたものの、俺はクラーケンに腰をかまれた。

それでもひたすらに食らいつき、組み付き、空を切り裂き続けた。相打ちでリサたちを救いたかった。ただそれだけだった。


 力尽きた時、リサの声が遠くで響いている。

「なぜなの。どうしてなの。こんなことのために私を遠ざけたの?。」

 悲痛な声を出してほしくなかった。その声が俺の呪いを発動させ衝動を余計に強くする。その激情の中で俺は気を失った。


 のちにソニックから聞いた話では、貪欲獣がリサたちを襲おうとした際に、突然、別の地震が起きたらしい。アリューシャンから大きく空いた大地溝だった。西からの大水は全てその大地溝にのまれたらしい。危なく俺たちの渡っている氷の橋は、破壊を免れ、すべてが助かったということだった。それは、俺のリサとサヤとが将来ルシファーたちを圧倒するきっかけとなるものだった。

 こうして俺たちの仲間は、呪いの地、ノドから新世界へ来ることができた。しかし、俺だけは、ルシファーの呪いを抱えたまま、新世界に来てしまった。

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