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復讐と憐みと

 ミルフィーは俺たちの縄をほどいてくれた。その作業を見守るように、もう一人奥からゆっくりやってくる者がいた。

「ミルフィー、なぜこんなところに幽閉されているんだ?。」

「私は、退位させられたのよ。」

「誰に。」

「私とポーの息子。ミルミに。」

 目の前の白い肌の男はポーだった。

「ポーまでがここにいると言うことは。皇帝はあんたらを裏切ったのか、それとも邪魔だと思ったのか。つまり、帝国は変容してしまった、と?。」

「そう。」

 俺は、目の前の二人に遥か昔の絶縁した事情を思い出していた。

「ミルフィー、なぜ平気な顔をして俺の前に出てこられるのか?。」

「そうね。退位したからと言って、今の帝国をもたらしたのは、私に責任があるわね。不完全な復活を果たした不完全な人間のもたらした帝国……。」

 ミルフィーが下を向いたまま、言葉は続かない。他方、誇り高いポーは相変わらず、上を向いたまま。もちろん反省や誤ろうとするそぶりもない。俺は、問いただすしかなかった。

「ポー、お前がし始めたこの帝国の姿。申し開きはないのか。不完全なまま拙速に復活を急ぎ、果ては復活させた亜人類の喜びと繁栄どころか、蔑みと屈辱と搾取と苦しみをもたらした。」

 ポーは動かなかった。凍りついたように前を向いたまま。俺がポーの顔から視線を外し、最後にポーの前を去ろうとした時、軋むような後脚の関節の音が響く。四つの脚は折り畳まれ、彼の首はうな垂れた。

 俺はまさかと思ったが、ゆっくりポーの顔を覗き込んだ。

「やっとその態度をとったのか。それで悔い改めた、とでも言うのか。」

 俺は悔しさを込めて言葉をポーにぶつけた。

「犠牲になったものたち、野垂れ死、病死、自死。様々に無様に死んでいった者たち。そして帝国だった旧首都には、生きながら殺され続けていた亜人。彼らはミルフィーと同じように、不完全な時に不完全に復活させられた。これらを導いたのは、お前だ。お前はこの時代に少しでも存在してはならなかった。」

「そうだったな。私は、生きてはならなかった。」

 俺は、長剣一振りを目の前に出した。

「本来ならば万死、苦しみの末に死すべきものを、一撃にて命を絶ってやろう。」

「待って。」

 俺がかざした長剣の下に飛び出してきたのは、思いつめ、ポーを一心に心配したミルフィーだった。

「私がこの子に生きてと命じたのが始まりだったの。これらの状況は、私が始めたこと。故に私のみに罪を負わせて。お願い。私が彼を一人にしたことで始まり、そして私自身が始めたことだから。」

 俺は固まった。犠牲となった者たち、また新たに犠牲になろうとする者を思い起こし、断罪が必要であることに気づく。俺はミルフィーを断罪すべきだろうか。しかし、ミルフィーも犠牲者のはずだった。このままでは実行はできない。

 俺は知恵のない考えを繰り返し、ミルフィーとポーを責め、また黙りこくった。俺は愚か者のままだった。


 ふいに、今まで黙っていたリサが一言言った。

「あなたは初めの愛を忘れてしまったの?。」

 この解決策は愛のある憐れみしかなかったと言うことなのだろう。

「そうだな、愛を忘れていた。」

「それに…。今は脱出を考えるべきでしょ。日の出前に脱出しないと。」

 リサの指摘に、俺ははっとした。まずは脱出する方法を考えるべきだった。

 伽藍の下の構造は、大きく変更されている。この牢獄も場所と構造を司る。脱出する方法を俺は知らなかった。

「ポー、俺は許すとは言えない。しかし、俺に復讐する権利も、裁く資格もない。今は、脱出し、四人が生きる事だ。」

「そうか、それなら、ここを出れば道はある。」

「下層には清掃用・排水用のダクトがあるはずだ。それに潜り込めれば脱出できる。」

「それをどこで?。」

 ポーが不思議そうに尋ねた。

「そう、俺はかつてルシファー宮殿にいたことがある…。」

「なんと。」

「そう、俺はルシファーの眷属だった。そうだ、俺には正義がない。俺は単なる「無」にすぎない。劣弱な俺が、高等な知恵者たちを裁く権限も、復讐する理由もない。」

「そうか…。」

 ポーはそれっきり何も言わなかった。


 俺たちは下層の排水ダクトを通って、やっとカルデラの底へと脱出できた。あとは駆け上るだけ。俺はリサを背中に、ポーはミルフィーを背中に乗せ、一気に駆け上がった。カルデラの上ではやはり眷属龍たちが待ち構えていた。


「俺は「無」だ。ポー、俺はお前にリサを預けよう。お前は俺にチャンスを預けろ。必ず道を開く。」

 俺はリサをあずけ、長剣を二つかざしつつ龍たちめがけて駆け上がった。ポーはリサとミルフィーを乗せて、俊足で走り去った。

 目の前には、眷属龍たちが再び立ちふさがった。その後ろに虚龍と堕天龍たち。またその背後に皇帝ミルミの姿、それに重なるようにいたのが千先代皇帝オーブランだった。

「俺は、いつも後がなかった。俺は「無」だから。俺はいつもそうだった。」

 そう言って俺は眷属龍たちへ襲い掛かっていった。

 ちょうど日の出だった。そして、足元のすべてがゆっくりと崩れ始めた。


 ・・・・・・


 カルデラからの閃光を見たサヤがメデューサを呼んだ。

「そう、今が私たちの時よ。今こそ、地の底にあいつらを封じ込めてやりましょ。」

 メデューサはサヤを乗せて大きく飛躍し、一気にカルデラの頂上へ達した。カルデラでは、何体もの眷属龍たちが首を切り離され、血みどろの中でまだ俺が二つの剣を振るっているのが見えたらしい。

「彼を助けましょう。」

「それよりも、リサと一緒にいる彼らを救い出しましょう。」

 俺はすべての眷属龍を倒したと思った。しかし、堕天龍に挑もうとした時、目の前には宿敵ともいうべき虚龍がいた。

「まっていたぞ。」

「しぶといやつめ。」

 俺と虚龍とは互いに間を測った。互いに互いの手の内はよく知っていた。虚龍の後ろの堕天龍や皇帝たちは手を出そうとしない。例のごとく彼らの流儀らしかった。俺は剣を後ろに構え、髭が感じる流れを意識した。そして虚龍と交錯した一瞬ののち、虚龍の首は高く飛んでいた。

「見事だ。グー。」

 先代皇帝オーブランが俺に声をかけた。

「グーよ。お前はわが宮殿をよく破壊できたな。」

 俺は途端に体を金縛りにされた。

「お前は、幾度となく我が道を妨げた。異能を授けたのにそれをよく思わず、我々と相容れぬ側に就くとは。ゆえに、お前の呪いは特に重いであろう。お前に人間の思いを与えよう。人間の恋焦がれる心を。お前は永遠にその相手を求めるようになる。相手を恋焦がれる。しかも相手を理解せず、相手の求めを理解せず、そして相手を苦しめる。所詮、猫又の身。人間に理解されると思うなよ。」

 そこにメデューサが大剣となって先々代皇帝オーブランに襲い掛かった。皇帝は袈裟懸けに切られたはずだった。しかし、体は消えた。それは明らかに俺の知っているルシファーのにおいだった。

 俺は思わず叫んだ。

「正体見たり。皇帝ランこと、ルシファー!。お前は、宮殿を失った。へ帰るに帰れなくなっている。また、いったん地下へ戻れば、俺たちに近づけなくなる。」

「ほほう、よく知っているな。確かに私たちは、アクセス手段を失った。しかし、地上は走れるのだぞ。お前たちと同様にな。このノドの地はすべてアベルの血の呪いを受けている。その限りではこの大陸はお前たちがどこへ行こうとも我々のものぞ。」

 彼らはそう言って忽然と姿を消した。目の前のルシファーの眷属たちの化身もかき消えた。


 ミルフィーがそのやり取りを見て、言った。

「この地は、あの言葉の通り、ルシファーが支配しています。先々代皇帝がこれからも支配し続けるでしょう。」

「だから、私たちはこの地から荒れ野に逃れるのです。」

 サヤとリサの言葉が何を意味するのかを、俺は悟れなかった。ただ、俺の愚かさを思い、ただ前に進むことしか考えられなかった。


 ・・・・・・・


 ベーリング海峡は氷で閉ざされていた。俺たちは、単に大陸の隅へ逃げてきたというそぶりを見せていた。この海を渡ることを帝国側に知られてはならなかったからだ。そのために船を造らずに、ただ海峡が凍る時を待っていたのだ。この時のみが俺たちの一団が対岸へ渡るときだった。

 いま海峡の海流は止まり、氷の細い道はこのときにのみ維持されていた。私たちは、こうして新大陸への氷の橋を渡り始めた。

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