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ソドムへ

 マサダ要塞の絶壁が眷属龍たちの攻撃を受け始めたころ、サヤとリサ、メデューサは日光を全く反射しない黒い尖塔へと近づいていった。尖塔は、高さ二千メートルを超す人工の建造物。その城下町のようにソドムの軍事都市が広がっている。高い城壁には城門らしきものがなく、侵入すべき入り口を見つけることができなかった。

 サヤが合図をすると、メデューサが城壁に取り付きその体を階段のように変形させた。サヤとリサはその階段を上って、城壁の上に達した。城壁の上には南から風が吹きつけている。ソドムの北にあるマサダ要塞が大きい炎に包まれているためだった。

「誰もいないわね。眷属龍が見当たらないのは、作戦がうまくいっているおかげなのかしら。」

「でも、亜人たちも見当たらないわ。」

「眷属龍たちが戻る前に、亜人たちに会わなければならないわ。」

「説得できるといいわね。」

 サヤとリサは、亜人たちを探して都市の中を進んでいく。あるじのいない建物がずっと広がっている。ソドムの街の建物は、すべてがドーム状の黒い屋根を持ち、それが高いものから低いものまで統一感のない建てられ方をしている。柱はどの建物も五本、壁は溶岩を冷やしたような形状の岩だった。


 マサダ要塞が見える側の城塞に近づくと、その城塞の上に亜人たちが群がっていた。彼らは、マサダ要塞の戦いの様子を食い入るように見つめている。

「今、呼びかけるべきね。」

 サヤはそういうと、声を上げ始めた。

「帝国の住人達よ、貴方達はこのままでは滅びる。ルシファーの眷属達と手を切り、立ち還れ。あなたたちに許しの機会がある。この地にあって、天の栄光を知れ。」

 サヤの大声に呼応するように、続いてリサが叫んだ。

「底知れぬ所より出てきたルシファーの眷属たちよ、退け。」

 亜人たちはいっせいにサヤたちのほうに振り返った。

「なんだ?なんだ?」

「あいつらは、俺たちの敵だ。」

「なんであいつらがここに来ているんだ。」

「あの言葉は俺たちにとって呪いだ。」

「聞きたくない。黙らせろ。」

 サヤたちは亜人たちの拒否反応に驚いた。しかし、言うべきこと、伝えるべきことは明らかに口に出して告げなければならなかった。

「帝国の住人達よ、貴方達はこのままでは滅びる。ルシファーの眷属達と手を切り、立ち還れ。あなたたちに許しの機会がある。この地にあって、天の栄光を知れ。」

 亜人たちがサヤたちへ押し寄せてきた。彼らの手には、剣やこん棒、果ては火まで掲げていた。身の危険を感じたサヤは、メデューサに合図をした。

「仕方がないわね。あなた達に与えられた機会は、ここまでなのよ。」

 メデューサは亜人たちの上空から火の粉を降り注いだ。多くの亜人たちは、大量の火の雨に驚き、右往左往し始めた。この騒ぎにマサダに攻撃を仕掛けていた眷属龍の一部が気付いた。

「亜人たちが助けを求めている。何が起こっているのだろうか。」

「あれは、サヤとリサの二人だ。俺たちの裏をかいたな。」

 そう言いながら、上空にはいつのまにか眷属龍たち全員が殺到してきた。サヤはそれを見上げながら大声を上げた。

「底知れぬ所より出てきたルシファーの眷属たちよ、退け。」

 このリサの言葉をきっかけに、メデューサは上空から大量の火と鋭いうろこのやいばを、ソドムの都市中に注ぎかけた。応戦する眷属龍たちもサヤとリサめがけて黒い刃と火柱とを投射した。あたりは、銀鱗の刃と眷属龍たちの黒鱗の刃とが飛び交い、ソドムの塔までがひび割れ、斜めにかしぎ始めた。サヤとリサは物陰に隠れているものの、刃の激しい応酬の中で逃げることができず、次第に追い詰められていた。


 俺たちは、ナハールヘイマーからソドムへと急いでいた。ソドムを観察すると、城壁の上でサヤとリサが亜人たちと戦い始め、そこに眷属龍たちが殺到している。俺を乗せたイメルリは群れから遅れ始めたが、ペレとバイソンの本隊はその城壁を崩そうと打撃を与え始めた。城壁がペレの青い火炎でもろくされると、バイソンたちは、サヤとリサが身を隠している物陰にほど近い城壁を崩し去った。その振動が尖塔に伝わり、かしぐ速度が増し始めた。このままでは尖塔は崩壊し、皆が巻き込まれかねなかった。

「リサ!。リサ!」」

 俺はそう叫びながら、崩れた城壁の間からソドムの内部へと入り込んだ。メデューサが眷属龍たちを圧倒しようと、銀鱗のやいばをさらに加速させ、ソドムの城塞中のすべての建物に打撃を与え続けていた。眷属龍たちはさらに激しく黒鱗の刃を降り注ぐ。それがイメルリ達の防具に激しく当たる。それに守られながら、俺はサヤとリサのところに達することができた。

「黒の尖塔が崩壊する。危ないから、一度撤退しよう。」

「そうね。」

「あなた、リサの名前しか呼ばなかったわね。」

「え?。そうか?。」

 俺はサヤが何を言いたいのかわからなかった。ただただリサが生きていたのがうれしかった。そのせいか、気持ちに少し余裕を持ちながら、俺たちはなんとかソドムの城外へと撤退することができた。


 撤退する背後から轟音と衝撃波が襲ってきた。サヤとリサをかばうメデューサの防護の隙間から見たものは、大きく崩れていくソドムの尖塔と軍事都市ソドムの最後の姿だった。


 ・・・・


 俺たちはツァオル城塞、マサダ要塞を失い、エゼキエルの谷を守ることが困難になった。新たな要塞建設を急ぐ必要があり、またそのための時間稼ぎも必要だった。戦略を立てるのはやはりサヤとリサだった。

「ソドムが崩れ去ったけれども、眷属龍たちと堕天龍は健在ね。」

「彼らは拠点を失ったはずだから、エゼキエルの谷に手出しすることは難しいと思えるのだけど。」

 俺は思わず口をはさんだ。

「しかし、ソドムの壊滅後も眷属龍たちはエゼキエルの谷を偵察しに来ている。今は彼らが威力偵察を繰り返している。」

「そんなことはわかっているわよ。あんたは黙っていなさいよ。」

 サヤが厳しく返してきた。ソドム以来、サヤは俺に厳しく当たるようになっている。確かに俺はおろかだから、彼女たちの議論も考えも理解できない。それでも以前はもう少しソフトに応対してくれたものだ。

「エゼキエルは絶対に見られてはいけないわ。」

 リサが指摘した。そうだ、リサのいうとおりだ。俺がそう思い、そのそぶりをサヤに見せると、途端に激しい叱責の言葉が返ってきた。

「グー、あんた、リサのいうことに完全に納得しているから、そんなそぶりを見せつけるわけ?。本当に完全に理解しているの?。」

「い、いや、そういうわけでは・・・。」

「それなら、見当の途中で口を挟まないでよね。」

 俺は助けを求めるようにリサを見た。リサは俺に目を合わせようとしない。こちらはこちらで俺を避けている。結論ははっきりしているのに、この人間たち二人は何を考えているのだろうか。もう我慢ならなかった。

「エゼキエルの谷へ来襲するのを待つよりも、こちらから戦いを仕掛けるほうがいいんでは?。」

 俺はそう言いながら、サヤをにらんだ。サヤは平然と俺の視線を外して言葉を続ける。

「エゼキエルの谷が危機なのだから、見られようが何だろうが構わないわ。」

「それはおかしい。見られてはいけないはずだ。彼らは人間の復活を捕捉したいと考えている。復活した人類を搾取対象としているからだ。だから、彼らにエゼキエルの谷の現状を把握させてはいけない。」

「そうね。」

 リサがやっと俺の言うことを支持してくれた。

「わかったわ。それなら眷属龍たちへの威力偵察を兼ねて、ソドム一帯で動いてみましょうよ。」

 やっと俺の目途としたことが実現しそうだった。何とかこれで、意味のある戦いをすることができそうだった。


 ・・・・


 朝日に照らされた黄土と塩の平原に、かつてソドムだった瓦礫が散乱している。音は失われ、動くものは誰もいない。彼らの軍事拠点を破壊したことは、一定の戦略的意味を持った。ただ、彼らが再び出現する場所の見当がつかなくなったことは、新たな課題だった。それでも、彼らはエゼキエルの谷の近くであるこの地にまだ潜伏しているはずだった。その見方から、俺たちはバイソンによる威力偵察を繰り返した。彼らはうるさく感じるだろう、その見立ては正しかった。

 眷属龍の一部がバイソンの哨戒隊を襲ったというしらせがあった。

「ソドムの瓦礫の陰から、急に龍が数体出現したらしいわ。」

「罠ではないかしら。」

「どういう意味?」

「私たちが威力偵察で彼らをおびき出そうとしていることの裏返しよ。」

「私たちをおびき出すために?。」

「そう、たぶん、私たちをおびき寄せるためでしょう。」

「彼らは、私たちをどこかへ?。」

「そう、たぶん罠へとね。」

「それなら、彼らへの唯一の手掛かりね。」

 俺は、彼女ら二人がその罠へ向かいかねないことを想像し、背筋が寒くなった。

「それはいけない。俺が行くべきところだ。」

「私たち、何も決めてないわよ。」

「でも、あんたはわかったのね。リサの考えが。」

「リサ、行かないでくれ。サヤからも言ってくれ。俺を行かせろと言ってくれ。」

「グー、これは私たちに課せられた役なのよ。天が私たちをなぜ復活させたのか、わかる?。彼らの真の首都に行き、伝え、宣言するためなのよ。」

「俺は嫌だ、そんなことは認めない。俺は行かせない。俺が行くんだ。」

「でも、あなたは言葉を持っているの?。あなたはただ与えられた知恵しかもっていないはずよ。流れ出るような息吹を天から受けているの?。天の息吹がなければ、伝え、宣言する言葉は与えられないのよ。あなたの口から生じる剣も、あなたが理解する力も、私からあなたへ伝えているから。あなたが私から離れて敵の前に行っても、語る言葉はなく、剣も不完全になってしまうわ。あなたは必要な時に私の下に来て。そうすれば、いつもの通り、あなたは完全な言葉の剣を持つことができるわ。」

「そうだ、俺はおろかだ。でも、リサがそこへ行けば無事では済まされないことだけは、わかる。俺はそれに耐えられない。」

「いいえ、危なくなったら私はあなたを呼ぶわ。そう約束するから。」

 サヤは俺を慰めるように付け加えた。

「私とメデューサも一緒に行くから、心配ないわよ。」

 そういうことになった。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ソドムのあった場所からほど近く。そこに新しく形成されたカルデラがあった。昼時、直上の態様が竪穴のそこまで明るく照らしている。竪穴の壁には、底へと続くらせん状の階段が付け加えられている。昔、俺が求めていったルシファー宮殿への道と酷似している。

 やはりこのままリサ、サヤを行かせてはいけない。そう思った。

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