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マサダの会戦

 ツァオルの城壁から警備兵が近隣の異変を報告してきたのは、虚龍の消えたすぐ後だった。

 俺の目の前で、死海が午後の強い日差しの中で、見る見るうちに干上がった。その黄土色の揺らめきの中に黒く立ち上がる陽炎。それは、日光を全く反射しない不気味な尖塔だった。ツァオルの城塞の手薄な背後を突き、ツァオル城塞とマサダ要塞を分断するように、無味乾燥な黄土と塩の白い大地が赤と黒の不気味な尖塔の城塞に変容していた。

 それは彼等の軍事都市ソドム。ノドの東に再建された千年帝国は、俺たちの急所であるこの地へ新たな城塞を建設し、その周りに全軍を集結させつつまあった。

 二億頭の大猪と上空の巨大なベヒーモス、そのあとに続くオーブル族の戦士たち、その中心には、堕天龍の眷属までが集められていた。


 こちらの戦力は心もとなかった。ツァオルの要塞は包囲される寸前。ここに駆けつけた精鋭のバイソン達は重武装だが、駐屯していた多くのバイソンたちの武装は警備兵程度の軽武装に過ぎなかった。マサダ要塞には、知らせを受けた共和国本拠から新たに装備された突撃型の鎧をつけたバイソン一千万頭と騎乗する亜人達が集結しつつあった。だが、もしツァオルの城塞が帝国の大軍に包囲されれば、その包囲網を突破することは無理だった。また、『傲殻』を幾重にもかさねたルシファーの眷属たち、そして、共和国側の一重程度の『傲殻』を瞬時に消滅させる眷属龍たちの炎に、共和国側のバイソンや亜人たちが対抗できるとは思えなかった。これらのことは、リサやサヤ達にすぐにでも報告すべきことだった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ソドムの黒い尖塔が全容を表しつつあった夕刻、ソニックが舞い降りてきた。俺がここに出張っているときに、マサダ要塞からの一報を聞いて、危険を冒してツァオル城塞までやってきたのだった。

「みんな、マサダ要塞に来ている。まだ敵方は戦いの準備ができていない。マサダ要塞にまで撤退することはできないかな。」

「今ここで頑張っているバイソンたちは、俺と一緒に来た精鋭を除いて警備兵程度の軽武装なんだ。敵はすでに大軍を周囲に集めようとしている。戦いがもう始まるとしたら、これを突破することは愚か、外に出ることさえ非常に危険だと思う。」

「私の見たところでは、まだチャンスがある。バイソンたちを幾つかに分けて、夜のうちにこの城塞から脱出するべきだ。」

 ソニックは、ひんやりした夕暮れの空気を嫌って翼をバサバサバタつかせる。時間がないという目をしながら俺を見つめている。

「あんたが持ち帰ってくれないかな。」

「単独行だけでこの情報を持ち帰るのは危険だ。」

「そうだよな……。」

 俺はわかり切った質問をしていた。多数に分かれて逃げ出した方がつかまりにくいとすべきだった。すこしでも持ち帰る確率を増すことが今後の戦況に大きく影響する。

「銀龍の助けが必要だな。」

 ソニックはそう言って日のあるうちにマサダに戻った。


 今夜は新月の夜だった。星明かりのみを頼りに、バイソンたちは動き始めた。二頭ひと組で、一組ずつ音もなくツァオル城塞を後にしていく。それをみながら、俺は螺旋階段と尖塔とに感知器と爆薬とを仕掛けた。

「出発の前に、ブービートラップを仕掛けておこうと思う。」

 最後の組は俺たちだった。俺は、最後の確認を済ませた後、若いバイソンとともに暗闇に紛れた。


 山の尾根伝いに移動しつつ後ろを振り返ると、ツァオル城塞を囲むように大猪達が砂埃を立て始めている。暗闇でも彼らは火を掲げて動いている。それは非常な驚きだった。今までそんなことはなかった。早々と脱出したことは賢明だった。

 大猪達は、彼ら自身で火を用意したわけではなさそうだった。「前に進め、前にすすめ」という単純な言葉をガヤガヤ繰り返しながら動いているだけの様子だった。そうして間もなく彼らはツァオル城塞を囲み始め、同時にツァオル城塞の城門を壊し始めた。彼らの動きは想像したより素早い。今までの愚鈍な印象は間違いだったのだろうか。

 城門の破壊と共に、大猪達はツァオル城塞内部に殺到した。途端に爆発する尖塔。しかし、爆発があっても躊躇なく建物の中へ飛び込んでいく姿は、確かに操られていると言ってよかった。上空でうごめくベヒーモスが大猪達を導いているのだが、統率の取り方に進化が見られる。二億頭の大猪達がこのように秩序正しくしかも躊躇なく動くとしたら、マサダ要塞も危ないと考えられた。


 マサダ要塞には、サヤとリサ、イメルリ、メデューサまでが駆けつけていた。俺は虚龍や大猪達の統率の取れた軍列の動きまでを報告した。それを受けて、サヤとリサが議論をし始めた。

「このまま彼らがこの要塞を攻めてきた場合、対抗手段はあるのかしら。」

「バイソンには、新たに装備された突撃型の鎧をそろえているわ。そのバイソン部隊が大猪たちに対抗できるのでは?。」

「相手は二億頭よ。しかも、統率が取れた隊列運動をし、敵への恐怖を感じない奴らよ。」

「もちろん、まともに正面からぶつかれば蹴散らされるわよ。彼らを分散させ、各個撃破を図るように作戦を立てる必要があるわ。」

「そう簡単にいくかしら。」

「彼らは軍事都市ソドムを守る必要があるわ。その彼らは、復活しようとする人間たち、亜人たちを再び吸い尽くす搾取対象として狙っているのよ。そのために邪魔な私たちを、私たちの軍事力をそぐ必要があるのよ。そこがポイントよ。」

「じゃあどうするのよ。」

「人間の私たちがおとりになって、ソドムの一帯で彼らに向かって声を上げましょう。そうすれば、動揺した彼らは必ず出撃してくるでしょ。」

 二人の議論を引き取って、俺は答えを出した。

「そうだね。その場所を工夫すれば、各個撃破に持ち込める。たとえ、罠だと知っても彼らは出撃せざるを得ない。」

「それでいこう。」

 メデューサも納得している。

「ただし、サヤとリサの無事が前提だ。彼女たちは俺たちの中心だ。だからこそ、おとりにしていることを忘れるなよ。」

 こうして俺たちはソドムへ戦いを挑むことになった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ソドムの東、入り組んだワディアルハサの谷あいに、バイソンの部隊が陣取った。そこから谷をソドムへと下ったところで、サヤとリサが彼らをたきつけるように声を上げた。

「帝国の住人達よ、貴方達はこのままでは滅びる。ルシファーの眷属達と手を切り、立ち還れ。あなたたちに許しの機会がある。この地にあって、天の栄光を知れ。」

 それに呼応するようにリサが叫んだ。

「底知れぬ所より出てきたルシファーの眷属たちよ、退け。」

 眷属龍たちはそれを聞いていきり立ったように押し寄せてきた。それに呼応するように、ベヒーモスが上空で動き始め、大猪の大部隊を谷に向けて進撃させ始めた。

「サヤとリサ、もう限界だ。谷に向かって逃げて来い。」

 思念を送ったのだが、返事は心もとなかった。

「ここからは大地と同じ色の砂埃が激しくて、攻めてくる姿が見えないわ。もう少し、ここで声を上げ続けないと・・・・。」

「今逃げないと、間に合わないぞ。」

「待って、もう少し。」

「だめだ、逃げろ。」

 俺の横にいたメデューサが俺に声をかけてきた。

「私が彼女たちを逃げるように、援助しましょう。」

 俺はメデューサに乗り、二人の下へ急いだ。

 すでに大猪の大群が二人のいる丘へ殺到しつつあった。やっとそれに気づいた二人から狂ったように助けを求める思念がいくつも殺到してきた。

「助けて。」

「た、大群が地を覆っているわ。私たちの立っている丘を囲もうとしているわ。」

「初めの作戦と違うじゃないか。だから、逃げろって伝えたじゃないか。タイミングが大切なのに。」

「今は助けることを第一にしましょう。議論はあとにすべきです。」

 メデューサは急降下をしてサヤとリサの二人を拾い上げ、谷あいへ向かって逃げ始めた。谷あいの奥へとメデューサは、大猪たちを誘うようにゆっくりと遡上していった。大きく曲がったところでメデューサはスピードを上げ、それにつられて大猪たちは谷の先へと殺到する。その先に二つに分かれた谷あいがあり、その二つのそれぞれへと大猪たちは誘われるように突入していった。


 こうして大猪たちの最後尾が谷あいの中へ入り込んだ時、彼らの隊列は東西に延び切っていた。このタイミングでメデューサは上空へのぼり、上空のベヒーモスを散り散りに引き裂いた。それと同時に両側の尾根のいくつかのポイントに陣取ったバイソンたちが大量の岩石を落下させ、大猪たちの隊列を数十の隊列に分断した。立ち上る砂に視界を遮られ細かく分断された大猪たちは、前後の道をふさがれて動きが取れなくなった。こうなれば、後方から襲い掛かるバイソンたちは容易に各個撃破を繰り返し、隊列の後方の大猪たちは多くが粉砕され、また、奥へ入り込みすぎた大猪たちは再びソドムへ戻ることはなかった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 バイソンたちが大猪たちを各個撃破しつつ上流へ進んでいく。それを、はるか後方から眷属龍たちが見ていた。しかし、眷属龍たちは彼らは助けを出そうとはしない。

「眷属龍たちは襲ってこないわね。」

「それならば、今この場で大猪たちを追撃し続けましょう。」

「眷属龍たちの挙動は、今後の戦術を検討する際に参考になるわよね。」

「彼らはなぜ大猪の友軍を援助しようとしないのかしら。」

 俺は、虚龍の言葉を思い出していた。

「多分、これは推定なのだが・・。彼らの帝国が『狂争と憎悪』を国是としているためなのだろう。互いに競争をする相手であって、援助しあう相手にはならない。先代皇帝の時代に言われていたオーブル族と狼との愛でさえも、互いをむさぼりあうだけのものにすぎなかったらしい。」

「それなら、なぜ眷属龍は戦闘を観察しに来ているの?。」

「多分、私たちの戦い方を研究しているのね。」

「彼らも知恵があるのかしら。」

 俺たちは残った眷属龍たちに対して慎重に戦術を練る必要を感じていた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 マサダ要塞は、高くそびえるマサダの丘の上に建設された難攻不落の要塞。サヤとリサは、そこから出て、ソドムを望む丘の上に陣取った。ソドム側の動向を探る威力偵察をするためだった。

 そこからは、ソドムの黒い尖塔がはっきり見える。


「帝国の住人達よ、貴方達はこのままでは滅びる。ルシファーの眷属達と手を切り、立ち還れ。あなたたちに許しの機会がある。この地にあって、天の栄光を知れ。」

 サヤの大声に呼応するように、続いてリサが叫んだ。

「底知れぬ所より出てきたルシファーの眷属たちよ、退け。」

 眷属龍たちはそれを聞いていきり立ったように押し寄せてきた。それを見た二人は、さっとマサダ要塞に引き上げてくる。

 この半月ほど、二人はこのような威力偵察を何回も繰り返している。相手をイラつかせ、神経的に疲れさせるためである。また、このマサダ要塞を攻めてくれば、それだけ戦力を消耗させることもできる。

「このやり方は、根気がいるわね。」

「でも、不意に挑発され続ける彼らのほうが精神的に追い詰められているはずよ。ただ、いつまで続ければいいのかしら。」

 確かに働いているのは、サヤとリサだけ。俺たちはマサダ要塞から敵の動きを観察するだけだった。


 こんな威力偵察を定期的に繰り返して二か月たったころ、サヤとリサはメデューサとともに、マサダ要塞と反対側のソドムの背後、ツァオル城塞跡に潜んでいた。俺たちは、サヤとリサの代わりにマサダ要塞から出張ってソドムの眷属龍たちを挑発していた。

 この時も、ソドムから眷属龍たちがマサダ要塞の近くまで俺たちを追って進出してきた。今回は、マサダ要塞の直下に、貪龍、淫龍、拘龍、怒龍、傲龍などの眷属龍や多数の眷属の蛇たちが集まり、離れたところに黒焦げの尻尾を持つ虚龍がいた。今回は、サヤやリサの見立ての通り、堕天龍までが進出していた。

 マサダ要塞から信号弾が打ち上げられた。それは、マサダ要塞から攻撃を開始する知らせであるとともに、ソドムの背後にいるサヤやリサたちに、ソドム侵入開始の信号でもあった。


 眷属龍たちは新たに火炎を噴射する能力を得て、さっそくそれをマサダ城塞の絶壁に使い始めていた。俺が虚龍の話を聞いていなかったら、俺たちはきっと全滅していたに違いなかった。長い間の火炎放射により、マサダ要塞の山体は次第に焼け崩れ始めていた。眷属龍たちの狙いは、マサダの山ごとを破壊することだった。

 絶壁が崩れ始め、急な坂道がいくつもでき始めていた。そこから眷属龍たちが勢いよく登ってくる。それを見た重武装のバイソンたちと俺たちは急坂を勢いよく坂を駆け下り始めた。

激突し、位置エネルギーと運動エネルギーに勝ったバイソンは、眷属龍たちに準備をさせる暇を与えず、すべてを突き飛ばしながらさらに駆け下りていく。

 こうして俺たちはマサダ要塞を脱出した。それは彼らに俺たちの後を追わせるためだった。彼らは俺たちを追って、マサダ要塞からナハールヘイマーの谷底に誘い込まれていた。狭い谷に密集した眷属たちを待っていたのは、火の精霊ペレの火炎燃料弾の雨だった。


「やった。すべて焼き尽くしたぞ。」

 俺はそういうと小躍りしながら、黒焦げの跡へと降りて行った。あたりには焼け焦げた眷属龍たちや蛇たちの焦げたうろこが散乱していた。

「焦げたのは鱗だけか・・・・?。おかしいな。」

 イメルリがかき集めてきたものも、焼け残った鱗のみだった。

「鱗だけが残っている。焼けたのは、奴らの抜け殻・・・・・。サヤとリサが危ない。」

 俺はイメルリ達を集めてソドムへ急いだ。

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