アサシン
もぬけの殻の帝国から帰って既に一年半。どこにあの帝国の本拠があるのか、なかなか分からなかった。
様々なところに帝国の魔の手が各地から報告された。最初はエカテリノダール、続いてユーフラテスの水源、ヘルモンのふもとなどが続いた。その後の出現場所は関連がなく、どの場所に帝国の魔の手が大きく伸びるかが予想できなかった。そのため、報告のたびごとに共和国から沙羅やリサが派遣された。しかし、件数の増加とともに、手の空いている者が個々それぞれ派遣されるようになっていた。
そんなとき、辺境を偵察しているバイソンから、ソニックを経て報告があった。
………………………
「私をかくまってください。ソドムから逃げてきたのです。」
彼はツォアルの警備兵にそう願い出たという。彼は、貧弱な体つきを翻しながら、兵たちの足元にひれ伏した。兵たちが見たところでは、蛇の小さな体には武器となるようなものはなく、いかにも劣弱なミミズに見えたのだろう。
ツォアルの要塞から俺のもとにその知らせを届けた時、伝令はためらいながら俺達に報告を入れた。
「ミミズのような貧弱な蛇が、国境警備兵たちにつかまったそうです。尻尾の部分が焦げた貧弱な蛇ですから、ご報告してご心配をかけるほどのことでもないとは存じましたが・・・・。蛇類、鱗を持つものはすべて報告すべしとなっていたものですから、おいそがしいところにこのように報告に参った次第です。」
俺は「尻尾の焦げた蛇」という言葉にすぐに反応した。
「蛇であれば、要注意事態です。よく報告してくれました。それで、現在の状況は?。」
「明瞭な意思疎通ができるので、高等知能を有していると考え、国境事務の施設に収容して待たせています。」
高度な知能と身体の特徴から、おそらくは堕天龍の眷属、虚龍だろう。あまりよくない知らせだった。彼はアサシン、破壊活動とともに、復活に至ろうとする人間たちを拐いに来たに違いない。他の仲間は不在であり、俺は一人で急ぎその施設へ行かなければならなかった。
国境警備兵の詰め所にはその日の夕刻に着いた。精鋭のバイソンたちは明日朝着になる。建物は、すべてが破壊されていた。城壁の柱が数か所で寸断され、建物がそのままつぶれている。星の光を反射する鱗が数十枚。鋭い銀の刃先の小さな剣のような形をしている。その中に二頭のバイソンたちが未だ生き残っていた。
「小さな蛇のはずが・・・・。油断しました。あれは魔物などではなく、堕天龍の眷属・・・・。」
息も切れ切れの彼は、そういって気を失った。もう一頭は意識を保っている。彼らを手当てしながら今後の対処を考察した。
頬のひげが後ろに異変を感じた。猫が感じ取る蛇独特のオーラ。床を這う音。舌を出し入れする空気音。俺はそれらを感じながら、ゆっくり後ろを振り向いた。それは、鎌首を上げた虚龍だった。
虚龍は、星明りの中に大量の鱗を空中に踊らせている。スキがない。構えた俺は、サヤを守るように手の先の剣二つを大きく広げる。剣を握る左右の手は次第に指先を収めた象牙質の手袋となり、象牙の鈍い輝きを放つ手のひらそのものとなった。
次々に飛来する刃。それをことごとく手と剣とで返すと、刃は速度が二倍になって虚龍へと注ぐ。それを見た虚龍は大量に鱗の刃を俺に向かって注ぎかける。こぶしで大量の鱗を粉砕すると、その粉の山に飛来した鱗たちが次々に埋没していく。激しい打撃音鱗が尽きるか、象牙質にひびが入るか。暗闇の中に、連続するバルカン砲のような打撃音が続く。
そうしてすべての鱗を粉砕したはずだった。そして、虚龍を叩きのめしたと思った次の瞬間、細かい破片の山だったはずの鱗の破片たちが、虚龍の体を覆い、虚龍自身の体が構造色を帯びた長大な剣となった。剣そのものが俺に襲い掛かってくる。単純な打撃だが、剣がなければとても受け止められる代物ではなかった。一撃、二撃…。ようやく朝日が輝く。
朝日とともに、イメルリ達バイソンの群れが駆けつけてきてくれた。剣の形を取った虚龍は単独で変化のある動きが出来なかった。剣撃の中に飛び込んできたバイソンたちの突撃力は、あっという間に剣そのものを踏み砕いていた。
・・・・・・・
ガラスに閉じ込められた虚龍は、うそぶいた。
「今、お前たちや人間たちを仕留められなくても、ここにいずれ、東の帝国が押し寄せてくるさ。」
「東の帝国?。」
「教えてやろう。東の帝国の名は千年帝国。皇帝の名はオーブルミルミ。正式にはオーブルのエカテリーン朝第二十六代皇帝オーブラン十五世だ。」
「千年帝国だと?。やはりそうだったか。この領域から立ち去ったオーブル族の帝国……。俺たちは彼らを見逃してやったはずなのに!。滅びたはずではなかったのか?。」
「ミルフィー様ならば、この地から去った後に帝国の支配者ではなくなった。ミルミ様が今の皇帝陛下。彼はミルフィー様の御子息だった。今や国の哲学や国是が、母親オーブルミルフィー様の代よりも激烈に進化を成し遂げている。」
「進化だと?。」
「そう。以前は、ペアが愛し合うという半端な行為があった。いまはすっかり消して、狂争と憎悪が善だということを確立している。今や再び千年帝国の時。この地にも、間も無く帝国の軍団が達するであろう。」
「再び呪いの帝国を復活させたのか。」
「そうさ。『愛や約束は逃げ出す余地があっていざという時に役立たず、憎悪と嫉妬が土壇場の力となる。そのようにして繁栄をもたらした。』」
俺は信じられずに問いただした。
「それでは、愛という言葉さえないのか?。」
虚龍は俺の思念をたどり、嘲笑した。
「『天のため、人の為。』?。なんだそれは?。それが『愛』?。何か勘違いをしているな。やはりお前達、特にお前は愚か者だ。『愛』なんてものは、「互いを搾取し依存し利用し合う」ことさ。それでさえ中途半端だ。今は、それを進化させ、憎悪と嫉妬に置き換えたのだよ。それがノドの東の帝国さ。」
「もう、お前達は感情をさえ交わらせようとはしない。仲間が互いに敵同士となった群に成り下がるとは。」
俺はそう返すのが精一杯だった。虚龍は鼻で笑いながら指摘した。
「ミルフィーが皇帝であったときは、バンパイアと黒狼は互いを貪り合っていた程度で終わっていた。今の皇帝になってからは、彼等の呪術で強制的に復活させた亜人の命と精神とを、拷問によって吸いつくすように進化した。そのうち復活する人類の側にいて精神エネルギー吸い取の奴隷として使役してやるさ。」
俺は体を震わせて叫んだ。
「お前達の国はとうとう正体を現したな。『狂争と憎悪』だと?。今まで、そのようなことをあからさまに是とした者達はいない。お前達の中に、俺の、俺たちの真の敵がいる。」
俺は虚龍に言い放った。しかし、虚龍はせせら笑うように言い返してきた。
「お前は俺たちの正体を知っているというのか。」
「お前達の中にルシファーがいる。ルシファーもお前達も、堕天龍も、蛇の仲間だ。何度も汚らわしい殻を脱いで行く存在……。」
「そうだな、じゃあ、お前に教えてやろう。確かに俺たちは殻をなんども脱ぎ捨てている。だがな、お前達も殻を持って生き存えている存在だぜ。」
この虚龍の言葉は、俺の想像を超えた言葉だった。虚を突かれた俺は、動揺して言葉がなかった。虚龍は言葉を続けた。
「その殻を『傲殻』と言うんだぜ。今にこの世の再構築が来るんだろ。その時に、全てのものは『傲殻』を一枚脱ぎ捨てて真の姿に生まれ変わると言われているらしいな。俺たちは達蛇や龍は『傲殻』など幾重も纏っているから、一枚など問題は無いぜ。」
「この世の再構築の時、人間や俺たちは真の姿になるんだ。」
「人間ならば、約束の伝説の通りに、その『傲殻』を脱ぎ捨てて真の姿とやらに復活するのだろうな。だがな、お前ら亜人や魑魅魍魎には、『傲殻』の中に真の姿などないのさ。」
「嘘だ。俺たち亜人だって真の姿に復活するんだ。」
俺はそう言い返した。しかし、真実を知っているわけではなかった……。天命を有する人間には、確かに真の姿へ復活する先行例が約束として与えられている。しかし、俺のような亜人やソニック、イメルリなどの魑魅魍魎には、真の姿への復活があるという確証はなかった。
虚龍は俺の心を読んだのか、畳み掛けるように言葉を重ねた。
「まあ、お前達だって、俺たちのように幾重もの『傲殻』を身に纏って存在を強めるなら、この地上で気ままに生きていけるがな。」
「気ままに生きるだと。」
「お前は魑魅魍魎から亜人になった身だよな。お前達も俺たちも『傲殻』を一つ脱ぎ捨てても、真の姿などと言うものとは無縁さ。俺たちの国では、眷属はもちろんお前達のような亜人達も、幾重にも『傲殻』を有しているから、何も変わらない。だが、お前は飼い主への思いがあって魑魅魍魎になり、亜人になった猫又だ。着込んだ『傲殻』は高々一枚程度。その一枚の『傲殻』がなくなれば、もとの無に帰るのさ。」
虚龍はそう言ってトグロを巻いた。
「俺が無だと?。」
「そうさ、お前らのように『傲殻』が一枚では、多くの『傲殻』を纏う我らには敵うまい。以前の人類も、『傲殻』を徹底して纏おうとしなかったから、このノドの地で生き残れなかったのさ。今のお前も滅びた人間と同じ道を行くんだぜ。」
「俺が滅びるだと。俺はリサのために生きてきたんだ。リサの復活のために!。」
「『傲殻』が幾重にも重なってあれば、気ままに生きながらえるものを。以前の帝国、何世代もの間、幾千年にも続いたオーブル族の帝国は、何世代もの間、中途半端な『傲殻』のままに、魔石を用いて互いに互いを貪るなどという中途半端なことを繰り返してきた。だから、お前達に滅ぼされた。今の帝国は、互いを必要とすらしない。帝国内の全てが互いの憎悪と嫉妬により徹底して狂争し、皆が『傲殻』を急速に増し、帝国全体が発展している。今や、オーブルミルミ様、エカテリーン朝第二十六代皇帝オーブラン十五世は、ノドの地の東の果てに強大な本拠を築いた。今この地に戻って再び支配を回復し、お前達と復活後の人類をも従えるだろうよ。」
「そうはさせるか。」
俺は我慢できなくなって虚龍を閉じ込めていた容器を爆破した。しかし、鱗に守られた虚龍は無傷で外へ飛び出した。
「そうかね。今のようにお前は怒りやすい。そういう中途半端な『傲殻』を帯びているからさ。『傲殻』は、そもそも罪の罠を目の前にした人間やお前達魑魅魍魎に俺たちが着せたもの。今では、俺たちの新兵器が、この『傲殻』を簡単に破壊できる。お前たち共和国側の亜人や魑魅魍魎たちの薄っぺらい一枚程度の「傲殻」など、すくに破壊されて消え去るだけだ。まあ、この「傲殻」の真実も、この新兵器も、その秘密がお前たちに広く知れ渡ることはない。なぜなら、お前が派遣されたこのツァオル城塞がもうすぐ包囲されて落城するからな。お前たちに勝ち目はないさ。」
虚龍は俺にそういうと、鱗を撒き散らしてその中に消えてしまった。




