帝国のミルフィー
彼が俺たちを助けた!。
彼はどうしたのだ?。
彼はどこへいくのだ?。
ペレがゆっくりと西へ去っていった。俺たちやバイソン達はツンドラの夏の荒れ野の浜に残された。
「ソニック。ペレは、天からの光を受けたといったよな。天がなぜかペレに味方した。だから、ペレは俺たちを助けたのか?。」
「そうね。何か目的を持っているのかしら?。」
「今後のこともあるから、ペレの後を追ってみようよ。」
ペレの進んだ跡を追うのは簡単だった。彼の通った跡はほのかに焼け焦げた匂いを残す。立ち止まったところであれば、その匂いが強い。
一ヶ月ほど進んだ頃、その匂いの強いところに出くわした。辺りには、狼やバンパイア達の焼け焦げた痕跡が累々と続いている。明らかに帝国軍が壊滅し敗走した後だった。
ペレの後をそのままつけていくと、一週ごとに同じような戦場にいくつも出くわした。帝国はおそらくいくつもの大遠征軍を送ってきているのだろう。魔石をなんとしても取得したいと考えているに違いない。
様子が変わったのは、その一週間後。遠くの打撃音がこだましてあたりに響き渡っていた。
「ペレが遠くに見えた。夕闇のせいか、二体みえる。」
それはペレと羅刹の打撃術の闘いだった。ペレが火のサーベルによってうちかかると、羅刹は左手の呪印によって相手を防いで威圧し、右の剣で反撃する。次第にペレは傷を負い、膝を屈して防戦する一方だった。そのペレを見て、羅刹の後ろに控えていた帝国軍の大軍がペレへの攻撃の機会をうかがっている。
「ペレが不利だ。」
俺はそう悟った。
俺はサヤとイメルリ達に掛け合った。
「今、敵本陣を突く絶好のタイミングだ。敵は俺たちに気づいていない。うまくいけば、ペレと俺たちは助かる。」
イメルリとサヤはバイソン達と共に回り込んで帝国軍本陣を奇襲した。既にバイソンの高速突撃が敵本陣の一部を破壊したという。
「敵の司令官がいたわよ。捕らえたわ。早く来て。驚くわよ。」
「ペレが危ない。敵の総大将に、羅刹へ手を引くよう命令させろ。」
羅刹は剣を下に置き、闘いをやめた。それと同時にペレは疲れ倒れた。危ないタイミングだった。俺はペレに逃げるように言い、動きを止めた敵軍の前を睨みながらサヤの共へ急いだ。
本陣。幕屋というよりも百足のついた要塞と言った方が良いだろう。帝国軍の本陣は、通常、簡素な幕屋。転戦が続くことに適応して会議席を有しているだけの簡素なものである。この戦いで目にした本陣は、今まで見たことのない大規模なものだった。四匹の紫色の百足と言ったらわかるだろうか。既に百足の周りにはバイソン達が取り囲んでいる。その上に要塞を載せた異様な城塞。その一部はバイソン達により崩されて斜めに傾いでいる。イメルリとサヤが中へ入り込んでいるのだろう。
俺が中に入り込むと、近衛兵達が倒れている。未だ息はあるものの、皆角に突かれて骨折や大怪我を負っている。その奥へ進むと、そこにはサヤの剣の下に、皇帝となったミルフィーと執権のポーが王座の前の床に座らせられていた。
サヤが俺に聞いてきた。
「こいつら、あんたに会わせろとうるさいのよね。私だと話にならないとか言って。」
「確かに、もとは同志だった。今は単なる裏切り者。不倶戴天の敵よりも、憎い奴らだ。」
ポーが俺を睨みつけている。秋の満月が登ってきたのだろう。その明かりが入り込んできた。いままで牙をむき出しにして俺をにらんでいたポーが、見る間に変幻して人間のような直立をした。皇帝ミルフィーは彼の後ろに隠れている。
「ポー、裏切り者め。よくもおめおめと生き長らえているものだ。」
「なんとでも言え。私は飼い主に忠実に生きているのみ。そのような些末なこと、聞く耳は持たぬ。」
「それなら改めて、ミルフィー!、貴女に聞く。何故我々を裏切ったのか。」
「あなたは何のためにここまで来たの?。復活。?。それとも他の何?。リサの復活のためでしよう。貴方の恋人のリサのため。」
「リサは恋人じゃあない。俺の飼い主、俺の命だ。」
「あら、私の命は、ポーよ。彼は私の恋人なの。」
「そんな異端な。」
「何が異端なのよ。私が誰と恋人になったって、自由なのよ。それが自由。」
「私みたいに自由の本当の意味がわかると、自分を解放できるわ。」
「そんなの、自由でもなんでもない。好き勝手というんだ。」
「あら、人間の自由なんてそんなものよ。そう、人間は自由にさせると、もっと悪くなるのよ。何かの虜になったり、嫉妬したり……。」
「復活後の人類はそんなことがないと約束されている。」
「そんな伝説がなによ。復活後の人類だって、従属させ支配する事が必要よ。復活後だって人の本質は変わらない。だから、家畜のように従属させ支配して飼ってあげるのよ。」
「天の愛に基づく自由について何も知らないから、そういうのだ。人間の幸せが何かわかっているのか。それは天のために人の為に生きる事、天は人間を愛し、人間が互いに愛し合うために彼らを造り、今復活させるのだ。」
「愛し合うなら、私たちもしているわ……。そう、これが私達の愛よ。」
ミルフィーは、横に立つポーの手を取り自らへと導く。ポーは躊躇いながらも跪き、ミルフィーの手の甲へ接吻を許された。彼女はさらにポーを誘惑し続け、遂には唇やその他をも許している。近衛兵も各々が連れ歩く狼が変幻した狼男との愛の交換を始めてしまっている。あまりの風景に俺は横を向いた。
「美しくない。もう、話すことはない。」
苦悶の表情で、横を向いた俺の姿に、サヤは戸惑っている。
「話は終わったの?。どうすればいいのよ?。」
「こいつら、前より堕落し切っている。交渉の余地すらない。ここに皇帝がいるなら、彼らを頂点とした帝国軍のすべてを抹殺したい。」
サヤは驚いて俺を見つめている。
その時ミルフィーが気を失って静かになった。彼女を腕に抱いたポーが口を開いた。ミルフィーを気絶させるほどの何かをしたのだろうか。
「ミルフィーたちを見逃してほしい。退位もさせよう。ここは、私だけを捕らえて他の者達を見逃してほしい。」
「何?。どういう事だ?。」
「私に優しい彼女は他の人にも優しい。私はそれをよく知っている。私に向けた優しさと愛、残念だがそれは独り占めできない。彼女の優しさと愛は他の臣下にも向けられている。彼女は皇帝であればなおさら。私は、このちっぽけな私は独り占めできない。それ故、私は彼女を退位させて、彼女の愛を独り占めにしたい。彼女を他の戦士達と同様に見逃してやってほしい。そのためには、私のみを捕らえてほしい。それが彼女の愛を独り占めにする男のできる唯一の彼女への愛だ。」
サヤはこれらの言葉を聞いて、俺が彼らを断じた言葉に対する言外の非難の目線を、俺に向けている。どうしてわからないのだろうか。正義のない愛は全てを狂わしかねないのに。しかし、サヤは今やミルフィーもポーも帝国軍も武装解除すらさせずに、立ち去ることを見逃すつもりらしい。
「わかったよ。サヤの考えに従うよ。」
天の意思なのだろう。サヤのような人間は頭が良いのだろう。総てを見通しているらしい彼女の判断に従うしかなかった。
長大な軍団キャラバンが俺たちの前を通り過ぎていく。オーブル族は皇帝を失い、西の帝国本土を捨てて、ノドの東の果てへ行く。
これから彼らはどの地方へ行くのだろうか。恐らくは魔石の産出地とその一帯を本拠地とするのだろう。ノドの地の東の果てへ。
これで、本当の復活の時が来る。リサが復活する。そして、帝国は滅んだはずだった。




