逃避行
俺たちやバイソンが陣を敷いた目の前で、針葉樹林に火がつけられた。しばらく経つと、そこで大爆発が起きて針葉樹林が吹き飛んだ。
………………………
「ここから、針葉樹林があるたびにマグネシアと触媒石と硝石を大量に撒いていきましょう。」
「こんなにたくさんどうするんだよ。」
「貴方にはわかると思ったのに。まあ見ていなさいな。」
バイソン達はいくつもの針葉樹林の中を歩き回っては、石を撒き散らしていった。そうして十キロほど南下したレナ川縁で、帝国を待つことにした。
爆発は突然に始まった。帝国の先兵達が火をつけるごとに針葉樹林が吹き飛んでいく。目の前の針葉樹林は全て吹き飛んだ。しかし、大がかりな爆発が上昇気流を多少とも起こし、それに乗るようにベヒーモスがそびえ立った。それと同時に帝国軍が突撃を始めた。
「この程度なら、イメルリ達の突撃で散らせるわ。」
「もう、硝石はないよ。」
「そうね。あとは逃げるだけよ。」
そう言ってサヤはイメルリに跨り、全軍に突撃の檄を発した。サヤの中央突破を許した帝国軍は散り散りになり、敵陣は崩壊した。
そのまま俺たちはバイソンとともに各地を転戦しては逃げた。カムチャッカからの魔石の持ち出しを邪魔するためだった。
………………………
俺たちはもう、逃げるだけでよかったはずだった。逃げて逃げて逃げ続けた。遂にはオホーツクの海岸に行き着いた。俺たちは追われるはずはなかったのに。これほど帝国軍は執念深かったのだろうか。
俺たちは、海岸線に追い詰められた。黒雲が襲いくる。多くの嵐が周りを覆う。夏でも永久凍土のはずだったバイソンの周りが、沼地と化す。黒雲はベヒーモスだった。
「あれはベヒーモス。」
イメルリがつぶやく。
「そうだ。ここまで俺たちを追いかけてきたんだ。多分最初に大猪達がくるぞ。」
「わかった。ここは僕たちに任せて。」
「イメルリ。陣形だけアドバイスするね。」
サヤがイメルリの鼻面を撫でてゆっくり伝えている。
「まずは、紡錘陣形ををとって、一番大きい猪をめがけて突撃ね。踏み潰したらそのまま中央突破。そのまま車懸かりのツッコミを続けるのよ。活かすのはあなた達の角。それをひたすら前に突き立てて進み続けるの。横を見ないで突き進むの。全てを粉砕したら、……。粉砕したらそのまま西へ帰るのよ。立ち止まらないでね。……。そう、私たちとはここでお別れ。」
「どういうこと?。ねえ。」
イメルリが駄々っ子のようにサヤに食い下がる。
「この後の戦いは、私達のゲリラ戦になるの。生きて帰れるか、いつ帰れるかもわからないわ。貴方はこれから復活する人間達とともに生きるの。私もいつか必ず帰るから。」
「でも。」
「さあ、いきなさい。作戦通りに進めるのよ。」
前面の黒雲の下にうごめく大群が見えた。大猪の大群。それに向かってバイソン達が突撃していった。
作戦の通りにバイソンは大猪達を粉砕した。
「さあ、西へ戻るのよ。」
彼らはそのまま西へ突っ切るはずだった。そこに現れたのは、黒雲の足。高く立ち点る黒雲から、いくつもの足が竜巻のように不気味日に地に付いては離れ、まきあげるように地に着く。それは先ほどまで大猪達を操っていた黒雲。それがバイソンを襲い始めた。
「獲物、食い物、我の生贄。」
ベヒーモスのその言葉は、空腹と貪欲と快楽への渇望が極まって発したもの。彼は戦いの新しい餌食を見出した。
「イメルリ!。逃げて!。」
サヤの呼びかけは途中で悲鳴に変わった。バイソン達は逃げるどころか、態勢を整えて黒雲に突っ込んでいく。竜巻のような数本の足が黒雲から伸び、バイソン達を次々に踏み潰して行く。大きな足音がひびく。
「このままでは……。」
俺は右の爪を頭上に突き出した。高い風切り音と通奏低音とが短くなす詠歌。それば黒雲の一部を空間と共に目の前に引き下ろす。しかし、ほとんどの黒雲は変化はなかった。俺の力が足らなかった。
「クソ!。」
詠歌を繰り返した。高い風切り音と通奏低音が何度も繰り返す。何度も。しかし、目の前の黒雲には少しも変化がなかった。それどころか、俺たちのほうへと黒雲は近づいてくる。大きな足音とともに。
大きな足音はベヒーモスの脚の数にエコーを加えたように共鳴とズレとが俺たちの周りをとりまいている。俺とソニック、サヤは互いに顔を見合わせた。新たな敵が来ている。そう、俺たちを追ってきたペレに違いないと思った。
確かにペレだった。黒雲のように天まで届くほどの高さはないものの、俺たちを遥か山の頂から見下ろすような巨人。イメルリ達バイソンはこのままベヒーモスに押さえ込まれ、ペレに焼かれてしまう。そう思ったところにペレから空中に火が放たれた。黒雲をさらに盛んにする上昇気流が生じ、ぺヒーモスの巨体は大きくなり始めた。そのまま大きくなって行くはずが、地上から上空までの激しい炎が上がった。
劈く高い声、軋る金属音、唸る風、雷鳴、あらゆる音と流れとが一挙に渦巻いた。数十もの竜巻のようなベヒーモスの足が蹴り散らされて行く。雲が消え去った後に残ったのは、荒野いっぱいに広がったバイソン達の声と、立ち尽くすペレの姿だった。
しばらくすると、ペレは何事もなかったように、俺たちのそばから離れていった。




