極地の攻防
「南からレナ川の両岸にオーブル族の大軍、帝国軍の大軍。その後ろには、巨大な黒雲がこちらに迫っている。」
ソニックが破壊工作に夢中だった俺の方を突く。
「逃げ道を探さないと。」
「まだ、破壊工作は終わっていない。」
「急いで逃げないと囲まれてしまう。バイカルへ帰れなくなるぞ。」
………………………
俺たちは、集積地を襲うことを避けてきた。爆発と破壊にわざわざ直接手を下す必要がないと考えたからだ。大陸に散在していた集積地は、ことごとく爆発事故を起こしていた。しかし、ティクシには厳しいツンドラの故に、容易に爆発の起きない集積地が残っていた。しかも、夏になると氷の溶けた間を船が抜けて、大量の魔石を帝国本土へと運び出しているという。
ティクシに行くには、バイカル山脈からレナ川を北上して河口を目指すことになる。
「そこへ行くのか?。」
俺は屋外の吹雪を聞きながら、羽毛の間に丸く縮こまっている。サヤは怪訝な顔を向ける。
「そうよ。そんなに毛むくじゃらの上に服を重ねているんだから、寒くないでしょ。さあいきましょう。」
「寒いわい。」
「私だって寒いわよ。」
「そうかい。皮下脂肪があざらしみたいに厚いんじゃ、寒くないんでないの?。」
「どこの皮下脂肪が厚いって?。」
「ほら、そこ。」
俺は寝転がりながら、彼女の腹を指差したつもりなのだが、彼女はそのように受け取らなかった。暖かい部屋の中で、彼女の着ているものは、薄かった。
それを意識してか、彼女は顔を怒りいっぱいにしてハッとしたように胸の前を隠すような素振りをする。
「胸?。言うのに事欠いて……。貴方は下品ね。それなら、そんな雑念の余裕を消し去って差し上げるわ。」
言い方が悪かったのか、受け取り方が悪かったのか。俺は彼女によって足を縄で縛り付けられ、イメルリの馬鹿力で外に引き出されてしまった。
「イメルリの、裏切り者!。」
「貴方が縄の先にいることは、わからなかったんだ。サヤが仕事だというから、引っ張ったのだけれど。」
そこへサヤがやってきた。俺は無視していた。
「反省しないなんて。そういう態度しか取らないんだ……。」
サヤの小さな声の独り言。
「そうだよ。猫が反省なんかするもんかよ。」
そう大声で言ってやった。その時から、サヤはまるで俺のことを無視している。
「イメルリ、バイソンの方々にこの装備を運んでもらえるかしら。バイカルにあるものは全て運んでいくから。」
バイソン達まで、吹雪の中に俺を放り出して出発していった。俺の意識が寒さのせいで薄くなる。
「いい気味。そんな夏毛のままで、今にひもじくなるわよ。」
そんなサヤの思念が響いた。途端に理不尽な扱いに怒りが湧いた。彼女は怒り過ぎて頭の中が駄々漏れになっている。俺の怒りも相手に届いているのだろう。最後尾のイメルリが俺を振り返った。俺やサヤの思念を受け取って、彼だけは心配顔になっている。赤い紐がイメルリに付けられて以来、イメルリと仲間の間ばかりでなく、全ての仲間同士が思念をやり取りが出来ているらしい。
「何か着るものを……。あ!、全部持って行きやがった。」
そう悪態をついたと時、鼻で笑うサヤの顔が浮かんだ。悔しいが、我慢して出発するしかなかった。周りに悟られないように悔しさをしまい込み、平然と吹雪を進むのは至難の業だった。
………………………
集積地の岩の塔は、月に届きそうなほど高くそびえている。その高さから集積地の周りを見ると、冷たい月の光で晴れ渡っていた。南からレナ川の両岸にオーブル族と帝国軍の大軍が迫ってくるのが見える。その後ろには、星空を隠す巨大な黒雲が控えていた。
帝国軍がどのようにして俺たちの襲撃を予測して待ち伏せをしていたのかは、わからなかった。彼等は、俺たちがバイカル湖畔を出発する頃には、すでにティクシ近郊へ軍を進めていた。残った魔石集積基地がここだけだったから、俺たちの襲撃を予測していたのは、当然だったのかもしれない。
高いところが好きなのは、猫ゆえ。この塔にいるのは俺とソニックのみ。サヤ達は集積地の施設内に隠れている。
「帝国軍とその背後の黒雲によって、南への退路は断たれたように見える。東側は海。渡河してデルタ地帯を西へ突っ切るしかない。」
「既に西にも敵が陣を敷いているぜ。」
「どうやって逃げる?。」
「逃げられないよ。」
下の施設内から、サヤが何か言っている。
「敵陣のうすいところはどこかしら?。」
「南だね。でも、陣形は鶴翼陣だぜ。」
「南のあの黒雲はベヒーモスでしょう。それが背後に構えているわよね。だから、敵方も南に逃げるとは考えていないようね。」
悔しいがサヤは頭が良い。人間だからだろうか。それとも、意地悪な女だから、知恵が回るのだろうか。
「この地は今氷に閉ざされ、雲を支える上昇気流もないのよ。南への紡錘陣形をとって、中央突破を挑むべきです。」
魔石を施設内に待機していたバイソンに分散し、俺たちも分散して乗ることになった。少しでも敵陣突破の可能性を増すためだった。
バイソンの群れは突然に突撃を始めた。やはり、敵は予測してなかった。バイソン達は、敵が怯み動きが鈍いところへと集中的に突撃していく。大型のバイソンの大群にオーブル族や帝国軍兵士達は圧倒されて座り込み、攻撃を仕掛けてくるものはほとんどいなかった。
レナ川の氷を遡り、バイソン達は走り疲れた。彼等が休憩したのは、地衣類が多く生えた荒れ野。少しばかり、針葉樹林も見られる。
「少し休憩しましょう。」
「敵が襲ってこない?。」
「追いかけてくるにしても、時間がかかるから、一休みよ。」
その夜、突然に針葉樹林に火がついた。ソニックが慌てて飛び立つと、周りを旋回しておりてきた。
「まだ敵の本隊は遠いけど、先遣隊が火をつけたんだ。」
「なぜ俺たちに到着を知らせるような真似を?。」
俺は頭の良さを示そうとして、疑問を呈してやった。してやったりとサヤの方を見ると、平然として何かを考えている。いや、俺も答えを知っているわけではない。
「もうすぐベヒーモスが来るわ。火炎で生じた上昇気流でベヒーモスの雲を強くしようとしているのね。」
恐らく、敵軍にも知恵者がいるのだろう。
「もう少し南下しましょう。森林が、島々のように点在するところまでね。」
「どうするんだよ。」
「考えがあるのよ。」




